創造協奏曲アートフェスタ

天神シズク

ペンは剣より強し

 『ペンは剣より強し』


 この言葉を知っているだろうか?


 「独立した報道機関などの思考・言論・著述・情報の伝達は、直接的な暴力よりも人々に影響力がある」ということを換喩した格言のことだ。


 え? そうだ。インターネットという大海からサルベージしてきた文字の羅列られつだ。ほら、正直に言ったのだから、その怪訝けげんそうな顔はやめておくれ。

 さて、本題に入ろう。ここは『匠野たくみの美術大学』。生徒数は約5000人という美術大学ではそこそこの規模だ。毎年11月に行われる芸術祭。いわゆる学園祭だが、去年の来場者数は約4万人。地元ではちょっとした有名イベントの1つだ。この芸術祭である『アートフェスタ』の中には多岐に渡るイベントがあるが、その中でも人気があるのが『PvSピーブイエス』。メインステージで行われる、芸術家同士の戦いだ。少し覗いてみよう。


 …


「さぁ! 今年も始まりました! ピィ! ブイ! ……」

「「「エーーース!!」」」

「おぉ! ありがとう! みんな!」


 司会者のジェスチャーに観客が大声で応える。この盛り上がりを見れば、どれほど人気なイベントなのかがわかるだろう。


「さてさて。この『PvS』が初めてだって人も少なくないだろう。このイベントは『Pen vs Sword』の略。その名の通り『ペン』と『剣』で戦うイベントだ。……とは言っても、殴り合いの戦いじゃない。ここはどこだ? そうだ。美術大学。だから芸術で勝負してもらう」


 司会者は身振り手振りしながら説明を続ける。


「ペンを使うペン派と刃物を使う剣派に分かれて、代表者がお題に沿った作品を作る。材料は紙だが、大きさは毎年変わる。そして制作時間は1時間。勝負の結果は会場のお客さんの投票で決まるのだ! え? もう時間が押してるって? じゃあ、今年の代表に登場してもらおうか!」


 大汗を袖で拭いながらイベントを進行していく。司会者は客席から見て、左側を指差した。


「まずはペン派だ! えーっと……。今年の代表は造形学部視覚伝達デザイン学科2年! 瀬叙原セジョハラア・ヤ・ヒ・ト!」


 大きな爆発音とともに、メガネをかけた小柄な青年が舞台袖からペコペコしながら出てきた。観客席からは『アヤヒトコール』が繰り返され、青年は苦笑いしながら応えた。


「やぁ、アヤヒトくん。……君は中学生のようだな」

「や、やめてくださいよ!」

「はっはっは! 冗談さ。さて、次は剣派の登場だ。去年、ここに来た人ならご存知だろう。2年連続の代表選出は極めて異例。『匠美たくび』が生んだアートモンスターこと、美術学部工芸学科3年。灼蒼院シャクソウインケンタロウだ!」


 会場には再び激しい爆発音が響いた。煙が立ち込める中、両手を上げながらツンツンの髪の毛をした青年が登場した。観客席からは野太い声援が響いていた。


「うぉラァ! 今年も行くぜ剣派のみんな!」


 灼蒼院は観客を煽っていく。


「今年も勢いがいいねぇ、ケンタロウ!」

「あったり前よ! この日のために生きてるようなもんだからなァ!」

「2人が揃ったところで、お互いに意気込みを聞いていこうか。それじゃ、ケンタロウの方から」


 司会者は灼蒼院にマイクを手渡す。


「あーあー……。2年連続で選ばれるのは珍しいことと聞いてます。その期待に応えられるように、全力でぶっ潰しにかかります! 剣はペンより強し! 応援よろしくお願いします!」


 灼蒼院は腕を上げ、再び観客を煽った。


「いいね、いいねぇ! それじゃ、次はアヤヒトくん」


 灼蒼院からマイクを受け取ると、そのまま瀬叙原へと渡した。


「ありがとうございます……。えー……。去年の『PvS』を見た上で言わせていただきます」


 瀬叙原はチラチラと灼蒼院を見ながら言い放った。


「今年はペン派が勝たせてもらいます! よろしくお願いします!」


 何回も大きく頭を下げると、司会者にマイクを渡した。


「おぉ! 見た目とは裏腹に闘志に満ち満ちたコメントだ! 両者、勝負が始まる前からバチバチだ!」


 灼蒼院は明らかに瀬叙原を威嚇している。


「それじゃ、今年の紙の大きさとお題はこれだ!!」


 会場にある巨大モニターを指差した。


 『お題は虎と龍』

 『紙の大きさはA1サイズ』


 代表の2人は無表情でモニターを見ていた。


「これは割とシンプルなお題! さて、早速2人は制作に入ってもらおうと思います! 作業場所は例年通り、このステージの両端に設置してある部屋になります!」


 芸術祭実行委員が2人を部屋に案内する。部屋にはA1サイズの紙と作業台のみが用意されていた。モニターには部屋の様子が映し出されていた。瀬叙原は胸に手を当てながら、灼蒼院は腕組みをしたまま合図を待っていた。


