世界でたった1人の小説家

池田蕉陽

これは宝の物語である


 あれからもう百年が過ぎた。世界にたった一人取り残された少年、たから。これは死神から与えられた宝の選択の結果だった。


 百年前、宝は死神にこんな二択を迫られた。


 選択肢1『宝の手で家族全員を刺殺すること。その後、骨だけを残して家族全員を食すこと。ただし、このことは宝が口外しない限り人にバレないとする』


 選択肢2『宝以外の生命が地球上から消滅し、かつ宝だけは不老不死の力を手に入れる。ただしこれから先、生命は誕生しないものとする』


 あの時、まだ十六歳だった宝は選択肢2を躊躇い無く選んだ。家族を自分の手で殺すことなんて考えられないし、ましてや食べるなんて不可能だった。明らかに倫理に反した選択肢を死神は与えたのだ。


 しかし、宝は後悔していた。選択肢1を選ぶべきだったと。


 最初は不老不死も悪くないと思った。一人だけの世界を満喫しよう。宝だけの世界を築きあげていこうとも考えた。


 だが、そんな夢は一ヶ月経たずで吹っ飛んだ。


 まさか孤独がこんなにも辛いなんて思いもしなかった。だからといって、自ら命を絶つことも出来ない。不老不死を条件にこの狂った世界を生き続けねばならないのだ。もはやそれは、生きてると言えないかもしれないが。


 そんな孤独の辛さを紛らわすためには娯楽が必要だった。


 とはいっても、実際この世界では電気が流れていないのでゲームも出来ないし、映画も見れないし、スマートフォンも使えない。腹も空かないので食事を楽しむことも出来ない。


 残された娯楽といえば、かつてこうなる前の世界の人達が残した漫画、小説などの物語だけだった。


 世界が生きている時、宝は漫画や小説といったものには無縁だった。文字を読むのが嫌いだったからだ。ゲームしかしてこなかった男の子だった。


 だが、こうなった以上文句を吐いてられない。嫌でも暇をなくしたかった。というよりかは、世界に抗うようにそれらに没頭した。


 そして百年。宝は百年してそれら全てを読み終えた。実際宝は何年経っているのか分からない。日付を確かめる術がないからだ。その必要もないが。


 宝が世界に残された漫画と小説を堪能し切った感想はこうだった。


 作品一つ一つに違う世界が存在していて、その中に魅力的なキャラクターがいる。その上で物語が進んでいく訳だが、その有り様はとても素敵に思えた。そう考えれば、あの時の世界も物語といえたかもしれない。


 そんな思いを抱いたが、これらは宝が今のような境遇に立たされたからこそのものだった。あの頃の宝が漫画や小説を読んでも同じ思考には辿り着かなかっただろう。きっと『おもしろい』の一言で終わっていたに違いない。


 そして、このような世界にならなければ宝も物語という素晴らしいものに出逢うことはなかった。そういった意味では死神に感謝しているかもしれない。


 さらに宝が一つの目標を完遂してからというものの、彼の中で一つ不思議な現象が起きていた。


 孤独をあまり感じないのだ。少なくとも辛いといった感情はどこかに消えてしまった。頭がおかしくなったのではとも思ったが、どうやらそうでもないみたいだった。


 漫画や小説を読むことで物事を楽観的に捉えることが可能になったのか、宝はそう思っていた。


 かといって暇が消えるわけではない。百年経った今、新たな目標に取り掛かろうとしている。それは漫画や小説を読んでいる時に思いついたことだった。



 小説を書こう――



 漫画も考えたが、宝は昔から絵心が皆無だった。絵の練習をしようともならなかった。小説なら書けるかもしれないと思ったのだ。


 早速、宝は紙とペンを用意した。それだけあれば小説は書けた。


 椅子に座り、机を前にする。原稿用紙を手に添え右手でペンを握る。


 どういった物語にするかは、既に宝の頭の中にあった。


 タイトルは『終わりの世界で』。主人公は宝。舞台はこの世界。唯一現実と違うのは、もう一人登場人物がいることだ。


 朝比奈あさひな こころ。こうなる前、宝が片思いしていた相手だった。結局告白も出来ぬまま世界の終わりを迎えてしまった。それが少し心残りでもある。


 それから宝は頭の中で『終わりの世界で』のあらすじを浮かべていく。



 あらすじ――



 死神から与えられた選択肢によって、僕は世界に一人取り残された。死神の条件通りに、不老不死の僕は孤独の日々を耐え過ごす。そう思っていたのに、僕の前に一人の少女が現れた。その人はかつて僕が密かに恋心を抱いていた相手、朝比奈 心だった。しかし彼女は記憶喪失になっていて僕のことを忘れていた。何故、死神が現れたのか、何故その死神の選択肢の内容と違う出来事が起きてしまったのか、何故彼女は記憶を失っているのか。これは終わりの世界の物語。



 そして僕と彼女の物語でもある。












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世界でたった1人の小説家 池田蕉陽 @haruya5370

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