第26話 強くなりてー
目一杯酒を飲んで楽しんだ翌日。
オレ達のクエストは休みにして朝からゴレンに筋トレしに行った。
ただの筋トレ好きな武器屋の店主だったナッシュも、ここ数年で冒険者の師として有名になっている。
隣には回復術師マルロの魔法医院が建ってるおかげでジムも人気だ。
そりゃあこのジムで鍛えれば回復込みで一気に筋力がつくからな。
ひ弱な奴でも数日通えばバキバキの身体が手に入るって事で貴族も何人か通ってるくらいだ。
オレ達四人は自分の体にあったメニューで全身隈なく鍛える。
体も個人差があってつきにくい筋肉もあるし、戦闘スタイルでも必要な筋力のバランスも違ってくる。
カインは弓を使うからな。
弓は骨で引くという言葉もあるが、ただその場に立って弓を射るだけじゃない。
移動しながら、屈みながら、体を反らしながらってどんな体勢でも弓を射れるように訓練してる。
そんなわけでカインのトレーニングはバランスよく、そして体幹を中心に鍛えてる。
エレナは両手剣を使うんだけど、上半身よりも足腰、下半身を重点に鍛えてる。
上半身で振るう剣は遅せーし、身体能力の高い魔獣には当たりづらいからな。
踏み込みを強くする事で剣速を稼いで、上半身は出来るだけ力まず脱力状態で剣を振るう事でさらに速度を乗せてるって事らしい。
王国聖騎士から習った剣術だし、エレナも剣速が速くなったって実感したみたいだ。
まあそんなわけで、鍛えた足腰に合わせる形で上半身は鍛えるって感じかな。
ナスカもエレナと同じように足腰メインで鍛えてる。
使う武器がダガーだし、攻撃速度が戦闘では最重要だろ。
相手の攻撃を受けるより躱す事も多くなるし、体幹トレーニングも欠かさず行なってる。
それと訓練は基本的に人間相手だからな。
ダガーで剣に対抗する為にはリーチが足りねーからって事で、斬撃よりも刺突に向いた鍛え方をするようにしてる。
まあ上腕に筋肉つければいいんだけどナスカは女だしな。
腕が太くならないように気をつけねーと。
そしてオレの筋トレはベンチプレス、スクワット、デッドリフトくらいだ。
基本的にはBIG3を鍛えてから打撃訓練をしてる。
打撃訓練してるうちに勝手に鍛えられるし、別にデカい筋肉にするつもりもねーしな。
今くらいが体の可動域も広いし動きも速え。
一撃の威力は爆破に頼ってるし、オレの場合は速度とバランスが大事かな。
午前中いっぱい体を鍛えたら、昼食は好きなもんを大量に食う。
「筋肉つけるんなら肉だろ!」ってナッシュに言われるけどゴツくなる気はねーし、体が求めてるもんを摂取した方がいい気がする。
午後からは特にやる事もねーし、四人でリルフォンの機能を使って遊んでた。
相手の目線での世界ってやっぱ違うのな。
ナスカとエレナはやっぱ少し目線が低いし縦の視界が広い気がする。
オレよりも目が大きいせいか?
あいつらなんだかんだで目もでけーし美人だからな。
んでカインの場合は遠くのもんが見えやすい感じがするんだよな。
ズーム機能は付いてねーはずなんだけど、遠くのもんが見やすいんだよ。
でもやっぱ遠くのもん見るなら魔眼鏡使って見た方が楽だろうな。
高級品だけど金あるし買おうかなって考え中。
朱王さんに相談すりゃリルフォンに機能追加してくれるかもしんねーしな。
その後は飛行装備で飛ぶ練習してた。
思い通りに飛べるんだけど体がついていかねーもん。
飛行装備に合わせて体の動きとかある程度訓練しとけば今後役に立ちそうだしな。
加速に減速、急制動に旋回、全部体の振り方次第でその挙動も変わってくる。
反復練習になるけど飛行装備ってのはやっぱ楽しいな。
夕方まで飛行装備で遊んでたら、朱王さんの邸の執事、カミンさんから緊急連絡が入った。
「勇飛様! お願いがあります! 朱王様方が意識不明の重体となっております。邸の方に来ては頂けませんか!?」
「嘘だろ!? ちょっ、わかった!! 今からすぐ行く!!」
朱王さん達が意識不明!?
千尋も蒼真もって事だよな!?
あいつら化け物並の強さだぞ!?
どんな魔獣と戦ったらそんな事なるんだよ……
「おい! 朱王さんの邸に行くぞ!! 朱王さん達が全員意識不明の重体だ!!」
「はあ!? 嘘でしょ!?」
「何と戦ったんだ!?」
「冗談でそんな事言わないでしょ! 勇飛は先に行って! 僕達は役所で王国に行くって報告してから向かうから!」
「おう、頼んだ!!」
くっそ……
とにかく急いで王国向かわねーと!
