されど鳥は、籠の中で眠る

瀬塩屋 螢

死神と呼ばれる天使

 学校だった場所に広がる、怒号や怨嗟。何かにおびえる彼らを横目に、俺はまっすぐ自分の教室に向かう。

 俺はゆっくり廊下を歩きながら、窓の外の灰色の空に、無数の黒い点が動いているのを確認する。

 音の発生源が、近付いてきた。


「アスカ」


 俺は、叫び声のする自分の教室の扉を開けた。

 机も椅子が倒れて教室に広がり、教卓側には俺の探していた彼女が立っている。


「タカヤ」


 平坦な声で彼女が、俺の呼びかけに応じた。ノースリーブの襟付きの黒いワンピースから、白く細い腕が曝されている。


「タカヤっ」


 床に転がっていた誰か。まだ息があったようだ。苦しそうな声が聞こえた。教室前方にはすでに十何人かそこいらの数の人間が転がっている。

 探すのが面倒くさい。と思っていたが、幸いなことに一番俺に近い所に転がっていた、女子がまだ光のある眼で俺を見ていた。


 おそらく、彼女だろう。


 片腕が無くなった彼女は、消えてしまった腕を惜しむように自分の肩を掴みながら、こちらへ這いよってきた。

 アスカ以外の人間の顔も名前もろくに覚える気がないので、とんと名前が思い出せないが、きっとクラスメイトか何かだ。


 なんと声を掛けるのが、一番人間らしいだろう。彼女が近付いてくる間そんなことを考えたが、よくよく思えば、今日でここともお別れだ。擬態の必要がなくなる。

 そう思い直し、俺はその女が近付いてくるのをただ見つめた。


「ねぇ、タカヤ。どうしてアイツなの、あの"死神"なの」


 怯えるようなその人の声が、彼女の異名を唱えるのを聞き、俺はアイツ等を呼び寄せた。ここに来るまでに書き溜め、窓の外に待たせていた俺の蝶たち。それが一斉に彼女を切り裂きに掛かる。

 女は黒い塊の中でもがき、人とは思えない甲高い音を発した。

 

 やがて、黒々としていた羽が、紅く染まり、音が聞こえなくなった。女は死んだのだろう。

 蝶が飛び立ち、朽ちた女の身体からだだけが横たわる。最早もはや、聞く耳のない彼女に俺はこう反論するのだった。


「俺の天使を"死神"と呼ぶな」


 閑散とした校舎をでると、雲の切れ間に青空が見えた。その真下の正門前には、一台の黒塗りのリムジンが止まっている。

 後部座席の扉を開き、アスカを車の中に招き入れる。程々に広い薄茶色の車内でアスカは運転手側。俺はトランク側に座る。


「タカヤ。ごめんね」


 スモークガラスの奥に視線を向けたアスカが、ぽつりと言った。


「何急に? 謝るようなことないよ」


 フロントガラスさえ見えてなければ、動いたのかも分からないリムジンは、市外に抜ける道を縫うように走る。俺は、学生鞄に入れていたスケッチブックを取りだしながら、彼女の方へ視線を寄こした。


「タカヤのお友達、消しちゃった」


「アイツ等の事?」


 同じ鞄から取り出した、翡翠色のの万年筆を動かす手を止めず、俺は笑った。ゆっくり伸びるインクを重ねて、ほら、できた。

 一匹の蝶を描き終えて、そっと万年筆のフタをする。


「友達じゃないよ。アイツらに限らず、俺にとって、アスカ以外はどうでもいいんだ」


 絵の中の蝶が、一度羽ばたき空中へ飛翔した。本物の蝶と同じくひらひらと車内を飛ぶ蝶は、やがて吸い寄せられるみたいにアスカの手元に降りた。

 優しく蝶に触れるアスカは、どこにでもいる普通の女の子に見える。

 たとえ、本物の蝶には触れられない存在だとしても。


 やがて車は、大きな白い円柱のような建物の前で停まった。

 車の扉が開き、宇宙飛行士みたいな服を纏った男たちが、建物の入り口までずらりと並んでいるのが見える。


「おかえりなさいませ」


 聞きなれないと聞き取りにくい、ぐぐもった声で、一番車に近い男が言う。


「ただいま」


 アスカの背中を追って、俺も車を降りた。

アスカが横を通ると、少しだけ花道が広がるのを眺め、俺は顔をしかめる。

 ここは彼女の家なのだが、いつ見ても彼女が腫れ物のような扱いをうけている。原因が彼女にあるとしても、完全防備をしているのだから、覚悟を決めろと。


 沸々とした思いを抱えながら、アスカの後ろをついてくると、いつの間にか彼女の自室に到着した。


 壁にあるカラフルな動植物のイラストと、それに似合わないモノトーンの強い家具類。ちぐはぐな部屋。


「ただいまー」


 アスカが部屋に入ると、どこからともなくペンギンや猫、虎。沢山のモノクロの動物がアスカによってくる。


 アスカは動物と戯れるうちに、少しだけ元気が戻ったみたいだ。じゃれつく動物に時々はにかんだり笑い声をあげたりしている。


「アスカ。増やそうか?」


 動物とじゃれて、こちらに見向きもしなくなったアスカに声を掛けてみる。

 アスカは小さく首を振って、ようやくこちらを向いた。


「私は触れられるだけで、充分だから」


「そっか、」


 少しだけさみしそうな、アスカの声音こわいろに胸の辺りがいたむ。


 アクティビテーション。いわゆる超能力をアスカも俺も持っている。

 アスカが"死神"と呼ばれる所以ゆえんもここにあるのだ。

 アスカは、生命体なら、触れた相手を消してしまう。オンもオフもない。ただ、素肌に触るだけで、跡形もなく人が消せる。

 多くの超能力がいる時代、それを悪に使う人間が増えた。

 アスカと俺は、ソイツ等を処分する機関に所属している。


 因みに、俺の能力は紙にペンで描いたものを実体化できるもの。

 あまり対人戦闘用の能力ではないのだが、アスカの精神安定役として、ここにいる。


 アスカが好む好まざるに関係なく、この異能は発動する。人や動物、果ては、植物まで無にする力。心根の清い彼女が持つには、残酷過ぎる。

 だから、擬似的にそう言ったものを生み出せる俺が重宝されるってわけ。


 まぁ、半分くらい機関の伝書バトにしか思われてない節はあるが。

 それでも、彼女と生身で接せられるなら身に余る名誉だ。その異能で俺を救ってくれた、俺の天使と。


 自分の力を破壊の力だと嫌っているが、俺としては彼女の異能に感謝しかない。

 出会うべくして出逢った、二つの能力。何人なんびとたりとも間に入ることのない、彼女と俺だけの関係を作り上げてくれた大事なものだ。


 もしそれを、傷つける者がいるとすれば。


 手の甲に舞い降りた蝶に、視線を落す。


「俺がすべて、消してやる」

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されど鳥は、籠の中で眠る 瀬塩屋 螢 @AMAHOSIAME0731

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