11
ギルバートに案内されるまま中庭に行くと、そこにはリーンがいた。そして、彼女と向かい合うように一人の青年もいる。
セシリアは物陰に身を潜めながら、彼らをじっと見つめてた。
「あれは、ジェイド?」
「ジェイド・ベンジャミンだね。確か、騎士に選ばれた一人じゃなかった? 攻略対象ってやつだよね?」
ジェイド・ベンジャミン。
貴族院であるヴルーヘル学院には珍しく、平民出身の若き青年実業家だ。彼の父は有名な大商人であり、彼本人も父の仕事を手伝ったり、自分で事業を興したりしている。
ベンジャミン一族がプロスペレ王国の経済を回していると言っても過言でないほど、彼らはあらゆる分野で手広く商売をしており。その功績が認められ、昨年国王から準男爵の称号を承った。
青年実業家の肩書きに似つかわしくない穏やかな気性と大型犬のような可愛らしさがうけ、それなりに人気なキャラクターである。
「ね? 結構いい感じの雰囲気でしょう?」
「ほんとね」
ギルバートの耳打ちにセシリアは頷いた。
彼らは互いに頬を染めながら談笑している。人気がないところを選んでいる辺りが、またいじらしい。
「姉さん、ここのところいろいろあって疲れてるみたいだったから、教えてあげたら喜ぶかなって思って」
「ギル! さすが、義姉想いのいい子!」
「はいはい」
持つべきものは義姉想いの義弟である。
セシリアは義弟の計らいを無駄にしないため、彼らをつぶさに観察した。
リーンは周りを気にしながら制服の中に隠し持っていた一冊のノートをジェイドに手渡した。頬を染め、はにかんでいるその表情は、正に恋する乙女のそれである。
「で、これは『イベント』なわけ?」
「うん。これは好感度が一定数にならないと発生しない第四のイベント! ドキドキ交換日記イベントよ!」
声を潜めつつも興奮したようにセシリアは言う。
第三のイベントまでは好感度関係なしで絶対に起こるのだが、第四のイベントからはそうも行かない。ある程度お互いの信頼関係がなければ発生しないイベントなのだ。
「こんなに早く『ドキドキ交換日記イベント』を起こすなんて、リーンはジェイド推しなのね! いい情報だわ!」
「どうでもいいど。そのイベントの名前、姉さんが考えたでしょ?」
「え、わかる?」
「くそダサいからね」
ギルバートはいい笑顔で毒舌を吐く。オスカーといたときのあの丁寧な物言いはどこに行ったのだろうか。
「で、これはどんなイベントなわけ?」
仕切り直すようにギルバートはそう聞いてきた。セシリアは頭の中の攻略の記録を探る。
ゲームの中のリーンとジェイドは割と最初から仲がいい。クラスメイトということもあるのだが、どちらも元が平民ということで、価値観や考え方で似ているところが多いのだ。
そんな二人の距離が近づくのは正に必然だった。
しかし、あまりにも仲がいい二人を、周りはもてはやしはじめた。からかってくるクラスメイトに耐えきれず、リーンは恥ずかしくて距離を取ってしまう。
彼女は純真無垢な乙女。恋愛ごとは奥手中の奥手なのである。
そんなとき、ジェイドはリーンを密かに呼び出して、あのノートを渡すのだ。
『ボクと一緒に二人だけの秘密を作らない?』
綻ぶように笑いながら、そう囁いてきたジェイドをリーンは初めて男性として意識する。
そうして二人だけの密やかなやりとりが始まるのだ。
「ジェイドルートではちょっと推理じみた演出も加えられていて、その時にあのノートが役に立つのよ!」
「ふーん」
「……ギル、興味なさそうね」
「まぁ、他人の恋愛ごとなんて、基本どうでもいいよね」
なんて乙女ゲーム殺しなことを言う男なんだ。
そうは思ったが、興味がないのに話を聞いてくれるのは、全部セシリアのためなのだから頭が上がらない。
二人はしばらく楽しそうに会話した後、別々に去って行った。
セシリアは物陰から出てうっとりと頬を染めた。
「はぁ、いいもの見れた。とりあえず、あの二人をくっつけるのに全身全霊を使おう!」
リーンの手元に誰のものでもいいから一つでも宝具があれば、セシリアの身はとりあえず安心だ。まずはそこまで持って行くのが当面の目標である。
「そろそろ林間学校もあるし! そこのイベントもなんとかして成功させなくっちゃ!」
そう息巻いていると、リーンたちがいた場所に一枚の紙が落ちているのを発見する。
セシリアはそこまで歩き、紙を拾い上げた。
それはノートの切れ端だった。
「なにこ――れっ!?」
「姉さん、何見つけたの?」
「ギル! こっち来ちゃだめ!」
「は?」
「いいから来ないで!!」
セシリアはこちらに歩いてこようとするギルバートを手で制止させながら、中身をじっくり確かめた。
…………
俺は男の背中に手を回し、その存在を確かめる。
彼の心臓が脈打っている。それだけで涙が出るほどうれしかった。
「なんで泣いてるんだ?」
そう聞かれて、初めて自分の頬に涙が伝っていることに気がつく。
愛おしくて、狂おしくて、胸が張り裂けそうな想いが胸にこみ上げてきて――あぁ、これが恋なのだと、そこで初めて気がついた。
男なのに男に恋をした。
えもいわれぬ罪悪感がこみ上げる。けれど、この想いはもう止められなかった。
俺は彼を押し倒し、頤を親指でなぞった。
そして唇を――
…………
「姉さん?」
「わあぁあぁあぁ! 私の背後に立つなぁあぁ!!」
それは小説だった。ボーイスラブ小説だった。
主人公と相手の名前は書いてなかったが、確実にBL小説だった。
しかも、アカーン!感じのやつだった。
セシリアはその小説を背中に隠すと、首を必死で横に振った。
「ギルには早いです!」
「意味がわからないんだけど……」
「わからなくていいの! こっちは沼よ! 一度ハマったら、死ぬまで出てこれないわ!」
セシリアの前世であるひよのに、腐属性があったのか? と聞かれれば、それはきっとNOだ。ひよのが好きだったのはBLも含めた恋愛関係全般で、そこに偏見もなければこだわりもなかった。
なので沼云々は、どんなアニメでも、漫画でも、小説でも、男同士の恋愛に変換しちゃう友人からの受け売りである。
友人はまごう事なき腐女子だった。
そして、その業を隠すことなく、誇っているような子だった。明るくて、元気で、自分の欲望に忠実。一緒にいてとても楽しい子だった。
現に彼女は乙女ゲームである『ヴルーヘル学院の神子姫3』でも、男同士でカップリングを組ませていた。
男女の恋愛をテーマにした乙女ゲームで、男同士のカップリング。
なんという
そうひよのは思ってしまうのだが、楽しみ方は人それぞれである。
「でも、なんでこれがこんなところに……」
誰かがノートに書き綴ったものが風により飛ばされてきたのだろうか。だとしたら、管理不行き届きだ。これは、劇物である。
(この世界にもこういう趣味の子がいるのか……)
よりにも乙女ゲームの世界に生まれ落ちてしまうだなんて、なんて運のない子なのだろう。
そう思ったそのとき、友人の言葉が耳の奥で蘇った。
『乙女ゲームの男キャラクターって基本的に美男子だから、カップリング組ませやすいのよね。あぁ! 乙女ゲームの世界に生まれ変わりたい!! それで一生美男子を眺めて過ごすの!!』
「案外、運がいいのかもしれないわね」
懐かしい声にセシリアは思わず吹き出した。
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