「それでは……PvS! 制作開始だァ!!」


 2人は合図と同時に動き出した。迷いなく、A1サイズの紙に向かって手を加えていく。


「こちらには解説員としてKAMUIの名義でも活躍されている、神威カムイ教授に来ていただいています。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 司会者と神威教授は頭を下げながら挨拶を交わした。


「さて、今年のPvSですが、お題はどうですか?」

「はい。お題は例年と比べると想像しやすいモノなのではないでしょうか。PvSのルールとして、お題を聞いてから調べるといったことはできないので、代表者からしたら嬉しいお題ではないかなと思いますね」

「そうですか。確かにお題については事前に知ることもできないので、代表者の知識や教養が試される要素もありますよね」

「以前は『アンコールワット』や『けの明星みょうじょう』といった、そのモノ自体を知らないとなかなか連想できないお題もありましたね。まぁ、今挙げたのもまだまだ優しい部類ですがね」

「ははっ。自分は代表者になる勇気がないですよ。2人の道具についてはどうですか?」

「ルール上、3つの道具しか持ち込めないので、道具の選出も頭を悩ませる要素ですよね。ペン派の瀬叙原くんは筆ペン、HBの鉛筆、1mmのボールペンですね。色のある道具を入れようとすると、お題によってはその道具が死んでしまいますからね。思い切ってモノクロで勝負しようという感じでしょうか」

「ふむふむ。ケンタロウ……灼蒼院の方はどうですか?」

「灼蒼院くんはデザインナイフ、ハサミ……だけしかみえませんね。2つで充分ということの現れでしょうか」

「えーっと……。事前に申請していた道具の情報を見ますと……」


 司会者は手元の資料を確認すると、口元が緩んだ。


「……おにぎり」

「え……?」

「3つ目の道具はおにぎりです」

「それは……なんのためですかね?」

「たぶん、単純に腹ごしらえのためですね。アイツのことなんで……」


 モニターにはおにぎりを頬張ほおばりながら作業を続ける灼蒼院の姿がでかでかと映し出されていた。


「面白い奴だ。去年の勝利の立役者として、ハンデキャップを与えたつもりですかね」

「いや、おそらく何も考えてないですね……」


 神威教授は流石に苦笑いをしていた。


「……気を取り直しまして、紙のサイズはどうでしょうか? A1サイズってなかなか見ない大きさじゃないでしょうか」

「はい。A1サイズは594×841mm。授業なんかでもよく使われるのがA4サイズで210×297mmなので、2倍以上の大きさになりますね。剣派の方がより作りやすいかもしれないですね」

「A4の2倍以上……! やはり大きいですね! 紙が大きいとバランスや構図が難しいですよね」

「そうですね。しかも1時間なので、頭の中で構図を練っている時間もないので、ここは経験がモノを言いますね」

「ですね! ……っと、そうやって言っている間にも、作品はどんどんと輪郭りんかくを見せていきます!」


 2人は躊躇ちゅうちょなく紙に手を加えていく。


 描く。

 切る。


 彼らの繊細かつ大胆な作業は観客の目を釘付けにさせていた。そして、あっという間に1時間が経った。作品は芸術祭の期間中に目立つ場所に置かれ、芸術祭の来場者によって投票が行われた。


 時は過ぎ。芸術祭、最終日。メインステージにて。


「みなさまお久しぶりです! この3日間、楽しんでいただけたでしょうか? うんうん、楽しんでもらえたようでなによりです。今からここで発表されるのは『PvS』の投票結果です。瀬叙原アヤヒト作の『明鏡止水』か、灼蒼院ケンタロウ作の『ドラゴン・アンド・タイガー』か。その結果は……」


 会場が息を呑んだ。一瞬にして会場は静まり返った。


 ……あれ……。動かねぇぞ……。なんだよ、この重要な場面で……!!


「おぉーい、なにやってんだ?」


 うわっ! ケンタロウ。きゅ、急に入ってくるなよな。


「何してんだ、それ。カメラなんて持って。って、それ前の『PvS』のやつか。懐かしいな」


 いいから、どっか行ってくれ。


「そんなんいいから、飯でも行こうぜ。今日の学食はスペシャルコロッケ定食だぞ」


 え!? マジで!?


「ケンタロウさん、ユースケさん。おはようございます」

「おう、アヤヒトおはよう。お前も飯行くか?」

「あ、ご一緒させてもらいます」

「そしたら、さっさと行くか。もうすぐで2限が終わる時間だ。早くしないと売り切れちまう」


 2人とも先に行っててくれ。……よし、行ったな。


 以上が『匠美』の魅力の1つである芸術祭『アートフェスタ』の一部です。これを見たら、来年は行きたくなるでしょう。それでは、ご視聴ありがとうございました。


 …


 「よしっ。これで俺の映像作品はひとまず完成だ。あとで編集しなきゃな……。そんなことより、飯だ飯だ!!」


 ユースケは部屋を飛び出した。部屋にはカメラだけが残されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

創造協奏曲アートフェスタ 天神シズク @shizuku_amagami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