「お前は……たしかセシリアの義弟だな」

「お久しぶりです殿下。彼――セシルは私の古くからの友人で、姉とも俺経由で知り合いになりました」

「ギル、どうしてここへ?」

「久しぶりに昼食を一緒にどうかなって思って、クラスに誘いに行ったんだ。そしたら、殿下に呼び出されたって聞いて……」

 公爵子息のギルバートはもちろんこのサロンに立ち入ることを許可されている。なので話を聞いた後、すかさずフォローに来てくれたのだろう。

 セシリアは涙目でギルの袖を引いた。

「ギルー。ありがとう」

「はいはい。いきなりこんなサロンに呼び出されて怖かったね」

 ギルはいつもとは違う意味での砕けた話し方をする。義姉と話すときはもっと乱暴な砕け方だが、友人たちの前ではきっとこういう品行方正な話し方をするのだろう。

「そうか。では一応、シルビィ家とは繋がりがあるということだな。しかしなぜ、君がセシリアのハンカチを持っていたんだ?」

 ギルの演技もあり、セシルとセシリアが知り合いというのは信用してくれたようだったが、オスカーの追求はやまない。

「そ、それは……」

「姉が貸したんです。セシルと姉は昔からとても仲が良く、遊んでいましたから」

「社交界には毎夜欠席しているぞ」

「ご存じの通り、姉は身体が強くありません。この学校にも在籍していますが、殆ど姿は見せられないような状況で。会う時は大体家で会っています」

 あまりにも軽やかに義弟の口から嘘が飛び出るので、セシリアは目を剥いた。自分ではこうも上手くはいかない。

「俺も何度か面会が申し込んだことがあったが、一度も会えた試しがないぞ。なのに、なぜセシルは会えるんだ?」

「それは、姉が殿下のことをあまり信用してないからでしょう」

 ピシリ、と岩に亀裂が入るような音が辺りに響く。

 気がつけば、二人は睨み合うような形になっており、話の中心であるセシリアは完全に蚊帳の外になっていた。

「ほぉ。セシリアが俺を嫌ってると?」

「嫌っているとまでは。しかし、そうとしか考えられませんよね? ……大体、何度も言っていますように、病弱な姉では国母は務まりません。いい加減、婚約を破棄していただけないでしょうか?」

「それは君がどうこういえる話ではないだろう、ギルバート・シルビィ。国母は知性や品、貴族としての格を総合して判断するものだ。少し身体が弱いからといってふさわしくないという判断はできない」

 見えない火花が二人の間に散り、セシリアは頬を引きつらせた。

(なんでこの二人、喧嘩してるんだろう。しかも、前々から同じ話題で喧嘩してるみたいだし……)

 病弱という設定でほとんど社交界に出なかったセシリアとは違い、ギルバートは次期シルビィ家当主として何度も社交界に出ている。

 きっと二人はその時に知り合ったのだろう。

 そんなことを考えている間に、二人の舌戦は白熱していく。

「しかし、次代の国王を生み、育てるという重責は、心身の健康が何よりも大切だと考えますが」

「何も子供を産むことだけが国母としての仕事ではないだろう。……ギルバート、前々から思っていたんだが、君は少し姉離れができていないんじゃないか? そう言うのをシスコンと言うそうだぞ」

「十年以上前の思い出を引きずる殿下よりはましかと思いますが。何より俺と姉は姉弟ですが、殿下と姉は他人です弟が姉を心配するのはごく普通のことではないですか?」

「他人? ……俺とセシリアは婚約者同士だ」

「“まだ”婚約者同士の間違いでしょう?」

「そっちだって、姉弟と言っても所詮義理だろうが!」

「あいにくですが、俺は『義理』と言うところに最大のメリットを感じていますので、それはマイナスにはなりません」

 なんの話をしているのかよくわからないまま、セシリアは困り顔で二人を交互に見た。

(とりあえず、二人が案外仲がいいのはわかった)

 ギルバートがあんな風に饒舌になるのも、オスカーが感情的になるところもセシリアは初めて見た。きっと二人にしかわからない空気感で、二人にしかわからないいつものやりとりなのだろう。

(きっと喧嘩友達ってやつなのね!)

 セシリアはそう結論づけた。昔から考えてもわからないことは深く考えない質なのである。

「まぁ、そうだな。十年以上会ってないのだから、避けられるのも無理はないか」

 そう憎々しげにつぶやきながら、オスカーはセシリアにハンカチを渡してくる。

 しかし、彼女がそれを受け取ろうとした瞬間、手首を掴まれ、ぐっと身体ごと引き寄せられてしまう。

「ひっ!」

「殿下!」

 すかさずギルバートが止めようとするが、それは手で制される。

 オスカーは唸るような低い声を出した。

「セシル」

「は、はい!?」

「最近、セシリアに会ったか?」

「ま、まぁ……」

 鏡に映った自分をカウントしていいのなら、毎日会っていることになる。曖昧にうなずいたセシリアにオスカーは唇をゆがませた。

「頼みたいことがある」

「はい?」

「なんとかして、俺をセシリアに会わせろ」

 それは誰がどう聞いても、明らかに命令おどしだった。

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