知識量は名探偵に劣らない!?

うたう

知識量は名探偵に劣らない!?

 まるで呪いであるかのように君は言うがね、それは間違いだよ。この手紙にそのような力はない。君が馬糞を踏んでしまうのも、石畳の裂け目に足を取られて転んでしまうのも、それは君の不注意が原因であって、呪いのせいではないよ。それから君の書きかけの推理小説に赤インクで添削がなされていて、辛辣なコメントが添えられていたのだって、君の才能のなさが招いたものであるし、呪いなんかではない。しかし、私という凄腕の探偵の側にいながら、あの程度の話しか書けんとは、どうしようもないな。うん? そうだよ。怪奇現象だと思ったかね? 添削は私がした。書き直すときの参考にしたらいい。

 さて、本題に戻ろう。この手紙だ。

『最初は些細な不運から始まるだろう。些細な不運は寂しがりやで、さらなる不運を呼ぶだろう。やがて群れとなった不運はお前を喰らいつくし、お前の愛する人にも牙を剥くだろう。』

 ふむ、下手くそなポエムだ。こんなの、気にすることはない。

 何を言ってる。私なわけないだろう。私の添削を読んだろう? 私はもっと流麗な文章を書く。

 ほら、あのパブの娘さん、君の恋人である彼女――名前はなんと言ったかね? そうだ、フィオナ。大方、彼女に想いを寄せていた男の仕業だろう。君と彼女を別れさせるために画策したのだと思われる。

 確かに、これは血でしたためたものだろう。自らのものか、動物のものかはわからんが、ペン先を血液に浸して記したものであることは間違いない。しかし不気味ではあるが、文字というのは何をインク代わりにして書こうとも意味以上のことは伝えないのだよ。黒インクを使おうとも赤ワインをインク代わりにしようとも、木の実を潰した汁で書いたっていちごジャムを用いたって変わらない。もっともジャムで書いたら、すぐに蟻がたかって読めなくなってしまうだろうがね。とにかく、血で書いたからといって、そこに呪いが生じることなどありえないのだよ。

 どうしても不安だと言うのなら、フィオナと別れたらいい。それで彼女は不運に食いつくされることはないだろう。なに? それは嫌なのか? わがままだな。仕方ない。手紙を貸したまえ。血文字を消してやろう。それで君の不安も消えるだろう。

 旧唐書くとうじょという書物を知っているかね? 中国の古い歴史書だ。その中にこんな一節がある。

『血で血を洗う』

 つまり、こうして、左手の人差し指をナイフでちょっと傷つけてだね――痛っ。私に血を流させたんだ。このお代は、エール一杯じゃすまんぞ。まぁ、いい。礼は後だ。

 溢れてきた血を布巾で拭ってだな、手紙の文字を擦る。

 そうすると、見事に血文字が消えて、まっさらな紙に戻……。いや、まだ擦り足りていないようだ。もう少し擦ると、ほら! 待て、別の文字でも試してみよう。うーむ、おかしいな。これも消えない。これも消えない。なぜだ!? 血文字ではないのか?

 しかし、なんだ。禍々しさは増した気がせんでもないが、これではもう何が書いてあるのかはわからん。もう気にすることはないのではないか?

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