第9話 契約その7 基本的には社交場にはでなくてよい

 全員がそれぞれのことに夢中になり、すっかり忘れそうになっていた頃に、旦那様が新婚旅行もどきから帰ってきた。フランツと話をし、届いていた手紙を受け取るといつもの様に素早く別邸へ帰っていった。エレンにとっては日常と変化がなかったので、何も気にすることはなかった。


 翌朝、いつもは仕事前に立ち寄らない旦那様が本邸へ現れたので、フランツが対応に出る。旦那様は少し声を落として話し始めた。

「毎年恒例のクリシュナ様主催のパーティに、夫婦名指しで招待状が届いた。エレンを連れて行かないわけにはいかない。社交場には出なくていいという基本契約だが、追加料金を支払えば参加してくれる。金額の交渉を頼む。それと、恥をかかない程度にマナーがあるかと、ダンスがどれくらい踊れるか確認して欲しい」

 フランツはいくらくらいまでなら出す気があるかを、旦那様に確認した。怪しまれない程度にほぼ満額を支払うつもりでエレンと交渉に入る。

「素敵な臨時収入だわ」とエレンは悪い顔を隠しもせずに微笑んだ。


 エレンは、ここ最近のフランツとマーサの更なる変化に気が付いていた。二人があまりにも甘いのだ。わざわざソールズベリーから品物を買い取ったりしている。料理長も痩せた土地でも育つ作物や寒冷地に向いた作物をさり気なく教えてくれたりする。

 色々と隠していることも、信頼して話をしてもいいのではないかとグレンと話をしているが、まだ時期が早いかと思いとどまった。


 それからは、準備に追われてあっという間に時間が過ぎていった。無駄だと思う毎日のエステ。全身エステは頑なに拒否して、手と顔とデコルテのみにしてもらった。今回のパーティーのためにドレスを作ることになり、採寸をした。デザインでマーサとミリムが揉めた。

 マーサは可愛らしいデザインを推すが、ミリムは大人っぽいデザインを推す。ミリムが言うには私は化粧映えして、大人っぽくなるのだという。ちょっとぼんやりした、地味顔なのでそれは無理だと思うのだが、あまりフリフリしているものは好まないので、大人っぽい装飾が少ないデザインに一票。

 こちらの事情でマーサ推しのスカートが広がるデザインに落ち着いた。マーサを気遣ったと言うより、単に護身用の剣をスカートの中に仕込めるようにするためである。


 マナーの復習に、ダンスレッスン。マナーは幼少期から習っていたので問題なく身につけていたが、王宮パーティ特有のマナーがあるそうで、それをみっちり教え込まれる。ダンスレッスンは、ステップは問題ないが、私はリズム感が壊滅的で、先生に匙を投げられた経験がある。いくら無理だと説得しても、フランツは諦めなかった。ギリギリまでダンスレッスンをすることになった。

 ハミルトンと関りのある他の招待客の身分、名前、家族構成の確認…。もっと追加料金を吹っ掛けておけば良かったと思う。


 ただ、エレンは主催者のクリシュナに興味があった。この国では女性の扱いが微妙に低い。戦乱の時代には能力のある女性も一緒に戦場へ出ていたのだが、身体能力では男性に劣る。そのせいか、女性は男性が庇護する対象となってしまっていて、女性が働いたりするのは男性の能力が劣っているからだと思われてしまう。

 そのせいで、女性は基本働かない。働くことで旦那様の評判を落とすことになってしまうからだ。その考えが平民にも浸透していて、働いている女性の旦那様は何とかしようと必死になっている。例え女性が男性と同じように働いていても、出世は男性優先で、基本出世は見込めないし、就ける職業も非常に限られている。男性が稼いで女性を養うのが当然と言う風習の中で、女性は家督を継げず、建国以来女王もいるにはいたのだが、公然の秘密とされている。


 騎士団に所属していなくても、有能と認められたものに、騎士団に近い給金が支払われる地方騎士制度があるが、女性は条件を満たしても登録できない。など、挙げればキリがないほど女性には制約がある。

 但し、悪いことばかりではなく、良いこともあった。離婚だけは自由にできる。戦乱が起こる前は結婚後の離婚は全面的に禁止されていて、戦地で旦那が亡くなっても離婚ができなかったのだ。幼い子供を抱えて誰の庇護下にも入れないのはおかしい、女性を養えない男性と結婚生活を送り続けるのもおかしいと、法律が変わったのだ。


 クリシュナは女性の制約に切り込もうとしていたらしく、優秀だった先代国王に次期国王に推されていると聞く。そのせいで今、王宮は権力争いの真っ只中にある。エレンはクリシュナがどういう人物なのか知りたいと思っていた。

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