第27話 

 放ったドラゴンが一瞬で真っ二つにされ、思わず舌打ちした。あれには莫大な金がかかっている。屋根にいる二人と屋敷内に第四騎士団がいると推測できる。

 屋敷を囲むようにいる騎士達は、遠目で見ても強そうには見えない。動きがなっていない。第六騎士団と第七騎士団は騎士団の中でもレベルが低いのはわかっていた。

 貴族を中心に組まれた騎士団で実力的には最下層にあたるからだ。危険な任務につくことも、重要な任務につくこともない。実力の乏しい有力貴族の子息を抱えているだけだ。


 警戒すべきは昇進のためにいる隊長と副隊長、わずか四人。だからこそ、王宮を襲撃する際に第六と第七が外にいる時を狙った。

 クリシュナは城内で騎士団ごと生け捕りにするはずだったが、予定通りにはいかなかった。それによって引き起こされた、余計な仕事だ。


「ドラゴンの表皮を切り裂けるほどの魔法使いがいたのは予想外ですね」

「大金が真っ二つだ。狙い撃ちされるだけだし、ドラゴンは諦めよう」

「そうですね。周囲にいる奴らを殺して、屋敷に直接火をつけた方がよさそうだ」


 男の合図で、屋敷を取り囲んでいた全員が一斉に屋敷に向かった。屋敷まで遮る物がない庭は、的になるのを防ぐため人数で攻めた方がいい。

 途端に屋根から予想を超える規模の魔法が放たれた。男に驚愕の表情が浮かぶ。


「なんだ、これは。ここにいる騎士団の情報にはなかったぞ。まさか…」

「狼の末娘ですか…。碌な情報が得られませんでしたが、完全に情報操作されていたようですね」

「貧乏くじをひいたな。俺も、お前も…」

 その言葉が終わる前に、今度は無数の魔法が降り注いできた。


「密集隊形!!防御しつつ進め!!」

「応援を呼べ。もう、生きているだけでいい!何としてでもクリシュナを手に入れろ!」


 彼らが呼んだ応援が来ることはなかった。ハミルトン邸へ向かう途中で、エリオットとカリーナ、エルハルト率いる北の狼に挟撃されて全滅したからだ。


 ***


 敵を捕らえ負傷者の手当をしている時に、エリオットとカリーナがハミルトン邸に現れた。妻を伴ってにこやかに現れたエリオットに、少なからず非難の目が集まった。カリーナはそんな視線を気にした様子もなく、大きな声を出した。


「エレ~~~ン!」

 扉の一つから、ひょこっとエレンが顔を出した。

「カリーナ!お兄様!」

 エレンは駆け寄ると、カリーナに抱きついて顔をすりすりと擦りつけた。エレンは怖かったのだと認識した騎士達の目元は緩んだが、到着したのが誰か理解できた、捕らえられた者達は青ざめた。

 もう、絶対に逃げられないと悟ったからだ。応援が来る見込みも消えた。このタイミングで現れたということは、つまりはそういうことだと理解したからだ。


「どこも怪我はしてない?」

 カリーナが優しくエレンの頭を撫でた。後ろからエリオットもカリーナごとエレンを抱きしめ、エレンは二人に挟まれる形になっている。

「もちろんです」

 エレンは明るく答えた。


 エリオットの呼びかけで、クリシュナ姫、各隊長と副隊長、北の狼が一つのテーブルに集まった。カリーナとエレンが混ざっていることで、事情を知らない騎士達はピリピリしていた。


「クリシュナ様、早速本題に入りましょう」

「お願いいたします」

 クリシュナが真剣な面持ちで答えた。


「今回王宮を襲撃したのは、南のグレイシス国で地位を追われた貴族達が先導した者達でした。彼らは、我が国を乗っ取り自分たちの国にするべく、クリシュナ様を生け捕りにしたかったそうです」

