第28話 王宮奪還に向けて

 エレンはグレンと一足先に王宮へ潜入した。お目当ては第一騎士団の救出。彼らの中にも間者がいる。そうでなければ、王国屈指の戦力があっけなく丸ごと結界に収まるはずがない。危険も伴うが、味方になれば強力な戦力となる。


「僕はウルヴァー卿って人、信用していないんだけど」

 グレンが渋い顔で言った。

「だからグレンも一緒に来てるんでしょ。無理そうだったら諦めるから」

 エレンは結界に手を当てて、構造を解析している。


「よし、わかったわ。外からだったらグレンの力任せでも破壊できる。これってきっと、逃げ場のない状態でドラゴンに丸焼きにさせるつもりだったんでしょうね」

 グレンは顔をしかめた。

「じゃあ、後はよろしく」

 それだけ言うと、エレンは半円状になっている結界の頂点辺りから、中にするりと入って行ってしまった。


 エレンはすっぽりとレスター卿に抱えられた。急に上から落ちてきたエレンを、レスター卿が抱き留めたのだ。着地するはずだったのに、子どもの様に縦に抱き留められている。何故。

「おはようございます」レスター卿に満面の笑みで挨拶をされた。

 予定と違った登場の仕方に、エレンは頬を赤く染めた。


「エレン嬢ではないか。どうしたのだ」

 ウルヴァー卿が駆け寄ったが、レスター卿が距離を取り、近づけないようにした。

「いけません、クリス様。敵方かもしれません」言っている内容はまっとうだが、エレンを抱きかかえたまま言うことなのだろうか。

 抱きしめ方も優しかったりするのだ。意味がわからない。何より、顔が近すぎる。エレンは顔を離すことと、安定感を求めてレスター卿の首に両腕をまわした。


 丁度半円の頂点から入ったので、この体勢になると他の騎士も見える。皆こちらを見ていて、恥ずかしくてたまらなかった。レスター卿が改めて抱き直す。安定感抜群になりました、はい。

「降ろしてもらえないでしょうか」

「断固拒否します」

「何で!?」

 エレンが悲壮な声で呟いた。


「仕方ないなぁ。エレン嬢はどうしてこちらに?」

 仕方ないんでしょうか、これ。

「第一騎士団の救出のためです。但し、間者の方は除きますが」

「現状をお知らせ頂けないでしょうか」

 レスター卿が目線を合わせてきた。だから、近いって!

「騎士団の方は結界の中に閉じ込められています。王家の皆様は、安否不明です」


「ではまず、間者のあぶり出しですね」

 レスター卿は冷たい声で囁いた。結界内の空気が一瞬でピリッとしたものになる。表情は見えないし近すぎて見たくもないが、きっと凄い顔をしている。間違いない。


「ところでエレン嬢、そちらの荷物は」

 そんな空気をものともしないウルヴァー卿が聞いてきた。エレンは背中に大きな荷物を背負っている。

「食事です。昨日から何も食べていないかと思って」


「おお!素晴らしい!ギルバート、今すぐにエレン嬢を降ろしなさい」

 ウルヴァー卿が怖い顔で命令したので、本当に渋々ですけどね、っといった感じでレスター卿はエレンを降ろした。

 エレンは自分の味方はウルヴァー卿だと認識して、ウルヴァー卿の元へ駆け寄った。レスター卿が恨めしそうに見ていた。気にしない。レスター卿怖い。


 ウルヴァー卿は間者のあぶり出しをレスター卿へ命じると、そそくさとエレンが持ってきていた食事にありついた。

「ウルヴァー卿、あまり沢山食べてはいけませんよ。皆さんの分がなくなってしまいます」

 エレンが心配してそう言うと、ウルヴァー卿は豪快に笑った。


「大丈夫だ。間者が誰かわからないなら全員ここに置いていけばいいし、手際からして一人や二人ではない。これくらい食べても大丈夫だ。それと、私の名はクリスだ。是非そう呼んでくれ」

 脳天気すぎる。


「それはもしや、エレン嬢の手作りですか?」

 レスター卿が聞いてきた。間者を探す気あるんだろうか。

「そうですが」

「クリス様、すぐに間者をあぶり出します。全部食べたら殺しますよ」

「腹が減っているからって、イライラするなよ」


 この人達が第一騎士団でいいのか、本当に心配になってきた。エルハルト兄様は二人は大丈夫、信頼しろと言っていたが、最早エルハルト兄様への信頼さえ揺らいでいる。


「まず、結界に閉じ込められたので魔法が得意な人は全員間者とみなします。それと、私が間者をあぶり出すと発言したときに表情がおかしかった君と君、それから君も。我々をこの場所に誘導した君、同意した君。半分も残らないね。第一騎士団がこんな有様だなんてみっともないよ」


 レスター卿がバサバサと決断していくので、騎士達がざわつきだした。

「あの、潔白を証明したいのですが」

 勇気ある騎士が挙手をして発言した。

「今は必要ないよ。後でゆっくり証明して。今の段階では、少しでも怪しい人物を連れてはいけないから。後、そこの君と、そっちの君も追加。挙動不審だよね」


「ギルバート、エレン嬢の手作り料理を独り占めしたくて言ってるんじゃないだろうな?もしそうなら、一つもやらんぞ」

「違いますよ~」

 レスター卿の返事は、あまりにも嘘っぽかった。ただ、実際問題怪しい人と一緒に行動するのは危険だ。変な人だけど、有能は有能なんだろうとエレンは納得することにした。


「あ、サミュエル様も外して下さい」

「どうして?」

 レスター卿が不思議そうにエレンを見た。


「彼、奥様と子どもを人質にとられているから救出してくれと、この間屋敷に来た時に私に依頼してきました」

「き、救出して頂けたのでしょうか!?」

 慌てたようにサミュエルが聞いてきた。

「一応救出はしましたが、罠だと困りますから」

「そんな…」


「じゃあ、ここから出してもらうのはこの五人で」

 レスター卿はあっさりと決めてしまった。

「では、食事を邪魔されるのも嫌でしょうし、先にここから出ましょうか」

 エレンは結界に小さく穴を開けた。

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