自分に必要な、最低限のもの

中文字

注:これはフィクションです。現実のいかなる人と、登場人物は関係はありません。

 断捨離、という行動がある。


 元はヨーガの言葉らしい。

 現在では大ざっぱに言えば、必要な物を残し、不必要な物を捨てるという意味に使われているようだ。


 正直私は、なににつけても「もったいない」と思ってしまう人間である。

 何かを捨てようとしても、将来に活躍の場があるかもしれない、二度と手に入らない可能性がある、と取っておいてしまう。

 二十年前の雑誌の切り抜きや幼稚園の時に使っていた道具箱が、押し入れの奥で埃を被っているといえば、どれほどかわかるだろうか。


 そんな私のような人間に、断捨離というものは役立つのだそうだ。


 役立つと言われれば、少しはやってみようという気になる。

 だが、実際にモノを捨てるとなると躊躇ってしまう。

 それならば、思考実験として断捨離を行ってみることにした。


 さて、本当に捨てるわけじゃないと気を楽にして、取捨選択を判断していこう。


 捨てる者はないかと探していくと、色々と見つかるもの。

 パソコンが入っていた空箱がある。これは捨てていいだろう。

 中学高校大学の教科書や参考書は懐かしさからとってあるが、いまさら勉強する気もないので捨てていいだろう。同じ理由で、選択科目で使っていた柔道着も捨てよう。

 ヒビ割れているスマートパッドのケース。使い残している使い捨てカイロ。賞味期限が過ぎた冷凍食品(これは夕飯に使おう)。通っていない病院の通院証。サイズが合わないコート。どこで買ったかわからないキーホルダー。某アニメ主題歌の8センチCD。TCGやガシャのカードの束。ラノベを買うとついてくる、ブックカバーに栞とクリアファイル。謎のドクロの面なんてものもあった。


 こうして想像の中で要らない物を捨てていくと、どうせ実際に捨てるわけじゃないのだからと、普段なら絶対に捨てたりしないが必要のないものも捨てると考えてみたくなった。


 聞かなくなった大量のCD。五百冊以上はあるラノベと漫画。押し入れの下段を埋め尽くす同人誌とアニメ雑誌にクレーンゲームの景品。長年着て色あせた服。機種変更で使用しなくなった古い携帯電話。何年も使っていないラジカセとカセットテープ。ゴミ捨てに使うために取ってある、レジ袋。



 さて、こうして色々と捨てていく想像をしていて、ふと私が最低限手元に残しておきたいものは何かが気になった。

 正直、ここまで想像内で捨てる選択をしたものすら、実際に捨てるつもりはないので、答えは全部となってしまうだろう。

 しかしそれでは、面白くない。

 そうだな。火事になって自分の部屋にある腕に抱えられるものだけは持ち出せる、と考えてみようか。


 デスクトップパソコンとモニター。ハードディスクに入っているデータ類は惜しいけど、その他全てを引き換えにするほどじゃないな。


 貯金通帳と判子、財布に携帯電話。即物的な判断だけど、残高もさほどないし、携帯電話はなくてもどうにかなるか。


 そうやって考えていくと困ったことに、どれもこれも必ずしも要るものとは言えない気がしてきた。

 それでも、最低でも紙とペンは生きるために必須だと考える。小説を書かないと、頭の中で妄想が渦巻いてしょうがない。

 

 さて、紙とペンで片腕が埋まるとして、もう片方の腕には何を持ったらいいだろうか。

 そう考えていると、足元にするりと何かが来た。

 下を見れば、私の飼い猫。どうやら開けていた扉から入ってきたようだ。

 撫でると、拗ねるように「にゃん」と鳴く。


「いままで私の部屋にいなかったから、選択から除外していただけだ。ちゃんとお前を捨てたりはしないとも」


 撫でても撫でても構えとすり寄ってくるので、ここで断捨離といえども絶対に残すのは『紙とペンと飼い猫』と結論をつけ、猫と遊ぶことにし、ペンを置くことにしたのだった。

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