第29話 本気、だったんですよね?

 結界から出されたウルヴァー卿達五人には、食事をとってもらいながらこれからの予定を聞いてもらうつもりだったのだが。

「エレン嬢、私のことはクリス、と」

「私はギルバートです。呼び捨て以外は認めません。愛称でギルでもいいですよ」

 話が全然進まない。


「はいはい、わかりました。クリスとギルバートですね。話を聞いてくれます?」

 二人は嬉しそうに顔を輝かせると、本格的に食事を始めた。聞く気があるのか…。


「私たちは王家の方々を救出するために王宮内へ潜入します。敵は多数のドラゴンを用意していますが、ドラゴンは全て無視して下さい。他の者が対応にあたりますので。もう少ししたら、正面からクリシュナ姫が進軍されます。それを合図に我々も動きます」


「わかりました」

 反論どころか、質問さえなかったことに驚く。


 クリスは、新しいおもちゃグレンに夢中になっている。グレンはクリスにがっちりと肩を組まれ、逃げ場を失い縋るような目でエレンを見つめているが、エレンはそっとしておいた。巻き込まないで。


「あの結界を解析したエレン嬢と共に行動をしているということは、貴殿も腕がたつのだろう?」

「あ、いえ、私はそんな…」

「北の狼は謙遜し過ぎだ!誰も彼もが大したことないと言うくせに、腕が立つ」

「い、いえ、僕は…」

「名前は?」

「歳は?」


 グレンはぐいぐいきすぎるクリスに、まともな対応ができないでいる。一生懸命覚えたはずの言葉遣いも乱れていっている。言葉遣いから再教育が必要だなとエレンは思った。

 ぐいぐいこられているとはいえ、クリスは非常に好意的だ。好意的な人にボロを出すのは構わないが、今後執事としてやっていくならば冷静でいなければならない。


 クリスは真に差別意識のない貴族だと認識した。ギルバートのことは心底わからないが、クリスには全幅の信頼を寄せても大丈夫だろう。

 ギルバートが指摘した間者の人数が多いのは、実力が不足すると考えられる人物もふるいにかけたこと、残された結界の中で間者側と無実の人間で実力差がつかないように考慮されたことが窺える。買い被りかもしれないが。エレンの中でエルハルトへの信頼は回復した。


「んんん!!暑苦しい!!!」とグレンがクリスをはね除けようとした時、激しい爆音と共に王宮の一部から煙が上がった。クリシュナ姫進軍の合図だ。


「行動を開始します」

 エレンが告げると、全員が既に臨戦体勢だった。さすが第一騎士団。

「え~もうちょっと食べたかったのに~」

 ギルバートの気合いの入らない言葉に、ストレスを溜めていたグレンがキレた。


「エレン様に傷一つつけたら、許しませんからね!!」

「え?グレン来ないの?」クリスが驚いた。

「僕はドラゴン担当です」

 そこは私は、と言うところだろう。一人称がぐだぐだになっている。

「一人で?」

「???」

 グレンが不思議そうな顔でクリスを見返した。




「あら~ちょっと張り切り過ぎちゃったかしら。王宮って案外脆いのね」

 カリーナがおっとりと頬に手をあてて呟いた。

「いやぁ、これくらい派手でちょうどいいよ」

 エリオットが答える。

 クリシュナと第四騎士団は驚きで固まっていた。王国で一番頑丈に作られているはずの堅牢な門と壁が、カリーナの一撃で全て吹き飛んでいた。これほど強力な魔法を見たことはなかった。


「カ、カリーナは凄いのですね…」

「自慢の妻です!」

 エリオットの言葉に、カリーナは頬を染めて照れていた。現場とそぐわなさ過ぎて、恐ろしい光景に見える。


 正面突破で派手に乗り込んだのに、応戦があまりない。

「反応が鈍いな」

「そうね。どうしてかしら~?」

 エリオットとカリーナは会話しながら、敵をなぎ倒して進んでいく。エリオットが剣で、カリーナは魔法で。あっという間に道が開けていく。

 クリシュナは茫然としていた騎士団へ、慌てて馬を進めるように指示を出した。

「ドラゴンだ!!」

 第四騎士団の誰かが叫んだ。王宮の庭から、複数のドラゴンが飛び上がってきた。



「グレン、王宮は傷つけないでね?私達、死んじゃうから」

「わかってますよ、っと」

 グレンが巨大な風魔法を放った。飛び立ったばかりのドラゴンが切り刻まれて、あっけなく肉の塊となって落下していく。


「野生じゃないみたいだし、王宮は無事のままいけそう」

「そう願うわ」

 第一騎士団の五人は一瞬でグレンの実力を認めた。クリスがウキウキしているのがわかる。

「行きましょう」

 エレンの言葉で移動を開始した。


 次々と放たれたドラゴンは、可哀想なほど瞬殺で落下していく。その様子を横目で見ながら王宮内へ入った。

 王宮の中は人が少なかった。ほとんどいないと言っていい。騎士団は魔法の補助も必要としない状態で、どんどん進める状態だった。見張りを残して、全員が出払っているような状態だった。


 実際、王宮内にはまともな戦力は残されていなかった。昨日、クリシュナを手に入れるために優秀な人材を派遣していたようだ。

 つまり、ハミルトン邸に到着する前にエリオット達に挟撃された者達が、彼らの主力部隊だった。


 何とも情けない終わりだった。所詮権力闘争に敗れた人達の寄せ集めでしかなかったのである。そして、そんな情けない人達に王宮を攻め込まれたのは宰相が裏から手を引いていたことに他ならない。

 王族の方々は無事に全員が見つかり、後処理はエリオット兄様に任せた。


 エレンはさっさとハミルトン邸に帰るつもりだったが、グレンが男手という名目でクリスに拉致されたので、仕方なく王宮に残っていた。そんなエレンの側にはギルバートが張り付いていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る