わたし、紙とペンで召喚士になってしまいました!

亞々紅

わたし、紙とペンで召喚士になってしまいました!

 雪の降る日々が終わり、街じゅうに植えられている桜の木々に小さなつぼみが現れてきた、そんな季節。

「ふふふ。ついに私も中学生かぁ」

 ベッドに広げた紺色のセーラー服とスカートを前に、まどかは微笑む。制服には真紅のスカーフと、『陣まどか』と印刷された名札がついてある。

 まどかは先週、小学校の卒業式を終えたばかりで、来月に控えた中学校の入学式が楽しみでしかたがなかった。

「せっかくだから、中学生になったら夢を叶えたいよね。目指せ、世界最強の召喚士!」

 まどかは小学生の間に流行したテレビアニメの主人公に憧れ、召喚士を目指している。同級生にもそれを話したことは何度もあるのだが、そんなことは無理だと、まどかを嘲る男子達が数人いた。

「男子にはバカにされたけど、いつか必ず見返してやるんだから。ほとんどの子たちは同じ中学校に行くんだし、むしろ絶好のチャンスだよね! あっ、そうだ!」

 制服をハンガーにかけてクローゼットに戻すと、まどかはすぐさま机に向かった。

 机の本棚に、召喚魔術に関する様々な本が並んでいる。そのなかから、まどかは一冊の本ーー『はじめての召喚魔術』を手に取った。まどかが自分の小遣いで初めて買ったそれは、内容が小中学生にも理解出来る文面で記されている。

「魔法陣を書く練習をしよう!」

 まどかは愛用している自由帳を開き、本の挿し絵を見ながら、ボールペンで魔法陣を書き写した。乱れることなく、丁寧に。

「出来た! 今日は、いつもより上出来! これで呪文を唱えて、精霊とか霊獣とかを呼び出せたら、絶対カッコいいよねぇ」

 まどかが空想に浸っていた、まさにその時。

「何これ!?」

 真っ白な紙に書かれた魔法陣から炎のような赤く眩い光が溢れだし、まどかの視界を奪った。

「い、今のは何?」

 まどかが徐々に目を開けると、机の上に赤毛の青年が腰かけているではないか。

 武装している青年は額に二本の短い角を生やしていた。さらに背には鳥とは異なる翼があり、ワニに似た尻尾が生えている。人型ではあるが人間ではない、未知の存在がそこにいた。

 我が目を疑ったまどかは、両目をこすって確認したが、状況は変わらなかった。

「もしかして、もしかしなくて? 私、召喚士になっちゃった!? やったーっ!!」

 両手を挙げて大喜びのまどかに、青年が怪訝な表情で呼びかけた。

「おい」

「はい?」

「お前が我を召喚したのか?」

 青年の口元に、ちらりと牙が見えた。それもまた、彼が人間とは異なる者であると、まどかに見せつけているようだ。

「うん、じゃなくて! はい、そうです!」

 思わず椅子から立ち上がったまどかが素直に答えると、赤の青年はにやりと笑んだ。

「ほう? 魔力が微塵もない凡庸な人間が、やるではないか。この我を召喚するとはな」

「キターッ! 召喚魔術、成功!!」

「は?」

「まさか、こんな形で夢が実現するなんて! まさにアニメの名場面そのまま! 主人公が強力な精霊の召喚に成功する、まさにそれ!」

 かつてテレビで観たアニメの、主人公の活躍を思い出したまどかに青年が問いかけた。

「おい、小娘。お前の名は?」

「え? わたし?」

「そうだ。まずは己から名乗るのが礼儀だろう?」

「あ、そうか。そうしたら、あなたの名前を教えてくれる?」

「もちろんだ。さあ、言え。お前の名を」

 赤の青年に促され、まどかは自らの名前を述べた。

「わたしの名前は、まどか。陣まどか」

 すると、二人を囲むように光の輪が現れた。

「我が名は、サラマンダー。炎を司る精霊の王である!」

「サラマンダー!? あなた、四大精霊のひとりなの?」

 驚愕するまどかに、青年が口が裂けそうな笑みを見せた。

「お前の願い、このサラマンダーがひとつだけ叶えてやろう。ただし、お前の大切なものをひとつだけもらう。それで我らの契約は成立だ。さあ、お前の願いを言え。何でも良い。富を得ることも、世界を支配することも夢ではないぞ。さて、どうする?」

