第2話 契約その1 愛人を作ってもいい
エレンが豪華な馬車に揺られて思うことは、これだけの距離なら一人で馬に乗った方がずっと早いという事実。それだけだった。
婚約から結婚式までを怒濤の勢いで終えて、初めてハミルトン邸へ向かっている途中である。道端にはソールズベリーでは見かけないような、春の花が咲き乱れている。
結婚の事実だけが必要な式は、とても簡素なものだった。お互いの両親も出席していない、二人だけのもの。
ハミルトンの名に恥じないよう、用意されていたドレスとアクセサリーだけは豪華だった。
エレンはソールズベリーから直接式場に到着し、ヘアメイクを整えることもなく、式に臨んだ。
すっぴんだったし、馬車での長旅でカリーナが丁寧に結ってくれた髪も乱れていたが、ヴェールに隠れて見えないからと、そのままにした。
向かい合うように座っている旦那様は、オズワルド・ハミルトン。
いかにもモテそうな甘くて優しい童話の王子様のような外見だが、エレンの好みではなかった。
第七騎士団の副隊長を務め、領地は南の豊かな地。独身女性にとって、優良物件なのは間違いない。
外では愛する妻との結婚を喜んでいる優しい夫を演じていたが、今は完全な無表情でゆっくりと流れていく景色を見つめている。馬車に乗り込んでから会話はない。エレンから話しかけることもしなかった。お互いに相手に興味が無かったのだと思う。
高級な馬車は静かに止まった。立派な門が厳かに開かれ、馬車は綺麗に整えられた庭を抜けていく。
しばらく走ってお屋敷に到着した。お屋敷の前には王都の入り口で別れたグレンが静かに待っていた。
ソールズベリーから男を従者として連れて行くことに旦那様が難色を示したので、エレンの愛人だと言って連れてきた。
自分に本命がいるのに、私の愛人は認めないのかと詰め寄ったら認められた。グレンは王都の入り口から直接徒歩で屋敷へ来ていた。
元々は一人でハミルトンへ行くと言っていたのだが、家族がこのような結婚を持ちかけるような男の元に嫁がせたくないと猛反対。特にカリーナの説得に一番苦労した。
けれど、今のままでは領地の運営がままならず破産寸前なことも、今年の冬を領民が無事に越せるかあやしいことも全員が分かっていた。結局グレンを連れて行くことでお互いに妥協した。
今日からしばらく、ここが二人の我が家となる。主を出迎えに現れた執事は、旦那様より少し年上そうな人物だった。
彼が扉を開けると、大勢の従者達がエントランスホールで出迎えのために整列していた。
「「おかえりなさいませ」」
一糸乱れぬ礼をされて、私とグレンは思わず後ずさった。人数の多さと、行き届いた教育に圧倒される。
旦那様は執事のフランツと侍女長のマーサ、私付きの侍女となるミリムを紹介すると、別れの挨拶もなく、さっさと別邸へ帰っていった。あまりの早さにその場にいる全員があっけに取られた。
「……奥様、お食事はどうされますか」
いち早く回復したフランツがエレンに尋ねた。
「そ、そうね……。グレン、お腹空いてるよね?」
返事がないので袖を引っ張ってみたが、頭が追い付かないらしい。
「……二人分お願いするわ」
***
オズワルドは別邸へと急いだ。愛する人が待っている。今日は一日朝から忙しく、一緒にいる時間が取れなかった。
今からたっぷりと彼女のために時間を費やすことができる。望まない結婚式をあげ、疑われないようにこやかに過ごすのにとても疲れた。それも、彼女に会えば吹き飛ぶだろう。
結婚することを理由に、二ヶ月ほど休暇を取っている。一日ゆっくりしたら、実際に旅行へ行くつもりだ。彼女は喜んでくれるだろうか。ああ、早く会いたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます