第23話 貴賓の到着

 ハミルトン邸に、馬車の一団が向かっている。お忍びとは名ばかりの仰々しさだ。騎士団によって取り囲まれた豪華な馬車は、王族が乗っていると誰が見てもわかるような状態だった。

 急いでいたとはいえ、さすがにこれは無いだろうとオズワルドは思った。これでは、自分の屋敷に王族がやってきていると町中に宣伝しているようなものだった。


 王宮襲撃時に、たまたま外の訓練施設にいた騎士団は二つ。第六騎士団とオズワルド所属の第七騎士団。貴賓を迎えられる程度には立派な屋敷を持っているのが、オズワルドともう一人しかいなかった。

 どこに避難すべきか議論になっていると、クリシュナ姫を伴って王宮から脱出してきた第四騎士団に、オズワルドが指名された。もう一人の方が、騎士としても格上だし、もっと立派な屋敷も持っている。文句を言いたいところだったが、逆らえなかった。


 屋敷にはリリーがいる。王宮がらみでこのような状況に置かれることは、オズワルドにとっては想定外だった。いざという時のために、二人の隠れ家として用意しておいた家はあるが、その存在をフランツに教えていなかった。

 緊急措置として、とりあえずリリーが安全に不自由なくいられるよう、フランツが手配してくれることを祈るばかりだ。エレンについては、ソールズベリーか、金がないならハミルトン領の両親の元へ行けばいい。そう思っていた。


 しかし、屋敷に着いて出迎えたのは、エレン一人だった。貴賓を出迎えるのに相応しい出で立ちと礼儀で、他の人はオズワルドの指示だと感じただろう。

 なぜ避難しなかったのか。多額の金銭と引き換えに、フランツがリリーの為に外出している間を任されたのだろうか。マーサもいない。人前で問いただすこともできず、ただエレンを見ていた。


 エレンは物怖じすることなく、クリシュナ姫を案内し、慣れた手つきで紅茶を淹れ始めた。屋敷に女性は一人しかいないので、エレンはクリシュナ姫の側にいることになるだろう。フランツが戻り次第確認するしかないと思った。

  クリシュナ姫の護衛に数名を残し、各隊の隊長、副隊長は書斎で会議に入り、他の者はオズワルドの指示で屋敷の警護にあたった。


 クリシュナ姫は、毒味が済んだ紅茶を静かに飲んでいた。

「美味しいわ。ありがとう。…このようなことになって、申し訳なく思います。お祖父様から話を聞いていて、貴方を頼ってしまいました」

「想定の範囲内ですので、お気遣いは無用です。食事の用意も可能ですが、いかがいたしましょう」

「そうね…。食べられるときに食べておくわ。貴方たちもそれでいいかしら」

 護衛として残っている人にクリシュナが目を向けると、魔法使いの一人が頷いた。


「かしこまりました」

 エレンが部屋から出ると、一人の護衛がついてきた。毒など混ぜたりしないかの確認だろうと思っていたのだが、違っていた。

「お手伝いさせて頂きます」

 素直に有り難いと思った。下ごしらえの段階で気が付いた。


「お料理、上手なんですね」

「えぇ、まぁ。第四騎士団の料理担当ですから」

「全部お任せしちゃおうかしら」

「構いませんよ。料理、好きなんです」

 本当にエレンは全部彼に任せてしまった。エレンは料理はできるが、高級食材の知識があまり無かった。彼に任せた方がクリシュナ姫の口に合うものができあがりそうだ。


 ワゴンに料理を乗せて、クリシュナ姫の元へと運んだ。

「ありがとう、エレン」

「いえ、全部彼が作りましたので」

 クリシュナがふふっと笑いながら食べ始め、騎士団が後に続く。

「無作法ですが、今後のことを話しましょう」

 クリシュナ姫の一言で話が始まる。王宮で起こったことの説明を聞いた。


 襲撃時、クリシュナはアレクシスと一緒に昼食を取ろうとしていた。突然、複数ヶ所から侵入者が現れ、目に入った人間を容赦なく切り捨てて二人の元へと迫ってきた。

 いち早く異変に気が付いたアレクシスが、控えていた護衛と共に、クリシュナを第四騎士団へ引き渡し、駆けつけた第一騎士団と共に侵入者を足止めしてくれ、逃げることができたのだという。こちらで仕入れていた情報と異なるようだ。


「アレクシスが、無事に王宮を出たという知らせが未だにございませんの」

 クリシュナは悲痛な顔を隠しもせずに言った。騎士団の面々が黙ってしまったので、エレンが言った。

「まずはこちらでの警護をどうすべきか話し合いましょう。現在の王宮の状態は、情報が入らなければわかりませんから」


 ノックの音がした。エレンが扉を開けると、グレンが戻ってきた。

「どうだった?」

「僕が戻ってきたのを見て、旦那様が驚いてたよ」

「いや、そういうことでなく…」

 扉の前であまり立ち話もできないので、グレンを室内に入れた。


「ソールズベリーのグレンと申します」

 クリシュナへの挨拶もそこそこにグレンは話し始めた。

「戻って来る時に、警備の様子を確認してきましたが、敷地が広すぎて人数が足りていないですね。今、こちらに何らかの襲撃があれば、突破されると思います」


「こちらに襲撃はあると思いますか?」魔法使いの男が聞いた。

「ソールズベリーではあると考えています。まだ確認中ですが、城内に残った騎士団は全員無力化されているようです。騎士団の応援は見込めないでしょうね」

「無力化ですか・・・」


「事前に間者が混ざっているとの話でしたので、してやられたのでしょうね」

「ソールズベリーからこちらに人員をまわしてもらえないでしょうか」

「無理ですね。それ程の人数をこちらに呼んでいません」

 騎士達があからさまに残念な顔をした。


 その時、窓から不気味な鳥が入ってきて、騎士達全員が警戒した。この鳥は、鳥とはいえないレベルの変なのは、鳥の造形を作るのが苦手な、エルハルト兄様からだ。エレンに向けて、伝言が伝えられる。

『至急双方向通話求む』それだけ言うと、不気味な鳥はかき消えた。


「何かいい情報はありましたか?」クリシュナが期待のこもった目で聞く。

「いいえ、まだです。双方向通話の希望がきましたので、グレンとしばらく失礼させて頂きます」


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