12
『ひよの! ほら、読んでみて新作よ!』
彼女は創作が好きな少女だった。
彼女の創作は絵や文章だけにとどまらず、アニメ映像をつなげた動画や、オリジナルのゲームまで及んでいた。
『えー。
私はそんな明るくて人生を楽しんでいる彼女が大好きだった。
彼女の底なし沼のような趣味には少々ついて行けなかったけれど、それでも、彼女の創作を私も一読者として楽しんでいた。
『なに言ってるのよ。乙女ゲームの世界だからこそ、BLが輝くんじゃない!』
『ちょっと高度すぎて意味がわからない』
『世界観的にも認められない禁断の愛! 好きな相手はヒロインにゾッコン! なのにヒロインは自分にゾッコン! そこから生まれる嫉妬からの、執着!! そして、愛!!』
『なんでそこで愛に変わるの?』
『敵視したら、それはもう愛でしょう! ライバルになったら恋人と同然よ!』
『え、ちょっと、日本語で話してくれる?』
彼女の考え方にタジタジになってしまうこともあったけれど、妙に気があったのか私たちはいつも一緒だった。
お互い違う大学に進むことは決まっていたけれど。
彼女に関しては引っ越しが決まっていたけれど。
それでも毎日一緒にいた。高校の卒業式が終わっても、新生活が始まっても、ずっと友達でいようねって、約束もしていた。
そう、だからあのときも一緒だった。
『ひよの、この映画観に行くでしょう?』
『「神子姫3」?』
『そう! 乙女ゲームの映画化ってわくわくしちゃうわよね!』
彼女は飛び跳ねながらそう言った。
『なかなかないよね。アニメ化ぐらいは多くなったけど』
『そうそう! それにね、監督さんが大好きな人だから、期待大なの!』
『一華ちゃん、その人好きだよね』
『私ね、いつかこの監督さんと一緒に仕事がしたいんだ!』
大きな瞳をキラキラと輝かせて、彼女は夢を語った。その姿にまぶしさを感じ、私は目を細めた。
『すごいね。将来の夢、決まってるんだ』
『へへへ。……ってことで! 映画、付き合ってくれるわよね?』
『いいよ。いつ行く?』
『今日の放課後!』
そして、炎に包まれる映画館。
彼女は必死に、気を失った隣の人を運びだそうとしていた。
『一華ちゃん! もたもたしてたらっ!』
『だめよ! この人を置いてなんか行けないっ! ひよのは先に行ってて! 私は後で追いつくから!』
『でもっ!』
『早く行かないと、ひよのまで!』
『一華ちゃんを置いてはいけないよ!』
私は一華ちゃんほどお人好しではなかった。自分の命と見ず知らずの他人の命を天秤にかけて、他人をとるようなまねは出来なかった。
だけど、一華ちゃんは別だ。彼女とはずっと友達でいようと、そう誓い合った仲だ。
私は気を失った女性のもう片方の肩を持つ。
筋肉が強ばるような熱気が頬を撫で、灼熱の炎は容赦なく私たちを追い詰める。
『早く、出ないとっ!』
けれど、伸ばした手の先にある入り口はもう炎に包まれていた。
服に炎が移った。私は必死にそれをはたく。
はたいたほうの手の袖が燃え上がる。
『一華ちゃんっ!』
まるで助けを求めるように振り返れば、彼女は地面に伏せったまま動かなくなっていた。
『一華ちゃん! 一華ちゃん! 一華ちゃん!!』
必死に呼ぶが、彼女は答えない。
煙が充満する。
そうして、やがて私の意識も真っ暗な深淵に吸い込まれていった。
…………
「わぁあぁあぁっ!」
悲鳴のような叫び声を上げて、セシリアは跳ね起きた。額に浮かんでいた大粒の汗が、頬を滑り手の甲へ落ちる。
夢を見ていた。
何かすごく嫌な夢を見ていた。
熱くて、悲しくて、切なくて、真っ暗な夢だった。
「でも、なんの夢を見てたんだっけ……?」
苦みだけが残った夢の痕跡はもう追えない。覚えていないのだ。
「多分、いつものやつよね……」
前世の記憶を取り戻した辺りから、ずっと見続けている夢がある。いつもその夢の内容は覚えていないけれど、大量の汗と胸に蟠った苦みで、それが良い夢ではないということは簡単に想像できた。
何度も見ているにもかかわらず一度として覚えてはいない夢だったが、セシリアはその夢に対して一つの確信を持っていた。これはきっと、ひよのの最期の記憶だ、と。
ならば、胸に蟠る苦みはきっと後悔だ。
もしかしたら天寿を全うできなかった悔しさを、いつも夢の中で思い出しているのかもしれない。
「せっかく、もう一度命を貰ったんだもの。今度はちゃんと幸せに生きなきゃね! ゲームの中のセシリアみたいに途中で死んでなるものですか!」
新たな気持ちで、彼女は胸元に握りこぶしを作る。
その時だった。部屋にかけている時計に目がいった。
時計の針は八時十五分を指している。
ちなみに、ヴルーヘル学院の一限目は八時半から始まる。
「やばい、遅刻する! しかも、今日は林間学校の説明会だ!」
明日からセシリアたち学院の二年生は、林間学校に赴く予定である。そして、今日はその説明会の日だった。
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