13

 林間学校。

 それは、春から秋にかけて山間部や高原の宿泊施設に集団で宿泊し、生徒に共同生活の大変さ、素晴らしさを学んで貰う教育機関の一大行事である。


(どうして……)

 生い茂る木々と澄み渡る空気に包まれて、セシリアは震えていた。

(どうしてこうなっちゃうのよ……)

 右手には『3』という数字の書かれた紙を持ち、左手は堅く拳を作っていた。

 目の前には喜び合う男子生徒多数と、セシリアとは若干真剣度が違うものの、落ち込む男子生徒少数がいる。

 そして隣には――……

「お前が同室か。まぁ、まったく知らない奴よりはましだな」

 セシリアと同じように『3』の紙を持つオスカーの姿があった。


 事の始まりは数時間前に遡る。

 セシリアたちヴルーヘル学院の二年生は、学園から馬車で三時間という距離の高原に来ていた。

 目的はもちろん、林間学校である。

 宿泊施設は寮のような集合宿泊施設。しかし、ここに一つの落とし穴があった。

 部屋は基本的に一人部屋となっているのだが、男子生徒の利用する部屋が生徒の人数より少なかったのだ。もちろんこれは学院側のミスということではなく、元々そういう仕様で、男子生徒の中で何人かは誰かと同室になってしまうということだった。

 ヴルーヘル学院、二年生の生徒数は一六〇人。その中の半数強の九〇人が男子生徒である。そして、誰かと同室にならなければならない人間は一〇部屋分――二〇人だけだった。

 九〇分の二〇。約二割の男子生徒が誰かと同室にならなくてはならなかった。

 男装女子であるセシリアにとって、誰かと同室になるということは、いろんな意味でかなりの危険をはらんでいる。しかし、彼女は高をくくっていた。どうせ二割だ。当たりっこないと。

 しかし、先ほど行われた部屋割りのくじ引きで、彼女は見事オスカーとの同室を引き当てたのである。

(しかも、なんでよりにもよってオスカーなのよ!!)

 セシリアは無言で『3』と書かれた紙を握りつぶした。

 表情が強ばる彼女の背中を、誰かが優しく叩く。振り返れば、クラスメイトであるジェイドが心配そうな顔で彼女をのぞき込んでいた。

 ふわふわの髪の毛と大型犬を思わせる優しそうな相貌は、ゲームのままである。

「セシル、大丈夫? 顔色悪いけど……」

「……ジェイド」

「もしかして、殿下と一緒だから緊張してるの?」

「うん、まぁ」

 セシリアが顔を青くしながら曖昧に頷くと、人の良い彼は背中を撫でながらそっと耳打ちをしてくれる。

「じゃぁ、ボクが代わろうか?」

「ほんと!?」

 セシリアは顔を跳ね上げた。確か彼は一人部屋だったはずである。代わってもらえるのならばとても助かる。

 ジェイドは目尻に皺を寄せて微笑んだ。

「うん。殿下とはちょっといろいろ話してみたいこともあったからさ」

 天使のわんこスマイルに目が焼かれそうになった。

 神様、仏様、ジェイド様である。

「じゃ、おねが――はっ!」

 しかし頼もうとした瞬間、セシリアは気づいたのだ。このまま代わって貰っては駄目なのだと。

 リーンとジェイドは、この林間学校で絶対に外せない恋愛イベントがある。その絶対条件として、ジェイドが一人部屋にならなくてはならないというのがあるのだ。

 ゲームの中でも部屋割りのくじ引きは行われており、リーンとジェイドの信頼度によって二人部屋になるか一人部屋になるかが決まるのだ。そうして、好感度が足りず、ジェイドが二人部屋になった時点で、その恋愛イベントは起こらなくなってしまう。

 セシリアはそのことを思い出して、首を横に振った。

 彼女が林間学校に行くと決めた理由は、リーンとジェイドの恋愛をそばで見守るためだ。それなのに、自分が二人の邪魔をしてはいけない。

 そんな気持ちだった。

「大丈夫!」

「でも……」

「私、オスカーのこと好きだから! 平気平気!」

「……そうなんだ」

 微妙な間の後、ジェイドはそう答えながら頷いた。

「でも、無理せずに嫌になったらすぐに教えてね」

「ありがとう」

 クラスメイトであるジェイドとはこれまであまり絡んでこなかったが、ゲームと違わず彼はとてもいい人のようだった。

 リーンと早く恋仲になってくれと、祈らすにはいられない。


「しょうがない。なんとかするしかないか」

 セシリアは諦めた。人生、為せば成るものである。

 お風呂だって大浴場がメインだが、部屋にはシャワーもあると書いてあったし、寝るところだってまさか同じ布団というわけではないだろう。

 一泊や二泊、あの鈍いオスカーなら騙しきれるはずである。

 そう前向きに思いながら彼女はオスカーと部屋に入った。


 そして、愕然とする。

(い、以外と部屋が狭いのね)

 貴族学院であるヴルーヘル学院の寮の部屋はそれなりに大きい。ベッドが置いてある部屋以外にもう二つほど、自由に使える部屋がもうけられている。ほとんどの者は使わないが、簡単なキッチンや調理器具、その他大きな机やクローゼットなども備え付けてあるし、何かあったときのために手回しの電話まで備え付けてあった。

 しかし、宿泊施設の部屋は、まるで現代で言うところのビジネスホテルといった感じだった。端に置いてあるのが二段ベッドというのが違うが、部屋の大きさ的にはそんな感じである。

 部屋は狭い上に一室のみ、家具は丸机一つに椅子が二脚のみ。二人で一緒に使うだろうクローゼットは、セシリアが一人入るとパンパンになってしまいそうな大きさしかなかった。ちなみに、寮のクローゼットは某有名猫型ロボットが三、四体は生活できそうな広さであった。

「ど、どうしよう」

 思った以上にくつろげなさそうである。日中は校外学習ということでほとんどこの部屋におらず、帰ってきても寝るだけといった感じなので、妥当といえば妥当なのかもしれないが、思わず眉を寄せてしまう狭さだ。

 この部屋の大きさで彼とずっと一緒に居る。つまりそれは、カツラが脱げないということを意味していた。ついでにサラシも取れない。

「結構蒸れるし、苦しいのにな、これ……」

「ん、何か言ったか?」

「何でもないです!」

 鍵を持ち、振り返るオスカーにセシリアは背筋を正しながら答える。

 幸いなことに二段ベッドにはそれぞれカーテンが引かれており、中に入れば一応のプライベートは保たれる仕組みになっていた。

 これならば寝るときまでカツラに悩まさせる事はないだろう。それが唯一の救いだった。

(まぁ、細かいことはまた考えよう。それよりも今はジェイドとリーンをくっつけないと!)

 彼女は胸の前に握りこぶしを作り、決意を新たにするのだった。

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