焼きそばパンは誰の手に

テンガ・オカモト

焼きそばパンは誰の手に

昼休み、飢えた学生たちが食堂に群がる。

学食というのは、謂わば憩いの場でもあり、談笑の場でもあり、金の無い学生への救いの場でもある。食欲旺盛な者たちの胃袋を掴んで離さない魅力がある。


とりわけ、人気メニューである焼きそばパンは、ふんわりとしたパン生地に熱々の焼きそばを挟み込み、パンチの効いたソースの風味に紅生姜のアクセントが効いていて、プロ顔負けの味だと専らの評判だ。


故に毎回、全学年どころか教師すら入り乱れての争奪戦になる。先輩、後輩、指導者、生徒、それぞれの立場は一切の意味を成さない。欲しければ己の力で掴み取る、そんな強い意志がなければ、有象無象を掻き分けてパンを掴むことなぞ不可能である。


「……」


ここに沈黙を保ったまま、1つの焼きそばパンを囲む3人の学生がいる。全員、性別は男。ガタイの良い坊主頭、背の小さなメガネの出っ歯、そして社会の窓を全開にした七三分けだ。


「三等分、という案もあるが、どう思う」


坊主頭が重い口を開いて言った。


「馬鹿言え、それじゃ昨日丸ごと1つ食べたお前が得をするだけだろ」


七三分けがイチャモンをつける。相変わらず股間の風通しは良いままだ。


「ならば答えは1つ。いつも通り、ゲームで決めようじゃないか」


メガネをくいっ、と上げて出っ歯が言った。

「よっしゃあ」「そうこなくちゃな」と、まるでその一言を待っていたかのような2人。


「今回は2つのアイテムを用意したよ」


がさごそ。メガネが鞄から取り出したのは、ルーズリーフの束と、いくつかのペン。


「何の変哲もないペンと紙だな…これでどうする?」


ぺらぺらと紙を靡かせる坊主頭。


「まぁそうがっつかないで。まずはこの紙とペンを使って、好きな絵を1つ描いてもらう」


「何、お絵描きで競うのか?だが、肝心の審査員がいないんだが……」


「安心してくれ、絵の出来栄えは関係ない。そして、審査員は他の2人がやる」


「何だと、それでは幾らでも嘘をつけるじゃないか。勝負が成立しない」


ばん、と長机を叩く坊主頭を手で制したのは、七三分け。股間から星のマークがついた青色ブリーフがチラ見えしている。


「忘れたのかよ。俺たちの勝負は、常に相手を納得させたやつの勝ちだったじゃないか。魂が負けを認めちまったら、ここに取り繕える奴はいるまいよ」


澄み切った瞳で七三分けが言う。実に清々しさを感じる発言だが、未だチャックは全開のままなので少しも締まらない。


「むぅ……すまん。俺としたことが」


「気にするな。それより絵を描けばいいんだったな。出来た後はどうする?」


「伏せたまま、隣の席に回す。合図とともに開帳さ。制限時間は5分といこうか」


「ほーう。まだ勝負の内容は隠す訳ね、面白い。さっさと描き始めようぜ」


3人は、思いのままに絵を描く。規定の5分はあっという間に過ぎ、取り決め通り隣の席へと回す。


「さて、肝心のゲームについてだけど……」


「ふん、ようやくか」


「ずばり、書いてある絵のモノマネさ。シンプルだろう?」


ガタッ。椅子を引く音が2つ。1つは驚愕のあまり苦肉の表情を浮かべるテカテカ坊主、もう1つは口角を吊り上げ、今にも笑いそうなのを堪えている七三分けによるものだ。


「くっ、貴様ァ!俺の苦手分野を……」


「君は昨日丸ごと食べているからね、これくらいのハンデは上等だと思うよ」


「あーっはっは、マジかよ出っ歯!俺がどんな絵を描いたか知ったら後悔するぜ。先に言っておく、お前の負けだ」


「それはどうかな?なんせ君がモノマネするのは坊主くんの書いた絵だ。これだけ言えば分かるだろう」


にやり。鼠のように主張の激しい前歯を押し出した笑みを浮かべるメガネ。


「なっ、おまえ……さてはこの席の配置、最初から狙って」


「楽しみだよ。君の七三分けがボサボサに乱れる様をじっくり見られそうだ」


「せこい真似を……だが構わないさ。ぐうの音も出ないほど完璧なモノマネをしてやる」



***



「さて、一番手は僕から行こうかな」


言い出しっぺの法則だからね、と出っ歯メガネが前に出る。七三が自信を持って真似できないと断言した絵を見た後でも、その余裕は崩れない。


メガネ、大きく身体を反らすと、足を前後に開き、つま先を180度開きながら、頰に空気を溜め込んで、手を尻に添えて輪を描くようなポージングを取る。腕を組み考え込む坊主とは正反対に、天を仰ぐ七三。


「何てこった……イナバウアーをキメるリス、ここまで形にするとは恐れ入ったぜ」


「むむ、成る程……だがイナバウアーのポージングに比重を割きすぎた気もする。本人の顔がネズミ科とはいえ、どこまでリスが通じるのか、疑問が残るな」


次に出番が来たのはデカブツ坊主。気合いの入った形相、力強く一歩を踏み出すと


「あああぁい!!!」


右足を軸にして左足を30度の角度に浮かせたまま、歌舞伎の見得でよく見られるような、大きく手を構えるポーズ。

それ以上に目を引くのは、迫真の表情。目を見開いたまま、鼻の穴を限界まで広げ、顎を目一杯引いて、舌をペロリと出している。


「やるね……僕が描いた、30度の角度を付けた見得をするミナミゾウアザラシをここまで再現するなんて。感心したよ」


「確かにインパクトは相当なもんだ……。だが、ポージングが人間に寄り過ぎだな。もっとアザラシと分かるようにしなきゃ伝わらないぜ、そのための30度だろ。表情は完璧なだけに、勿体ないな」


そして最後は、永遠に閉まらない社会の窓を引っ提げた七三分けの番だ。


「随分と青ざめてるじゃないか……ギプアップするなら今のうちだよ」


「馬鹿言え、逃げる訳ないだろ。だが、こいつは相当難儀だぜ……」


今までも十分狂気に塗れていたというのに、それすら超越するお題が出たというのだろうか。


「おい、出っ歯。俺は今日だけ、自分を捨てる覚悟で行く。望み通り見せてやるよ、俺の七三分けの崩壊をなぁ!」


何を思ったのか、いきなり頭をがむしゃらに掻き毟ると、七三の黄金率を自ら解き放った。現れるは、美しき長髪。まるで大仏の螺髪らほつを解いたかのように姿を現した。


更に近くにあった食事用ナプキンを頭に被せると、ポケットから取り出したのは、なんとちくわ。どうやら学食の他に、自前の昼飯を持ってきていたらしい。


「おらおらおらおらぁ!」


ぶすり、ぶすりと、規則正しい間隔で穴を開けていく長髪。徐にそれを、横笛のように構える。脚をくねらせ、まるで舞妓のような足取りのまま演奏を始める。



どこか気の抜けた、間抜けな音色。

一通り奏でると、悶絶したかのように坊主が倒れた。



「見事ッ……!五行大橋の牛若丸、即興の道具でここまで再現するとは」


「さすがにこれは負けを認めるしかないか……堅苦しいお題の坊主くんから逃げず、正面からぶつかる姿勢、見事だよ」


「へっ、サンキュー。2人もいいポージングだったぜ」


がっしりと手を握り合う3人。こうして今宵の焼きそばパン争奪戦は、七三分け、もとい社会の窓全開マンが勝利を収めた。しかしこれで終わりではない。後日、新たなるチャレンジャーが3人の前に立ちはだかり、事態はさらに混沌を極めていくのであった。

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