第3話 契約その2 本邸は自由に使っていい
エレンはミリムに二階の部屋へと案内された。グレンがエレンの荷物も持って二人の後をついてきている。客間に主寝室、クローゼットには衣装や宝飾品がぎっしり、他の部屋へと続く扉。どれも豪華な部屋を一通り案内された。
「これからよろしくね、ミリム」
親しみやすい笑顔で話しかけたつもりだが、微妙な表情で返された。
「あの、グレン様はいかがいたしましょう。表向きは新しく雇った従者とお伺いしていますが……」
グレンは普通に荷物を置いて、案内された部屋をきょろきょろと確認している。
「それでいいわよ。基本的には一緒に行動するつもりだから」
その返事に、困ったようにミリムが続ける。
「グレン様のお部屋は……」
なるほど、これは聞きにくい。いくら愛人でも、旦那様の部屋をグレンに使わせる訳にはいかない。オブラートに包まれ過ぎて、質問の真意がわからなかった。
「一応本邸は好きにしていいと言われているのだけれど、私はどこまで部屋を使ってもいいのかしら」
「どの部屋もご自由に、と旦那様からお伺いしておりますが、旦那様のお部屋は避けた方がよろしいかと思います」
「お客様がお見えになったときのことを考えると、まずいわよね。当たり障りがなくて、私の部屋と繋がっているところはあるかしら?」
ミリムは少し考えて、他に比べると質素だが清潔に整えられた部屋を教えてくれた。主寝室に比べると小さいが、ソールズベリーより立派なベッドもある。
「じゃあ、グレンはここね」
グレンも頷いた。グレンの荷物はかばん一つ。エレンの荷物もかばん一つ。グレンは早速新しい自分の部屋に荷物を運び込んだ。
ミリムが退室すると、落ち着かないまでも二人でまずは部屋の豪華さを見学することにした。
うちの家族全員が眠れちゃいそうな天蓋付きベッドに、ふかふかの絨毯。家具は重厚な高級品が鎮座し、カーテンも高級な布をこれでもかと使用した手の込んだ刺繍付き。高級感が溢れすぎてエレンの趣味ではないが、凄くお金がかかっていることはわかる。
「こんな豪華な部屋に泊まれるとは思わなかったわ~」
「泊まるんじゃないよ、エレン。住むんだ」グレンが突っ込んだ。
「まだ、実感がわかないわ~」
モフモフそうなベッドにダイブする。
「服がしわになるよ!」
今着ている服は、ウエディングドレスと一緒に旦那様に用意してもらった高級品だ。
「何これ最高か!! グレンもしてみ?」
グレンを無視して言った。一瞬躊躇ったが、グレンも誘惑に負けた。
「モフモフ……」
うっとりしている。
「はぁ~。僕までこんなことに巻き込まれるとは……」
「悪かったわね。ついでにここで色々勉強させてもらいなさいよ。いずれは領地に戻って、お兄様の執事とかしなきゃいけないんだから」
「いえ、私は皆様にエレン様のことを頼まれていますので……」
急にグレンが真面目な口調で言った。
「何言ってんの、いつまでもここにいられるわけじゃないんだから」
グレンは困った顔をした。
「あの伯爵、考えが甘いのよね。お陰で随分いい条件を引き出せたけど、それほど長くはここにいられないと思う。その間に、思い切り利用しましょう」
早めの夕食は、とても豪華だった。食事の後に、従者に集まってもらった。グレンは食べ過ぎて動くのも億劫になっているが、きちんとエレンの隣に立った。
「忙しいのに集まってもらって申し訳ないけれど、少しお話をしたいと思ったの」
エレンは集まった従者を前に話し出した。どうやら出迎えに現れた全員が揃っている。視線の多さにグレンは誰を見ればいいのか戸惑っている様子だ。
「皆様ご存知の通り、私は旦那様と今日結婚しました。旦那様に愛する人がいることも知っているし、充分にお金も頂きましたから、その点に不満もありません。旦那様と交わした契約通りに表向きだけ妻になります。気を遣って頂かなくても大丈夫です。お役目の時以外は自由にしていいと言われておりますので、こちらでの生活を楽しみたいと思っています」
従者達は表情を変えることなく聞いている。その点については知っていたようだ。
「旦那様が何故か、領地から男性従者を連れてくるのに反対されたので、愛人として連れてきた彼、グレンは幼馴染みで姉弟のように育ってきました。旦那様の前では愛人のように扱って頂いてかまいませんが、普段は同じ従者として接して頂きたいです。また、彼に仕事を教えて頂きたいと思っております」
全員の視線がグレンに集まり、グレンは堅いながらも一礼をした。
「皆さんとは親しくしたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします」
エレンは最後にそう言って、笑顔で頭を下げた。
エレンはグレンと一緒に部屋に戻った。湯浴みの用意をしてくれていたので、エレンはありがたく入ることにした。用意されていた浴槽は一つ。
グレンは慣れた仕草でお湯をたっぷり入れた湯桶を抱えて自室へ戻った。エレンが寝室に戻ると、グレンは天蓋付きベッドに腰掛けて待っていた。
「疲れたわ……。顔面の筋肉が崩壊しそう」
「今日はもう寝る?」
「いいえ。ストレス発散につきあって貰うわ」
「僕にも腹ごなしの運動が必要みたいだ」
「でしょうね。浮かれて食べ過ぎよ。早く着いていた分、周辺の散策は終わってるよね?」
「それは、まぁ。いいところは見つけておいたよ」
「行きましょう」
グレンの鞄から愛用の剣を二本取り出して、部屋の窓から二人は暗闇の中へ出ていった。
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