第2話 巨大な格納庫にある、食料の数々
私は例の如くオウルドパァを一杯飲んで寝てみることにした。
また未来の横浜が見れるかも知れないと思ったからだ。
別にパアになった訳ではない。
案の定、目を覚ますと例のフカフカのベッドの上で寝ている。
私は心の中で喝采を上げた。
寝間着のまま下へ降りた。
食堂では光太郎、ゆう子、栄二、そして五十位の近衛カットをした紳士が座っている。
目つきが厳つい。
ひょっとすると栄二の息子であろうか。
「お爺様、お早うございます」
光太郎が元気な声で私に挨拶をした。
「お早う。元気でやっているな」
光太郎の顔を見ると思わず口元が緩む。
私にとっては孫の様に可愛い。
テーブルの上にある料理を見ると皿の上にスライスされ焦げ目の付いたイギリスパンが載っている。
焼いた香ばしいパンの匂いが私の食欲をそそった。
「お爺様もお座りになってくださいませ」
ゆう子が私に言った。
私は空いている席に座った。
ゆうこが私のパンをトウスタァで焼いてくれた。
私の前に皿に載せられたパンが運ばれて来た。
パンの上には溶けたバターが塗られている。
焦げた香ばしいパンとバターの匂いが混じり合い、私の食欲をさらに誘った。
パンを手に取り食べてみた。
私は一言、
「美味い!」
自然と称賛の言葉が出てしまう。
洋行でロンドンに赴いた際にホテルで食べたブレックファーストを思い出した。
「お爺様、美味しそうに食べている姿を見て安心しました」
近衛カットの紳士が私に話しかけてきた。
「貴君はひょっとして、栄二の息子かね」
「そうです。父の息子になります、名前は栄一郎といいます」
私は頷きながら、
「そうかね。宜しく頼むよ」
と言った。
「お爺様、今日は正月の準備のために買い出しに行きますが、御一緒致しますか」
栄二が私を誘ってきた。
「ほう、となると省線で行くのかね」
乗り物好きの私はこの時代の電車に乗れると思うと、嬉しくて仕方がない。
「いえ、車で行きます」
私は意外であった。
自動車と言えば、大変高価な乗り物だ、この家は大変な御大尽様なのであろうか。
などと、余計な事まで考えてしまう。
「車を持っているのかね」
「ええ、乗用車ですよ、金沢の方まで行きます」
「金沢と言うと、あの金沢八景の方かね」
「そうです。ここから行けば一時間も掛からずに行けますよ」
栄一郎が言った。
「そうかね。では、私も行こう」
朝食を食べ終わり、家の外に出ると、ガレージに黒色のセダンが一台駐車してあるのが見えた。
流線形で如何にも空気抵抗を和らげそうな形をしている。
前照灯は何やら切れ長で鋭い目をしたような印象を受けた。
光太郎が後部の扉を開けてくれた。
早速、黒い皮張りのシートに私、ゆう子、光太郎が座る。
ゆう子さんが安全帯を私に装着させてくれた。
万一、事故が起きても安全を確保してくれるのだという。
座り心地は大変宜しい。
車内には些か強い花香が漂う。まるでホテルの一室に居るような錯覚を覚えた。
早速、栄一郎の運転で車は始動した。
車は発動機の音が喧しいのかと思ったが、思いの外、静かである。
その理由を栄一郎に尋ねた。
「エンジンと電気を組み合わせて動かす車なので、燃料の節約にもなりますし、音も静かなのですよ」
と説明して呉れた。
私が理科系の人間であれば納得いくのであろうが、文系の独逸語教師ゆえに、分かった振りをして頷いた。
驚いたのは道路である。
東京の丸ビルよりも高い位置に道路網が張り巡らされ、そこを車が行き交っている。
横を見れば密集したビルヂングが見える。
まるで飛行機にでも乗って、空を闊歩しているが如くである。
運転席の方からは音楽が聞こえてきた。
電気仕掛け三味線の音という表現が良いのかわからんが、煩くてたまらない。
私が不快な顔をしたのを察したのか知らぬが、
「お爺様、クラシックをお聞きになりますか」
栄二が聞いてきた。
「そうだね。フルトヴェングラーが指揮したのがあるかね」
「あります、一寸待っていて下さい」
そう云うと、運転席の真ん中にある四角いガラスに手を触れている。
四角いガラスは天然色で着色された地図が見えていたが、それがまた別の画面に変わった。
そうこうしているうちに、ヴェーバーが作曲した「オイリアンテ」が流れてきた。
音は素晴らしく良い。
蓄音機で聞こえる雑音などは無い。滑らかな音が車に響き渡る。
私は目を瞑り音楽を鑑賞する。
オイリアンテ、ワーグナーのニュルンベルクのマイスタージンガー、ヴァルキューレを聞く。
丁度、ヴァルキューレが終わる頃に目的地のコストコに到着した。
白く塗られた大きな箱状の建物に、costocoと青字で書かれた看板が見えた。
スロープを登っていくと駐車場だ。
二階と屋上が駐車場になっていて、一階が食料品や雑貨を売る場所らしい。
何十台、いや何百台という数の車が所定の位置にキチンと停車している。
航空母艦の格納庫にいるような錯覚を覚えた。
ただ、空母よりも、やや天井が高い。
去年、海軍の航空母艦赤城を見学する機会があって、広い格納庫を見た時、凄いな庭球もできそうだなと思ったものだ。
エスカレィタァで一階に降りると、大きな乳母車のような台車が何台もあるではないか。
「お爺様、このカートに欲しい物を入れて、レジで精算するのですよ」
ゆう子が私に耳打ちした。
中に入ると、広い! 天井が高い! 昔、霞ケ浦にある海軍の施設で飛行船ツェッペリンを入れる格納庫を見たことがあるが、
あんな感じである。
高さが三メートル以上ある鉄製の棚が幾十も並び、そこに商品が陳列してある。
洋服、電気製品、缶詰、台所用品、食料品、何でもござれだ。
一番奥に進むと、生鮮食品の売り場だ。
果物、肉、魚、やら総菜を加工したのを売っている。
総菜は硬くて透明なセロファンの容器に入れられていて、食品衛生上大変に宜しいと思った。
実演販売している場所もあって中々、面白い。
まるで縁日に来たような気分になる。
焼き肉の実演販売は非常にいい。
何しろ、一口、タダで食べさせてくれる。
また、他の場所ではケイキも。
ショートケイキなのだが、私の時代のに比べると油っぽくない。
さっぱりした味わいで、これなら沢山食べても気持ち悪くならない。
私は苺のショートケイキが入ったセロファンの容器を黙ってカートに入れた。
「お爺様、甘いものがお好きでしたか」
栄一郎が云った。
私は甘い物など子供の食べるものだという意識があるので、
「光太郎が入れたのではないかね」
などと惚けるが、
その様子を見て皆、苦笑いしている。
内心一本取られてしまったと思った。
買い物が終わると、また車上の人になり、帰宅する。
列車の旅はリズミカルな音を感じながら、旅情を楽しむという側面があるが、静かにゆったりとした気分で
車に乗って移動するのもまた格別である。
私が見たメトロポリス あさひな やすとも @yaocho
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