可愛い女の子は好きです。大好きです。

 抱きしめた時のふわふわとした感触も好きだし、照れた顔は可愛らしいし、名前を呼びながらかけてくる姿は本当に健気で愛おしい。

 だから、最初は余裕だと思っていました。

 前世は演劇部だったので演技には自信があったし、乙女ゲームの知識を生かして女性から求められる男性像を完璧にトレースしている自信もあった。恋愛対象としてではないけれど、女の子は大好きだし、そんな彼女たちから好意的な感情を向けられるのもまんざらではなかった。

 だけど、今のこのプライベートもなにもない状況は、正直キツすぎる!!


 セシリアは逃げていた。

 差し入れを持ってくる後輩から。

 執拗にボディタッチをしてくる同級生から。

 隙あらばベッドに誘い込もうとする先輩から。

「もー、無理! マジ無理!!」

 彼女は逃げていた。


 セシリアが講堂でやらかしてから二週間。

 女生徒たちの『騎士に選ばれた王子様(?)』への熱は最高潮に達していた。常に追い掛け回されるセシリアにプライベートな時間なんてものは一切なく、どこに行くのにも、なにをするのにも、いつもそばに誰かがいた。

 当然そんな状態なので、ギルバートとの作戦会議もあれ以来行われていない。

 プライベートな時間がなくても、常に気を張った状態でも、セシリアだって最初のうちは我慢が出来た。彼らの熱は一過性のものだとわかっていたし、時期が過ぎればまた以前のような状態に戻ると思っていたからだ。しかしそれが、一日、また一日と積み重なっていくうちにセシリアにも我慢の限界が訪れ、この度逃げるような事態に陥ってしまったのだ。

「セシル様、待ってくださいませ!」

「今ちょっと急いでるからごめんね!」

 追いかけてくる女生徒を振り切り、セシリアは中庭に逃げ込む。植え込みの陰に隠れれば、セシリアを追いかけまわしていた女生徒が「どこ行かれたのかしら……」と悩ましげな声を出しながら目の前を通り過ぎた。

「やっと一人になれた……」

 植えてある木に背中を預けながら、そう零す。

「リーンを誰かとくっつけないといけないのに、この状態じゃ動けないよー」

 セシリアがギルバートの一票を貰ってしまったので、リーンにはなんとしても誰かと恋仲になってもらい、宝具を受け取ってもらわないといけなくなった。幸いなことにリーンとセシリアは同じクラスで、行動も起こしやすいと思っていたのだが、今のこの状況では動きたくても動けない。彼女が自ら動いてくれるのが一番だが、今のところその兆候は見られなかった。むしろ……

『移動教室ですね。一緒に行きませんか、セシル様』

『セシル様、お隣良いですか?』

『この問題はどうやって解くのか、教えてくださいませんか。セシル様』

 セシル様、セシル様、セシル様、セシル様……

 リーンはなぜか攻略対象のキャラクターよりもセシルにかまってくるのだ。確かに彼女から見れば、セシルは騎士なので攻略対象なのかもしれないのだが、現実にはセシルルートどころかセシル自体存在しないのである。

「リーンに冷たくしたいけど、それはそれでセシリアの人生をセシルでなぞるだけのような気がするしなぁ……」

 セシリアの死因の多くに、『リーンを害したから』というのがある。

 セシルの姿でリーンを蔑ろにしてしまえば、本来セシリアが受けるはずだった罰をセシルの姿で受けるような気がしてくるのだ。

「ま、恋愛イベントの三つ目までは好感度関係なしで確実に起こるし、それが終わってから考えても……」

「にゃぁん!」

「『にゃぁん』?」

 背後から聞こえてきた鳴き声に、セシリアは思考を中断し、振り返った。

 そこには一匹の小さな猫がいた。短足で、茶色と黒の入り混じった毛。まだ足取りもおぼつかないような可愛らしい子猫だ。

「わっ! かわいい!! マンチカンかな。ふわふわねぇ!」

「にゃぁ」

 人に懐いているのか、セシリアが抱き上げても子猫は少しも嫌がらなかった。

 白いお腹を顔にくっつけると、太陽の香りがしてくる。

「あら、あなた。足のところちょっと怪我してるのね。どこかで切ったのかしら……」

 ちょっと待ってね。とセシリアはポケットを探り、薄ピンクのハンカチを取り出した。

 そして、血が滲んでいる猫の足に、そのハンカチを巻き付ける。

「これでよしっと! 後で保健室に寄ってみようか。もしかしたら消毒薬ぐらいならあるかもしれないし! あ、でも、人用の消毒薬って使ったらだめなんだっけ……」

「にゃぁん?」

「モードレッド先生に聞いてみようね。あの人博学キャラだから、大体何でも聞いたら答えられると思うし!」

「うにゃ!」

 鼻の頭を撫でれば、まるですり寄るように猫は頭を押し付けてきた。かわいい。

「あぁー、癒されるー! 私に足りなかったのは、これね! この猫ちゃんね! よぉし、お名前つけてあげよう! えっとね……」

 その時だった。セシリアが隠れている生垣の向こうで誰かの話し声がした。一人は可愛らしい鈴のなるような声、もう一人は威圧的なバリトンボイス。

 どちらの声にも聞き覚えがあった。

 セシリアは生垣の隙間から声の主を覗き見る。

 すると、そこには二人で薔薇の花を見る、オスカーとリーンの姿があった。

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