「私を、ですか?」


「そうです。貴方を一番に逃がしたアレクシス様の判断は正しかったと言えます。クリシュナ様と誰かを結婚させて、いずれは子どもを国王に据えるつもりだったようですね。王家の血筋さえ繋がれば、後からどうとでも情報操作できますからね」

「それでしたら、むしろ私の命は保証されています。何故、私を優先することに意味があったのですか」


 クリシュナにしてみれば素朴な疑問だったのだが、エリオットは悲痛な眼差しでクリシュナを見た。不敬と知りつつ、第四騎士団の隊長がクリシュナの手に自分の分厚い手を重ねた。クリシュナは驚いたが、咎めることはしなかった。彼のことを最も信頼している。


「…生きることはできたでしょうが、それだけでしょうね。子どもは早ければ早いほうがいい」

 エリオットのその言葉に、クリシュナは理解した。顔から血の気が引くのを感じたが、隊長の分厚い手がクリシュナの精神を支えた。

「私は無知ですね…。続きをお願いします」

 クリシュナは思わず俯いた。


「王宮にはかなりの間者が紛れ込んでいました。他の方の安否が気になります。明日には王宮奪還のために動いた方がいいと思います」

「明日だって!?そんなの無理だ」

「そうです。人数もいないし、負傷者を抱えている状態です。クリシュナ様をお守りしつつ、奪還するなど…!」

 第六騎士団の二人が発言した。エリオットは二人を完全に無視した。


「どうされますか、クリシュナ様。貴方も行かれますか、この屋敷に残りますか」

 クリシュナは動揺したが、エリオットが言った意味を正しく理解した。自分が今後王族として力を持つには王宮の奪還に赴いた方がいい。

 女性の権利が向上されるまたとないチャンスだ。それに協力しましょうか、とエリオットは問いかけてくれているのだ。


「…私が行った場合、貴方方の迷惑にはならないでしょうか」

 自分が行けば足手まといでしかない。それでも、アレクシス、両親、お祖父様など、皆の安否が気にかかる。なにより、この事態に唯一動ける王族である自分が、安全な場所で騎士に守られているなど、あってはならない。


「問題ありませんよ」

 エリオットが蕩けるような笑顔で返した。

「では、ご一緒させて頂きたいと思います」

 当然と言えば当然だが、第四騎士団を除く騎士団全てが反対した。第四騎士団は覚悟を決めた顔で静観している。

「私が行くと決めたのです。全てエリオット様の指示に従います」

「かしこまりました」

 エリオットが恭しく言った。


「では、貴方方は退出して下さって構いません」エリオットは第六と第七に退出を促した。

「何を言っているのです?」

 今まで発言をしなかったオズワルドが思わず口にした。女性が残って自分たちが退出する意味がわからない。


「…貴方方は足手まといですから、参加の必要はありません」

 エリオットが冷たい視線でオズワルドに答えた。隣のカリーナもオズワルドを睨み続けている。カリーナについては、ハミルトン邸に来てからずっとだったが。反論しようと口を開きかけたとき、ロバートがオズワルドを制して退出するよう促した。


「クリシュナ様とこの国をお願いいたします」

 ロバートは礼をして退出した。第六の二人の反論が聞こえる中、ロバートはオズワルドを人のいない廊下へ連れ出した。


「何故ですか、見損ないましたよ」

 オズワルドがくってかかると、ロバートはオズワルドをなだめた。

「私の妻は、カリーナ様と懇意にさせて頂いている。彼らは、私たちとはレベルが違うのだ。何故、この緊急事態にあれだけの情報が入った?何故、増援の心配がないと言い切れる?」

「それは…」


「いち早く彼らは情報を掴んでいて、既に各所に人員を配置していたからだ。増援は、お二人がこちらに来られる途中で対応されたのだ。我々は、事実足手まといだ。残念だが、我々にできることはないよ」

「そんな…」

 間もなく、第六の二人も部屋を追い出されてきた。



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