天衣無縫の白面(はくめん)少女

希望の唖 悲しみの吽

喜びも、嬉しさも、愛おしさも、怒りも恐怖も畏怖も無力感も、すべてを白面に含めていっぺんにあらわす化け物。


無限に広がる可能性の網 際限も限界もなにもなく、あるのはひとつの「何もない」世界

捉えようのない世界線を、冷たくひび割れたガラスの世界のような、触れるものもなく永遠に伸びて太さφ0.1以下まで引き伸ばされた超硬ピアノ線の上を駆け抜けるような、危なくも、愚かで、純心で、爛漫で、狂っている


彼女はひとしずくの涙のようでいながら、彼女は同時に海のようでもある。

何者かに溶け逝ってしまうかと思えば、彼女が逆に何もかもを飲み込んでしまう。

華奢でしなやかでか細いかと思えば、彼女はどこまでも冷酷で、狡猾で、残虐。


彼女は言葉を持たない。

彼女は希望や絶望を知らない。

彼女はある日、旅人に死ねと言った。

彼女は同時に、生きろとも言った。

彼女は嘘をつかない。すべて本気でそう言っている。

彼女の慈愛は本物だし、彼女の非道もまた本物である。

希望や絶望が来たことがないから。

彼女の歌は美しいが、彼女は決して意味のある歌を歌わない。

彼女の意識は曖昧で、いつも自由気ままで不定形、夢の中のまどろみのようでいて、白昼夢の中に見る理想の誰かを見つけたときのような、不思議な美しさを表している。


彼女の歌声は天にも届き、地の果てまでも届き神や人々の心を震わせる。

だが彼女の歌は不思議なもので、天にいるはずだった神はいつしか地に、地にいたはずの人々が天にいたとしても彼女にはそれがわからない。


彼女は自由だ。

故に彼女はひとりきりだ。

永遠とも思える夢幻の世界に彼女は、そこに存在している。

白い原稿の上に、黒く巨大なインクの塊を落としたようなもの。


彼女はなんでもできる。彼女は未来そのものだ。


ゆえに、彼女は何もできない。彼女は、未だこない意思とインクのその先で不定に揺れる意識そのもの。

希望も絶望も、愛も、恐れも憎しみも癒しも恐怖も生への執着も死の渇望も、彼女は一括りに飲み込んだ一点の感情そのもの。


彼女は揺れる。

叫ぶ。歌うように叫ぶ。


そうして彼女は叫ぶ。

意味のない言葉を。

意味があるようで、意味がない。意味はあったのだが、彼女にとってはどうでもよかったもの。

母を求める慟哭だとか、愛するものを失った嗚咽だとか、ないものをねだる子供のような純粋さだとか。

とっくの昔に亡くしてしまったものを、未だそれがなくなっていることに気がつかないような。

彼女にとっては、過去も、未来も、今現在も、未だに来ない白紙そのもの。

白い雪のキャンバスに黒いインク跡を転々と残して走りまわる、彼女は子供のようなもの。

来るはずのない誰かを待って、いつまでも歌い続ける孤児のようなもの。


点々と。

ただ点々と。

笑顔でい続ける。踊り続ける。歌い続ける。笑い続ける。

待ち続ける。


雪のふる夜の世界で。

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