第22話 避難

 慌ただしく現れた使者に、フランツは女主人であるエレンを呼びにいった。エレンはグレンと共に玄関へ駆けつけ、使者の話を聞いた。使者は他にも行く場所がある、とオズワルドからフランツ宛の走り書きを渡して、立ち去った。

 走り書きには、リリーを頼む、エレンは避難と書かれていた。内容を確認するとグレンは屋敷から出て行った。打ち合わせしていた中で、一番面倒なことになった。


「フランツ、これからのことだけれど、私は避難しない。避難するのは貴方たちよ」

「何をおっしゃっているのですか。私たちは従者として、貴賓をお迎えしなければなりません」

「そんな悠長な話じゃないのよ。旦那様から貴方たちについての指示はなかったわ。だから、私に指示する権利がある」

「それは…残るのが当然のことだからで…」


「いいえ、指示はなかった。私は、貴方たちを誰も死なせる気はないの」

 フランツは反論しようとしたが、エレンのあまりの気迫に言葉が詰まった。有無を言わせない、王者の風格すら感じる。それでも、フランツは食い下がった。

「奥様はどうなさるおつもりですか」

「私とグレンは先代国王アドルフ様より、この件を頼まれているの。逃げる選択肢は初めからないのよ。内緒にしていてごめんなさい」

 フランツは驚きと共に考え込んだ。


「時間がないの、フランツ。すぐにこの屋敷の使用人全員をお義父様の元へ。今、グレンが馬車の用意をしているわ。この屋敷には、一生戻れないつもりで荷造りをして」

 フランツは事態の大きさに驚くと共に、エレンの説得を諦め、頭を切り換えた。

「現在、ミリムの妹が王宮に仕えております…。知っておいて頂けますか」

「…わかった。さぁ、準備をしてちょうだい。リリーは私に任せて」


 エレンは別邸へ走って向かった。

「リリー!緊急事態よ!!」

 大きな声で叫ぶと、二階からリリーが降りてきたが、いるはずの侍女は出てこない。

「リリー、侍女を呼んで」

 リリーが呼んで、やっと侍女が二人出てきた。

「私が誰だかわかるわよね?そのお仕着せはここで働いていた記念に差し上げますから、今すぐ出て行きなさい!!」

 出口を指し示すと、二人は逃げるように出て行った。エレンのあまりにきつい口調にリリーは驚いた。


「どうしたの、エレン」

「緊急事態よ。今すぐここから避難してもらうわ。トランクはいくつある?」

「十個くらいはあると思うわ」

 エレンは魔法を駆使して、金目のものを片っ端からトランクに詰め込んでいった。リリーはその横で、日用品で必要なものや、大事なものを荷造りしている。


「何が起こっているのか、聞いてもいいかしら?」

「大雑把に言うと、王宮で揉め事があって旦那様が貧乏くじを引いたのよ。最悪、屋敷は燃やされるだろうし、いつリリーを迎えに行けるか不透明よ」

「どういうこと?」

 オズワルドのことになると、リリーは賢い女性でいられなくなる。

「今は手を動かして。旦那様は仮にも騎士なのだから、死にはしないと信じなさい。ただ、何かあった時は自力で生きていくことを考えなければならないわ」

 リリーは沈痛な面持ちではあるが、手は動かし続けた。


「……どうして侍女をあんな風に追い出したの?エレンらしくなかったわ」

「あの侍女は、仕事ができなさすぎ。急遽旦那様が雇ったから身元調査も不十分よ。それに、昼も夜も貴方の目を盗んで、度々外出している。怪しいとしか思えないわ」

「そんな…」

「心配することはないと思う。最悪でも、屋敷の間取りとか人員を調べる程度の小物よ」


 リリーは自分の荷造りを終えると、動きやすい、ここに来る前に着ていた服に着替えた。リリーは既に覚悟を決めた顔をして、荷馬車にトランクを積んでいるエレンの前に現れた。

「いつもの服より似合うじゃない」エレンが軽口を叩く。

「ありがとう」

 エレンが荷馬車の御者台に乗ろうとすると、リリーが制止した。

「久し振りだけど、自分でできるわ」

「助かるわ。先に本邸に戻るから、本邸まで来てちょうだい」

 エレンは走って本邸へ戻った。


 エレンが本邸に戻ると、全員準備が終わっていて、荷物を積み込むだけとなっている。元々こういう場合になった時用に頼んでいた、ソールズベリーの傭兵も来ている。ミリムが泣いていた。

「奥様…」

「泣かないで、ミリム。私は大丈夫よ。グレンもいるし」

 優しい笑顔でミリムの頭をそっと撫でる。


「私は奥様達を信じています。ですが、ですが……」

 エレンはミリムを優しく抱きしめた。今の段階では妹のことは何も言ってあげることはできない。敢えてそれを口にしないミリムは侍女の鏡だと思った。

 エレンとグレンは従者一人一人と別れの挨拶をした。リリーは荷馬車から遠目にその様子を眺めている。ハミルトン邸から、ソールズベリーの護衛に守られた馬車の一団が出て行く。

 

 リリーの横にはグレンが座っていた。従者が乗っている馬車とは違い、荷物をたくさん積める屋根のないただの荷馬車だ。

「エレンを一人にしていいの?」

「いや、極力避けたいんだけど、エレンが行けって五月蠅くって」

「私、言ってくれれば自分で行けるわ。彼らとは、行く場所は違うのでしょう?」

「皆はハミルトン領のカントリーハウスだけど、君はソールズベリーが王都に持っているボロ屋敷行き」


「そう…。場所を教えてちょうだい」

「いや、後々五月蠅そうだから行くよ。急ぐけど」

 そう言うとグレンは、最後尾から一気に他の馬車を追い抜いていった。何か魔法を使っているようだ。馬が、まるで荷物などないような動きをしている。

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