契約結婚……!? 喜んでぇ!!

相澤

第1話 貧乏領主の娘、契約結婚に応じる

 戦乱に明け暮れた時代、北方の領地ソールズベリーは防衛で常に潤っていた。

 強ければ何不自由なく生活ができるので、気付けば領主も集まる領民も脳筋だらけになっていた。もちろん脳筋といえども戦略には長けていた。そこ重要。


 しかし敵対していた北方と和平条約が結ばれ、貿易が盛んとなった今では防衛では潤わない。

 北方と王都を結ぶ街道沿いの領地としてうまくやっていればあるいはと思わなくもないが、戦闘に特化した脳でそれは思い浮かばず、伯爵領とは名ばかりの貧乏領地となっていた。

 かつては北の狼と言われて栄えていた領地は見る影もなく、領主の館でさえ長年の放置で荒れ放題となっている。領主一家は細々と商人の護衛などをして暮らしていた。


 そんな貧乏領地に、南に広がる豊かな領地を預かる伯爵が訪ねてくることになった。

 末娘エレンに内々に婚約の打診があったのだ。同程度の領地の広さであっても、貧富の差は歴然。

 婚約を打診された理由はわからないが、良縁であれば喜ばしい限りなので、とりあえず会うという選択肢しかなかった。家族とわずかな従者総出で屋敷の体裁を整えることになった。


「お父さん! お兄ちゃんたちが開けた外壁の穴が入り口から見えるって!」


「どっかから木を引っこ抜いてきて埋めろ。いいか、細いのは仕方が無いが、ちゃんと葉っぱがあるのを選ぶんだぞ!」


「はーい!」


「父さん! 絨毯の擦りきれは諦めても、中央にあるシミが目立ち過ぎるよ!」


「倉庫に花瓶があったはずだ! シミの大きさに合わせてエルハルトに台でも作らせろ! 布でもかけりゃ見えないだろ!」


「布なんかないよ!」


「どっかの部屋からカーテン取ってこい!」


「貴方! 花なんて用意できないわよ!」


「当日どっかから摘んでくる!」


「道の雑草燃やしてきたぞー」


「エルハルト! 台を作ってくれ!」


「木材なんかあったか?」


「布で隠すから、この花瓶が乗りゃ何でもいい」


 結局、領館へ続くでこぼこの道は雑草が無くなっただけ、屋敷の外壁部分に不自然な程密集した木、エントランスホールの絨毯は使い込まれ過ぎて擦りきれているし、不自然な場所に花瓶より遥かに大きな台が鎮座している状況になった。


「……無理だな」

と次兄エルハルト。


「限界だな……」

と長兄エリオット。


「良く頑張ったよ、お父さん」

最後に父を慰めたのは、エレンだった。


「エレンちゃんの服は頑張ったわよ~」


 長兄エリオットの嫁、カリーナが朗らかにドレスを掲げながら言った。カリーナが独身時代に着ていたドレスを手直ししてくれていたのだ。


「流石だよ! カリーナ!」


 夫であるエリオットが感激して抱きしめている姿は微笑ましいが。


 カリーナは可愛いものが大好きで、本人も可愛い顔をしている。

 色こそ水色だけれど、淡いパステルカラーでヒラヒラフリフリレースにリボンのドレスが、エレンには似合わないことに長兄夫婦以外は直ぐに気が付いた。

 屋敷の体裁を整えるのに必死だった父が、膝から崩れ落ちたのは言うまでも無い。カリーナに一任した時点で間違いだったのだ。


***


 到着した豪華な馬車の窓にはカーテンが下ろされていて、中の様子はわからない。扉が開き優雅な仕草で青年が馬車から降りた。御者や護衛も含めて身につけているものが、一目見ただけでかなり上質なものだとわかる。

 出迎えに出た領主の一張羅が霞んで見える。青年は視線を外すことなく真っすぐにソールズベリー卿だけを見て、にこやかにこちらへ向かってくる。


「これだったら、何も整えなくても良かったかもね」


「しっ、静かに。エレン」


「お久しぶりです、ソールズベリー卿。この度は、急な訪問をお許し下さってありがとうございます」


 蕩けるような笑顔で挨拶を交わし、青年は応接室へと吸い込まれていった。

 けれど出迎えに出た全員が、エレンが名を名乗った時の反応を見逃さなかった。エレンを見たことも無いのに婚約を打診して来た可能性が高い。


***

 

「エレン様、旦那様がお呼びです」


 数少ない従者の一人が、別室で待機しているエレンを呼びに来た。

 同じ部屋にいたエリオット、エルハルトは厳しい表情を浮かべている。誰かも知らずに婚約を打診してくるなんて、碌でもない奴に決まっていると、さっきまで二人で騒いでいたのだ。


「ありがとう」


 飲みかけの白湯を置いて、エレンは応接室へと移動した。


 青年のキラキラ光線はみすぼらしい応接室では浮いていた。

 青年が二人で話をしたいと言うので、父には渋々退室してもらったが、部屋には侍女に扮したカリーナ(長兄の嫁)が私の分の紅茶を用意している。貧乏なのでこの屋敷に侍女はいない。


「それで、お話とは?」


 キラキラ青年はカリーナを気にしつつも、姿勢を正して話し始めた。


「私の表向きだけの妻役をお願いしたい。もし応じて頂けるなら、そちらが出す条件は可能な限り実現できるよう手配させて頂きます」


 青年は爽やかな顔には似合わない事を口にした。カリーナが驚いて目を見開いている。


 一応理由を尋ねると、結婚したい女性がいるが周囲に許しがもらえず、引き裂かれようとしていること。毎日のようにお見合い話が舞い込んできて、それに対処するのが面倒で仕方がないこと。

 なので、形だけでも妻を娶って周囲を納得させたいのだと言われた。

 こちらの領地の財政状況は把握していて、借金は契約金代わりに全て肩代わりすることや、経済支援をするなどの条件についても話し出した。


 エレンが無表情のまま話を聞くので、何か興味を示すような条件を提示しようと青年は話し続けている。

 後ろに控えているカリーナの顔がどんどん怖くなっているのに、青年は気が付いていない。鈍感だ。視線で人を殺せるなら、この青年は既に何回か殺されているだろう。

 エレンは話を聞きながら、優雅に紅茶を飲み続けた。久し振りの紅茶が美味しい。青年は思い付く限りの話をしたが、エレンの反応が最後まで読めず、何の手応えもないまま話を終えるしかなかった。


「いいでしょう。細かい契約内容をつめましょう。新しい紅茶をお願い」


 さりげなくカリーナを追い出すと、凄い形相で睨んできた。おぉ、怖い。

 何も気付いていない青年は、エレンに初めて本気の笑顔を向けた。青年は騎士団に所属しているはずなのに、鈍すぎる。副隊長の地位はお金で手に入れたのかなとエレンは思った。


 カリーナによって熱すぎる紅茶が用意されて、油断していた青年が火傷をしたのはまぁ、仕方が無いことだったと思う。エレンは気が付いていたので、カップを手に取ることはしなかった。


 その後、家族の大反対を押し切り、エレンは青年の妻となった。

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