全速力で飛ばして十五分ちょいで朱王さんの邸に着いた。
邸の入り口ではマーリンさんが待ってて、オレは朱王さんの部屋に案内された。
ベッドに寝かされた朱王さんの体には複数の刺し傷。
刺し傷の中には魔石が埋め込まれてて、魔法医師もどう手を付ければいいかわかんねーみてーだ。
「勇飛様。来て頂けて助かります。この状態をどう思いますか……」
「正直言ってどうなってんのかわかんねぇ。オレの回復で臓器の再生くらいなら出来るけどさ、他の魔法医のブーストが必要だから彼らの力も借りる事になる。けどこの状態は簡単に手を付けれねーよ」
「朱王様は魔石の力によって臓器の働きを再現しているのだと思います。ですのでまずは蒼真様から回復してもらってもよろしいですか?」
朱王さんはたぶんこのままでも死なねぇ。
逆にオレ達が半端に回復を始めれば、魔石が機能を停止して命にかかわる……
それならまずは他の奴ら回復してから魔法医全員で朱王さんの回復に回った方が確実だな。
「よし、じゃあまず蒼真からやる。魔法医のあんたら名前聞いていいか? オレは鈴谷勇飛。ゴールドランク冒険者だ」
「あなたが有名な王国最強の戦士、勇飛さんですか…… 私は王家直属の魔法医キールと申します」
「私は王立魔法医院院長のヨルムと申します」
えっと……
超一流の魔法医じゃん……
「ま、まずは他の仲間を回復したいんだけど良いかな? たぶん朱王さんのこの傷だと全員で一気に回復した方がいいと思う」
「勇飛さんは我々の力を借りると言いましたが、回復魔力の再練成が出来るという事でしょうか?」
「再練成になるのかな? わかんねーけど他人の回復魔力を借りて自分のイメージを載せてやるんだ。オレの魔力と他の人の魔力を全部オレのイメージで回復魔法にするわけだから再練成って事かもしんねー」
「素晴らしい! ではまず魔法医全員を集める為にも他の方を終わらせましょう!」
「ではこちらへどうぞ」
メイサさんに促されて蒼真の部屋に案内された。
朱王さんにはカミンさんがついてて、なんかあれば呼ぶって言ってた。
蒼真の部屋では一人の魔法医が回復に当たってる。
キールさんに聞いたら王立魔法医院のナンバースリーでウルヴァンさんて人らしい。
蒼真は右腕が特にダメージが大きくて、骨は回復されてるけどまともに動かねー状態だって事だ。
内臓にもダメージありそうだからって事で、まずは三人の一流魔法医の魔力ブーストで回復してやろう。
ウルヴァンさんがオレの左肩、ヨルムさんがオレの右肩、そんでキールさんがオレの頭に手を置いてのブーストを開始する。
ってなんで頭に手を置いてんだよ! とは思ったけど急ぎだからとりあえず置いとく。
流石は一流魔法医の魔力。
オレの魔力よりも精錬されてるから魔力の粒が細かくて滑らかだ。
それを再練成してオレのイメージで流し込む。
すっげー体が熱いけどオレを通して魔力が蒼真に流れ込む。
臓器も結構ダメージあるみたいでなかなか自然な流れになんねーし、右腕に至っては全然魔力が流れていかねー。
臓器は後回しにしてまずは両手で拳と肩から挟み込むように魔力を流し込んで一気に癒す。
「すごいな…… あの怪我をこれ程まで早く治せるとは……」
「まだ治せてねーよ…… まだもう少し……」
腕に回復魔力がまともに流れるまでおよそ五分。
その後は全身に魔力を流し込んで、また五分程度で粗方回復は終わった。
「あとは魔力欠乏してるだろうからしばらく目覚めねーだろうな。よし、次だ」
怪我の酷い者からって事で蒼真、アイリ、リゼ、千尋の順に回復していった。
実はミリーも両腕の筋肉がグズグズになる程ダメージ負ってたんだけど、意識を取り戻して自分は最後でいいって言うから朱王さんの後だ。
魔力が回復する度に自動回復するから大丈夫だって強がってた。
あの怪我で大丈夫なわけねーのにな。
そんで朱王さんの回復には六人の魔法医ブーストで回復だ。
問題は魔石の機能を停止させる事だな。
ミスリルも使用しない状態で魔石を同時発動って事は全部連動してる可能性がある。
そんなわけで朱王さんから手を離した状態でまずはブーストした魔力を再練成。
臓器の再生だけじゃなく機能の再現もしなきゃなんねーからイメージが最も重要だ。
練成出来る魔力がオレのキャパを余裕で超えてるから今にも吐きそう。
汗も止まんねーけど構ってらんねー。
充分に固まったイメージを回復魔法として朱王さんに流し込む。
一気に表面の傷が塞がってすぐに臓器の再生が始まる。
臓器の切られた部分を魔力で繋いで手繰り寄せ、接合するイメージで……
同時に臓器を機能させる為に心臓を鼓動させる……
他の臓器の機能するイメージが足りねーから朱王さんの魔石を集めてその上から回復する。
オレ達魔法医の魔力で繋がってる事で、魔石から臓器のイメージが流れ込んでくる。
地球にある医学書かなんかか?
とんでもねー情報量が頭の中に流れ込んできて臓器の意味を理解した。
朱王さんから深層から記憶を引き出すって聞いてたけど、この人はどんだけ頭の中に知識を詰め込んでるんだ?
確か美容師だよな?
それがなんで医学書の知識を持ってんのか意味わかんねーし。
およそ一時間。
魔法医の魔力が二割を切ったところで朱王さんの回復を終了した。
魔力の流れはほとんど問題ねーし、これ以上はオレの魔力じゃ回復できねぇ。
顔色も問題ねーし脈拍も正常。
キールさん達としてももう大丈夫だって事で回復魔法は終わった。
あと残るはミリーだけ。
両腕は見た目通りに筋肉がズタズタなんだろう、赤黒く腫れ上がって手首が腕みてーになってる。
両足だって内出血が酷いし相当無理してたんだろ。
回復魔力を流し込んでみると流石はヒーラーの体。
意識がないにも関わらず、通常のオレの回復速度より全然早え。
五分くれーでほぼ全快するとかどーなってんだ?
キールさんに聞いてみたけど、ヒーラーを回復してもあれ程の回復速度はあり得ねーって事だ。
オレのブーストより早かったしな。
とりあえず全員の回復が終わったから、オレ達魔法医の仕事は終わり。
キールさん達には帰ってもらった。
回復終わって今は全員寝てるだけだし、ホールまで行ったらナスカ達とヴォッヂさん、クリムゾンの幹部五人が集まってた。
「勇飛さん! 朱王様は!?」
「千尋さん達も大丈夫なんですか!?」
「おう、朱王さんの内臓と傷は回復したから命に別状はねーよ。まぁあのダメージだし意識を取り戻すまでしばらく掛かるだろうな。千尋達の方はそれ程酷くはなかったし、魔力の欠乏から考えれば今日はまだ目を覚まさねーと思う」
「勇飛様、月華の皆様。朱王様が目覚めるまでは邸に滞在しては頂けないでしょうか」
「何かあってもいけねーから泊まらせてもらうよ。ナスカ達もそれでいいだろ?」
「「もちろん」」
「いろいろと世話になってるもの。当然でしょう」
とりあえずオレ達が邸に泊まって様子を見るって事でみんなには仕事に戻ってもらった。
クリムゾンメンバーはテレビ局の事で忙しいだろうしな。
ヴォッヂさんだって聖騎士長だし忙しいんだよ何気に。
普段はちょっと抜けた感じなんだけど、頭の回転も早えし仕事もできるしで部下からの信頼も厚いしな。
オレ達で本音を語り合った昨日の今日でなんなんだけど、ちょっと話があるからナスカ達と向き合ってみる。
「今回、朱王さん達の傷は死んでてもおかしくねーくらいのもんだった。っつか朱王さんなんて心臓も穴空いてたしな。ミリーの話じゃあの状態でも敵を倒したのは朱王さんだって言うんだからマジ化け物だよ」
「心臓を……」
「で、だ。千尋達は朱王さんの友人として行動を共にしてるわけだけど、そんな千尋達が危なくなったら朱王さんはどうする? 自分の体を張っても守ろうとするだろ。じゃあ朱王さんの事は誰が守るんだ? 守られる側の人間じゃねーのはわかるけどさ。あの人は死んじゃいけねーよ。無理って言われるかもしんねーけど、オレはあの人の背中を守れるようになりてーんだ」
はっきり言ってオレの実力じゃ全然足りねーのはわかってる。
だから今はクイーストに留まってる時間が惜しいと思う。
もっと世界を見て、いろんな事を感じながらあの人の背中を追っかけてーんだ。
絶対強くなる。
世界を知って、自分を鍛え上げて、オレはいずれ朱王さんの背中を守る人間になってみせる。
「具体的にどうしたいの? 勇飛がどんな道を進んでも僕達は勇飛と共にいくよ?」
「悪い。オレのわがままが出たな。オレは…… オレはクリムゾンに入りてぇ。朱王さんの部下になる」
「じゃあ決まりね! クリムゾンの月華部隊!」
「むっ! 私が言いたかった!」
「認めてくれるといいね、月華部隊!」
朱王さんが目覚めたら言おう。
オレ達はもっと広い世界を見てあんたの夢を、あんたの背中を追うよ。
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