第12話 あっちの方になにかあるのかな?

「では、詳しい話はまた明日だ。今日のところは帰ってよろしい」

「はい、それでは失礼します」

「ああ、待て。誰か入り口まで案内させよう。迷ってもいけないからな」

「ありがとうございます」


 ベルを鳴らして近くに居た従士を呼ぶ。部屋に入ってきた従士は私の顔を見るなり驚いた様子を見せる。


 普段、この時間はこんなところに居るほど暇ではないからな。


「シン団長なにかご用でしょうか?」

「こいつを外まで送ってやれ」

「はっ!」


 突然訪れた小僧は、その身なりからは想像できないような丁寧な礼をして部屋を退出していった。


「……彼の言っていたことは本当でしょうか?」


 小僧が部屋を離れて少し間をおいてから、私の秘書であるグレイスがぽつりと言葉を漏らす。


「さて、な。別に本当だろうが嘘だろうがどちらでも構わん。だが、あの小僧を推薦したのは、あのレーヤ司祭だからな。期待くらいはしても良いだろう」

「そのレーヤ司祭というのは、なにか有名な方なのでしょうか?」


 グレイスがどこか得心のいかない様子でそう聞き返す。


 そうか……お前はまだ若いから知らなくても仕方がないか。だが私の秘書を務めるのであればそれでは困る。


「不勉強だな」

「はっ、申し訳ございません!」

「レーヤ司祭は二十年ほど前にクローツ教内で一大勢力を持っていた男だ。権力闘争に敗れて故郷の村に引っ込んだとは聞いていたが、まだある程度の影響力は持っている」

「なるほど、つまり今回の件でそのレーヤ司祭に恩を――」

「だったら推薦状を破り捨てるわけがないだろう?」


 グレイスの理解の遅さにため息をつきながら言い捨てる。


 見た目はそこそこ整っているから秘書として使ってやっているが、そろそろこの女の身体も抱き飽きてきたところだ。


 遠くないうちに入れ替えることも検討するかな。


「この王都の治世は安泰している。隠居した司祭の発言などは不要だ」

「……では、追い返せばよかったのでは?」

「よく考えろ。いいか? あのレーヤ司祭がわざわざ推薦状を書くほどの人材だ。恩恵の真偽はともかく、目をつけるだけの何かは持っていることは容易に想像できる。だったら、その手柄は私が美味しくいただいてやるだけのことだ」

「な、なるほど!」


 グレイスはようやく話が理解できたようでしきりにうなずいていた。


 ……それにしても、こんな時期に推薦状を持っていると聞いたので慌てて出向いてみれば、思いもよらない広いものができたかもしれん。


 万が一、あの小僧の言が正しかったとして、およそ五百年の間ずっと見つからなかった【超会心】の恩恵が見つかったことになるのだ。


 暫くの間、私の手元で飼っておくのも面白いだろう。


 上手く立ち回れば、もしかしたら私の名をこの国の歴史に刻むことができるかもしれんからな。


 くっくっく、笑いがこみ上げてくるぞ。


       ◇◇◇


 翌朝、窓から差し込む気持ちの良い朝日に目が覚めた。


「んー、やっぱり王都の宿ってのは布団の質も結構違うもんだね。長旅の疲れがよく取れるや」


 昨日はあれから宿探しに結構な時間がかかってしまったけど、結果的には安めでいい宿を見つけることがので良かった。


 食事はやっぱり味付けが物足りなかったけど、昼に食べた店に比べればもう少しだけ上に思えた。


「しばらくは美味しい店の探索に時間がかかりそうかな。これだけ広い都市なんだから、きっと何処かにあるよね」


 さて、食事といえば宿一階の食堂の準備ができるのは、まだ少しだけ時間が早いように思える。


 この部屋には時計がないから時間はよく分からないけど、昨日過ごした感じでは一時間ごとに鐘がなるはずだからしばらくはそれを目安にすることになりそうだ。


「まあ、それはまた今度ってことで。今は時間もあることだし、せっかくだから朝の訓練を済ませちゃいますか」


 もちろん、前世の記憶に目覚めてからずっと続けている、あの訓練のことだ。


 村を出てからは商人の馬車に相乗りさせてもらってたから我慢していたけど、もう生活習慣になってるからなるべく欠かさずに続けていきたいんだよね。


 前世の自分からは想像もつかない習慣だけど、今更ながらランニングにのめり込む人の気持がわかってきたような気もする。


 ――王都の朝はあまり早くないのかな?


 外に出て走り始めて割とすぐにその感想を抱く。


 村や港町では結構朝早くから多くの人達が活動を始めていたけど、さすがに王都ともなると事情が異なるみたいだ。


 かろうじて見かけるのは、革鎧を着込んで腰に帯剣している人達の姿だった。


 これから旅立つのかなあと思いながら見ていると、誰も外に向かって歩いている様子がない。


 むしろ町の中に向かって歩いているように思える。


「……あっちの方になにかあるのかな?」

「あんた、もしかして王都に来たばかりかい?」

「えっ?」


 独り言を聞かれていたらしい。……ちょっとだけ恥ずかしい。


 声に振り向くと、露天に座るおばちゃんの姿が目に映る。周りに他の人が見当たらなので、多分このおばちゃんが話しかけてきたんだと思う。


「はは、わかりますか?」

「当たり前さ、この王都に住んでいてダンジョンのことを知らない人なんて、さすがに一人も居ないからね」

「へえ、王都の近くにダンジョンなんてあるんですね」


 ダンジョンとか、いかにもファンタジーっぽいなあ。いや、ファンタジーと言うよりはゲームっぽい響きかな?


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