私が見たメトロポリス 

あさひな やすとも

第1話 オールドパアを飲んだら……


私は不思議な夢を見た。

 摩訶不思議な夢であったので、其の事を書いていこうと思う。

 それは三日前の事だった。

 前日の夜、九時に寝たが、十一時に目を覚まし、オウルドパァを一杯飲んで再び床に就いて寝た。

 次の日は日曜だと思って、ダラダラと寝ていたら、私を起す者が居た。

「誰だ、私を起すのは」

 眠い目を開くと見知らぬ少年が私の顔をジッと見ていた。

 ハッキリと見える。

 どうやら眼鏡を掛けたまま寝てしまったようだ。

「お爺さん誰?」

 と私の事を尋ねてきた。

 その瞬間、私に怒りの感情が沸いたが、それを抑えつけて、

「誰と尋ねる前に、貴君が自分から名乗るのが常識というものではないかね」

 穏やかに少年に語り掛けた。

「失礼しました、僕は吉田光太郎と申します」

 言えば分かるものだ。

 私が抱いていた怒りの感情は何処かに消え去った。

「貴君も吉田というのか! 私も吉田だよ、吉田十軒というんだ」

「へぇ、お爺さんは吉田十軒というお名前ですか、どこかで聞いたことがあります」

「ひょっとして、親類なのかも知れんね」

 周りを良く見れば、知らない部屋だ。

 どうやら洋館の一室らしい。

 窓硝子を覆うカァテンの隙間から、眩しい光が漏れ木製の床を照らしている。

 私は敷布団ではなく、ベッドで寝ている。

 フカフカで大変、寝心地が宜しい。

「ちょっと待ってて貰っていいですか」

「構わんよ」

 光太郎は部屋を出て行った。

 暫くすると、光太郎は白髪の老人を連れて来た。

「本当に十軒お爺ちゃん?」

 老人は信られない様子で私を見ながら言った。

「正真正銘、私は吉田十軒だが」

「貴君は誰かね」

 一寸、私は不機嫌に応えた。

「栄二です! 吉田栄二、親父は栄一です!」

「まさか! 信じられん! まだ五歳になったばかりなのに!」

「私も信じられませんよ! お爺ちゃんに会えるなんて」

 栄二は涙ぐんでいる。

 という事は此処は遠い時代の日本に違いない!

「普段、使わない客間から大きな鼾が聞こえたんで、行ってみたらお爺様が寝ていたんですよ」

 光太郎が私を見つけた経緯を話してくれた。

 よく見ると光太郎も栄二も厳つい目つきが私に良く似ている。

「栄一は元気でやっておるか」

「親父はもう十年前に他界しました」

「そうだったか」

 五歳の坊主が白髪の老人の姿になっているのだ、それは仕方がない。

「良かったら、昼食の支度が出来ているのでお食べになりますか」

 年齢四十位の、顔が細面で垂れ目の綺麗な女性が言ってきた。

「このご婦人は?」

「光太郎の母で、ゆう子と言います」

「そうでしたか、お初にお目に掛かります」

「こちらこそ、お爺様、お腹が空いたのではありませんか?」

「そうだね。食べるとしようか」

 私はベッドから起き上がり、寝間着姿で一階にある食堂に行った。

 五人掛けの椅子に木のテイブル、西洋の活動写真を見ているようだ。

 テイブルの上にはライスカレーが配膳されていた。

 美味しい匂いが食欲をそそる。

 早速、スプーンを掬い一口食べてみた。

「うむ。美味い!」

 特急「燕」の食堂車で出されるカレーなんかより余程、美味い。

 燕のカレーが十両だとすれば、このカレーは横綱といったところだ。

 食べ終わると、寝間着姿ではイカンと思い、栄二の背広を着た。

 グレイの背広だが、中々宜しい、寸法もピッタリである。

 私と光太郎、栄二と外に散歩に出ることにした。

 いや、驚いた。

 家は横浜桜木町の高台にある紅葉山なのだが、紐育の高層ビルヂングような建物が林立しているのが望見できた。

 まるで、フリッツラングの「メトロポリス」を天然色で見ているような錯覚を覚えた。

 人々は洒落た洋服を着ていて、着物を着ている者など皆無だった。

 冬にも関わらず、女子学生は膝上二十センチのスカァトを穿いている。

 あれでは身体を冷やしてしまい、風邪をひいてしまわないかと、他人事ながら心配してしまう。

 それよりもチンチン電車が走っていない。

 どうしたことだろう?

「栄二、市電が走っていないが、どうしたんだ?」

「市電はもう廃止されてないんですよ」

「そうか、もうないのか」

 乗り物好きの私にとって、ショックである。

 まるで親友が既に亡くなってしまったかのようだ。

 変貌した横浜の街を見た後、私は眠くなり、家に帰ってベッドで寝た。

 再び起きると、そこは未来の横浜ではなく、元の家に戻っていた。

 平屋の日本家屋で敷布団の上で目を覚ました。



「光太郎や、何をいぢっているんだい」

 私は光太郎が左手に持って、右手の人差し指でその上の表面を撫でておる。

 不思議で仕方がない。

「これ?」

「うむ」

「これは、スマホですよ」

「スマホ、何ぢゃいそれは?」

「分かりやすく言うと電話、写真の機能を備えた機械ですよ」

 栄二が説明する。

 厚さは数センチもない、長さが十五センチくらいで長方形をしている。

 私が居る昭和十五年には当然ない、電話と言えば黒い電話、カメラと言えばもっと大きいレンズが付いたものだと思うが、

 この時代には最早、無いのであろうか。

 ドイツのライカなどは高価で家が一軒買えるなんて言われていた時期もあった。

 このスマホなる物は幾ら位するのだろうか。

「光太郎、そのスマホで私を写してみなさい」

 光太郎はスマホを私に向けた。

 数秒ほど向けた後、スマホで何やら確認している。

 普通、写真と言えばシャッター音がする筈なのだが、それがない。

「お爺様、これです」

 光太郎が私のところにスマホに映し出された写真を見せにやってきた。

 モノクロなどではなく、恐ろしく鮮やかな天然色、私の厳つい表情は勿論、皺の一本、鼻から少し出た鼻毛まで

 映し出されてた。

 私は非常に驚愕した。

 私は閃いた。

 これを持って鉄道に乗って、旅をしたら楽しいだろうなと。

 

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