僕の青春

戸松秋茄子

本編

 紙とペンがなくてははじまらない。


 うちにはパソコンもケータイもない。小説を書こうと思ったら紙とペンを用意するしかないのだ。


 そりゃあ、不便に感じるときもある。キーボードで入力するのに比べて、実際に字を書く方が時間がかかるし、僕は字が小さいから後で読み返したとき、読み取れないことも多い。コピーアンドペーストだって、パソコンなら一瞬だろうけど、紙に書く場合、場所を指定して矢印を書き入れなきゃならない。つまり、何にしても時間がかかる。そのことはパソコンで小説を書いてる人の話を聞くと、よくわかる。


 尤も、パソコンやケータイより便利なこともある。たとえば、学校の授業中、板書のふりをして堂々と書けるのは紙とペンの方だ。パソコンやケータイじゃこうはいかない。没収されて終わりだ。貴重な執筆時間を確保するにあたって、これは重要なことだ。


 だから、というわけじゃないけど、僕は紙とペンで小説を書くのが好きだ。ペンが紙の上を走る音を聞くのが好きだ。ノートにびっしりと詰まった字を読むともなしに見返すのが好きだ。ノートに書きなぐった字を一字一字清書していく時間が好きだ。誰にも読まれることがない小説を、一人読み返すのが好きだ。


 そう、僕は小説を書いても誰にも見せない。見せる相手がいないのだ。高校に入学して半年が経つが、いまだに友達の一人もいない。学校に文芸部はあるが、僕は入部していない。公募の新人賞にも出したことがない。僕はただ、自分のためだけに小説を書いている。


 ネット上には小説を発表するためのサイトがあることは僕でも知っている。しかし、パソコンやケータイを持たない僕に、そこに投稿する術はない。ネット喫茶の会員カードくらいは持っているが、そもそも小説のデータがないのではどうしようもない。一字一句パソコンに打ち直していたのでは時間がかかるし、いくら料金を取られるかわかったものじゃない。


 だから僕は、一人孤独に小説を書く。誰にも読まれることがない小説を書く。もしかしたら、それはとても不毛なことなのかもしれない。もっと有意義な青春の過ごし方があるのかもしれない。しかし、僕は、それでも小説を書くことにこだわりたいと思う。なぜなら、僕は小説を書くのが好きだからだ。たとえ、誰にも読まれることがないとしても、自分が書いた物語を愛しているからだ。その気持ちが消えないかぎり、僕は小説を書き続けるだろう。それは他の誰にも奪えない、僕だけの青春だ。


   ※※※ ※※※


 以上の文章は、僕が高校生のときに書いたものだ。あれから数年後、高校を卒業した僕はノートパソコンを手に入れた。それ以来、僕はパソコンで小説を書いている。パソコンで小説を書いて、ネットで発表している。投稿する度に、どきどきしながら反応を待つ。感想がついたときは小躍りしたくなるほどうれしくなる。


 あのころ、小説を書き溜めていたノートはいまでも手元にある。緑の表紙のキャンパスノート。一行をさらに二分割して書いているので、字が詰まっていて読みづらく、何と書いているのか判読できない部分も少なくない。それでも、行間からはあの頃の勢いとエネルギーが伝わってくる。誰にも読まれることがなかった物語ならではの屈託と、渇望を感じ取ることができる。それは僕にとって何物にも代えがたい財産だ。僕の字書き人生の原点として、きっといつまでも手元に置いておくことだろう。あのころの僕なくして、いまの僕はあり得ないのだから。


   ※※※ ※※※


 なお、以上の文章はすべてフィクションである。実在の個人、団体とは一切関係ないのであしからず。

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