第19話 別邸の方、リリー襲来

 マーサが玄関ホールでエレンが本当に酔っていないのか確認していると、ゆっくりと玄関扉が開いた。おどおどとした人影が見える。騎士団にしては小柄すぎるなと思っていると、顔が見えた瞬間、マーサが弾けるように駆け寄った。

「こちらにお越しになっては困ります。誰か呼んできますので外でお待ち頂けないでしょうか」

 誰か思い当たったエレンが覗き込んだ。


「あなた、別邸にお住まいの方ね」

 小柄な女性がエレンの声にびくっとした。大人っぽい顔立ちの凜とした美人が、ピンクのフリフリドレスを着て立っていた。

「旦那様は趣味が悪いわね…」

 エレンが思ったことを口に出すと、女性がキッと睨んで反論しようと口を開きかけたが、先にエレンが言葉を続けた。


「絶対に大人っぽいドレスの方が似合うと思うわ。顔と服が合わなさすぎ」

 拍子抜けしたような顔をして、女性が口を閉じた。

「あなたとは一度お話をしたいと思っていたのよね。私の部屋に案内するわ」

「何をおっしゃっているんですか!?」

 今までエレンの盾になって守っていたマーサが大きな声を出す。


「しー、静かに。今、手が空いているのは私しかいないし、この辺りは野犬も多い。一人で帰らせるのはよくないわ。もちろん、鉢合わせもまずいでしょ」

 一瞬マーサが考えた隙に、エレンは強引に女性の手を取って階段を上がっていった。


 部屋に着くと、椅子を勧めた。彼女は階段を上がっていくうちに覚悟を決めたようで、キリッとした表情はますます美しい。エレンと話す気があるのがわかる。

 ミリムが慌てて、料理見習いの少年と駆け込んできた。初めて女主人の部屋に入った少年は、おどおどしている。喧嘩になったら止めるつもりなのだろうが、あんなにおどおどしていては、役に立たないように見える。


「ミリム、紅茶を」エレンが静かに言う。

「かしこまりました」

 ミリムが紅茶の準備を始める。エレンは紅茶の準備ができるまでに、一度部屋へ下がった。ミリムはエレンが何か鈍器などを探しているのではないかと、気が気ではなかった。が、それがただの妄想だともわかっていた。楽な服に着替えたエレンが普通に戻ってきて、少し残念だった。


「エレンです」

 エレンが名乗ると、彼女はリリーと名乗った。

「それで?今日はどうしてこちらに?」

 優雅な仕草で紅茶を手に取る。


「…今日は早く帰れそうだと言っていたオズワルドが、帰ってこないので何かあったのかと聞きに来ました」

「なるほど。急に旦那様の上司がいらっしゃることになって、皆慌てていたから連絡を忘れていたのね。下の階で上司の方とお食事中よ」

「そうですか」

 リリーは明らかにほっとした顔をしたが、顔を直ぐに引き締めた。


「それで、私と何を話したいのですか」

「ああ、今の状態をどう思っているのか、話をしてみたかったの。でも、その前に…」

 エレンはミリムと下働きの子を見る。

「二人にしてくれないかしら」

「絶対に駄目です!」

 ミリムがリリーを睨みながら言う。


「じゃあ、せめて彼を下がらせて。喧嘩する気は元々ないし、もしリリーがその気なら…」

 エレンはじっくりとリリーを見る。

「確実に返り討ちにするから」

 満面の笑顔で言うと、ミリムは呆れていたが、他の二人は気圧されている。ミリムがしぶしぶ少年を退室させる。

「さぁ、ミリムのことは気にしなくていいから、ぶっちゃけて話しましょう!」

 エレンがにこやかに言うと、リリーの顔は引きつっていた。


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