「いいよ」

 まどかは迷わなかった。召喚士になりたいという夢が叶った、その次は……。

「わたしのパートナーになって! サラマンダー!」

「良かろう。交渉は成立だ」

 サラマンダーが指を鳴らすと、それが合図だったのか、光の輪が小さくなり、まどかの左手の薬指にはまる。そして光が消えると、炎を彷彿させる紋様が指に残った。

「では、お前の大切なものをひとつ、我がもらい受ける」

「わたしの、大切なもの……」

 一歩二歩と、まどかが後ずさりをする。それを見たサラマンダーが、まどかに右手を差し出した。

「ああ、命は取らぬから安心しろ。そうだな。お前の純潔をもらおうか」

 すると、まどかは首をかしげた。

「じゅんけつって何?」

「は?」

 まどかは『じゅんけつ』が何を意味するのかを全く知らない。元より、同級生の間で話題になったこともなく、まどかの知る由がなかったからだ。

 サラマンダーは差し出した手を震えさせた。

「まどか。まさかとは思うが、お前は純潔が何たるかを知らないのか?」

「知らない。だってわたし、まだ十二才だし」

「何を言う。我の世界の人間どもはそれで成人だというのに、お前はそんなことも知らんのか?」

「あなた異世界から来たの!? すごーい! 異世界は本当にあるんだ!」

「えぇい、話を聞け!」

 異世界と聞いて喜び跳ねるまどかの両肩に、サラマンダーの大きな手が乗った。

「ならば、こう言えばわかるだろう。まどか。契約を交わした印に、我の嫁になれ!」

「ええっ!?」

 自信満々のサラマンダーに求婚され、まどかは仰天した。

「つまり、そういうことだ。わかったなら、我に……」

「やだ」

 たった一言、きっぱりと、まどかは真剣に断った。

「何ぃ!? やだとは何だ、やだとは!?」

 想定外の返答だったからか、今度はサラマンダーが手を離して仰天した。

「だって、わたしまだ十二才だよ!? およめに行くなんて、まだずっと先だよ!? というか、わたし初恋もまだだし。だから無理、ぜーったい無理!」

 首を大きく横に、何度も振るまどかをサラマンダーが光る目で睨みつけた。

「そうか。ならば、我との契約はナシだな」

「えっ! そ、それもやだぁ……」

 せっかく巡ってきた絶好の機会がなくなりかねない状況に追い込まれ、まどかは困惑する。

「ならば、どうする? このまま、我を元の世界に還すか? それとも、我の嫁となるか?」

「うっ」

 究極の選択を強いられ、まどかは悩みに悩んた末に、サラマンダーに宣言した。

「決めた。わたしのパートナーになって、サラマンダー!」

「おお! では、我の嫁になるのだな?」

「いいよ」

 先ほどとは打って変わって、まどかは毅然とした態度で承諾した。

 その様子を前に、サラマンダーが歓喜の声を漏らした。

「おおっ!!」

「でも、わたしが高校を卒業するまで待つこと。いいよね?」

「コウコウだと? 何だ、それは? 我にわかりやすく……」

「い・い・よ・ね?」

 これまでとは逆に、まどかがサラマンダーに凄む。怒りに任せることなく、態度で相手の質問を遮った。

「……よかろう」

「やったーっ!」

 サラマンダーが折れたこともあり、二人の奇妙な契約は成立したのであった。


ーーーー


 それから、元の世界に一旦帰還したサラマンダーを待っていたのは、三人の精霊王ーーウンディーネ・シルフ・ノームからの批判の声だった。

「あらあら、サラマンダーさん。異世界のお嬢さんと契約をなさったのですって? 大変でしたね。でも、年端のいかない女の子を口説くなんて、いけませんわ。ああ、いけませんわ!」

 上品な口調の、人魚を思わせる乙女。彼女こそ、水の精霊王ウンディーネである。

「超ウケる! あっちとこっちじゃあ、夫婦になれる年齢も違うのに、まじウケるんだけど? ていうか、結婚願望強すぎて超イタい!」

 軽薄な言葉遣いの小柄な少女。風の精霊王シルフーーそれが彼女の名。

「お主は精霊のなかでも顔だけは良いのだから、相手に困らんだろう。うん、顔だけは」

 余計な一言を付け加えた、小太りで豊かな髭の男。その者こそ、地の精霊王ノームだ。

 三人の指摘を受け、サラマンダーは苛立ちの声をあげた。

「えぇい、お前達! 好き放題、言ってくれるな! 今に見ていろ!!」

 召喚士になったまどかと、召喚された精霊王サラマンダー。二人のこれから先は、また別の話である。






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