決着!・3

 その言葉を聞いた瞬間、ぼくは頭が真っ白になった。

 真っ先に動いたのは、意外にもショウだった。ショウはヴォルフの残した光の球をつかむと、「トビラ!」と叫ぶ。


 一瞬おくれて、ショウの言葉を理解したぼくは、ニャゴを抱えて管理室へのドアを開く。と、ショウはドアの向こうへ光の玉を投げ入れた。


「っ――」


 クロヤが何かを言おうとする前に、ぼくは管理室に入ってドアを閉める。

 それから、転がっていった球を拾って、ニャゴの身体に当てた。


「ニャ、グ……」


 光の球が、少しずつ細い糸になってニャゴの身体に吸収されていく。

 でも、ゆっくりだ。全部終わるまでに、五分くらいはかかるだろう。


「開けますよ」


 ドアの向こうから、クロヤの声がした、かと思いきや、ドアはズダンという音と共に真っ二つになって倒れる。


「……それ、開けるって言わないよ」

「同じことですよ。さぁ、早くソレをこちらへ」

「わたすわけないじゃん……」


 イヤな汗が出る。クロヤはニャゴを消すつもりだ。

 なんでだ、って考えて、そもそもクロヤは、ニャゴの事を認めてないんだって事を思い出す。


「バグを持ったサイバクルスは全て削除します。例外はありません」

「でも、ニャゴは何もしてない! ……何も……」


 ……何かがちがう、とぼくは感じる。

 クロヤと最初に会った時も、同じことを言った。

 ニャゴは何も悪い事をしてない。だから、って。


「言ったでしょう。予期しないエラーは削除しておかないと、何が起こるか分からない。……またいつ同じ事が起こっても、不思議ではない」


 クロヤは言いながら、ウィンドウを操作する。

 と、部屋の壁中に、サイバディアの街の様子が映し出され始めた。

 街のそこかしこで、プレイヤーのサイバクルスとバグクルスとが戦っている。そのせいで、街はボロボロだ。傷ついたクルスやプレイヤーもたくさんいる。


「こんな事が続けば、サイバディアは成り立たなくなってしまいます。KIDOは責任を問われ、この世界そのものを消去しなくてはならなくなる」


 そうなってもいいのですか、とクロヤはぼくに問いかけた。


 多くのプレイヤーが楽しく過ごせる世界を守りたいのなら。

 規定外のデータは全て削除し、完璧な管理を実現しないとならない。


「いいわけ……ないよ」


 クロヤの言っていることは分かる。ショウのように操られた人たちの事を考えれば、同じ事を二度と起こしちゃいけないと思う。


 でも。……でも、ちがう。


「ニャゴや……ヴォルフやクラックがいたのが、この世界だよ」


 本当は、誰かを倒して終わりにしていい話じゃないんだ。

 悪い事をしてないから、じゃない。関係ない。サイバクルスは、みんな……


「みんな生きてるんだよ。生きてたんだよ。……生きようとしてたんだ。だから辛かった。だから苦しかった。だから戦ってた……!」

「生きてなんていませんよ」


 クロヤははっきりと断言した。

 サイバクルスは、ただのデータでしかない、と。


「……最初に会った時も言ってたね、それ」

「事実ですから。変わりません」

「じゃあクロヤは、最初からずっと間違ってたんだ」

「なんですって?」


 ぴく、とクロヤの眉が動いた。

 そこだ、と思って、ぼくは更に言葉を続ける。


「間違ってる。そう言ったんだ。だって新島博士は、生き物を作ろうとしてたんでしょ? なら、サイバクルスが生きてないわけない」

「……言葉遊びですね。いくら再現性が高くても、プログラムデータである事は変わらないのですから」


 ぼくの主張を聞いたクロヤは、ため息混じりに答えた。


「結局、キミは自分に都合の良い答えを探しているだけでしょう。……申し訳ありませんが、これ以上の説得は断念させていただきます」


 そしてクロヤは、かたわらのナイトクルスに目で合図をする。

 無言のまま前に出た黒騎士は、クロヤが出現させた直剣を手に取り、構える。


「さぁ、ナイト。……斬りなさい」

「……!」


 命令が告げられる。

 ダンッ! 床を蹴り、ナイトは一瞬でぼくとの距離を詰めた。

 ぼくは思わず目をつむり、ニャゴをぎゅっと抱きしめて身を縮める。


 もう、ダメだ。

 そう、思った時――


「――よくがんばったニャゴな」


 声と共に、胸元がかぁっと熱くなった。

 え、と思って目を開くと……たんっ!

 ぼくの胸を強く蹴って、ニャゴがナイトへ飛び掛かっていった。

「ニャッ、ガ!」

 そして、ニャゴのツメがナイトの手元を弾き、狙いを狂わせる。

 ズダンッ! 音を立てて剣が床に突き刺さり、ニャゴはナイトの身体を蹴ってまた距離を取る。

「ニャゴ! 治ったんだね!」

「ニャガ。時間稼ぎのおかげニャゴな」

「あ、はは……ニャゴには分かってた?」


 そう。時間稼ぎ。ニャゴが復活するまで、ぼくはクロヤとの会話を続けようとしていたんだ。まぁ、結局続かなくてダメかと思ったんだけど……


「あの時のお返しだよ、クロヤ」

「……そんな事もありましたか。ですがそれがなんです?」

「決まってんニャゴ。テメェをぶっ飛ばせるようになったニャゴ」


 ニャゴは、見るからに前よりも元気になっていた。

 そりゃそうだ、データを全部取り戻したんだから。


「っつーわけで、行くニャゴよユウト!」

「うん! 限界解除、ライオクルス!」

「ニャ……ガァァァァァァァッ!!」


 雄たけびと共に、ニャゴの身体は炎に包まれ、ライオクルスへと姿を変える。

 ふぅぅ、と息を吐くニャゴの姿は、心なしか前よりもちょっと大きい。


「時間制限は?」

「ねぇな。好きなだけ暴れられる」

「……完全復活ですか。厄介、と言うべきでしょうが……無意味ですよ」


 ぐぐっと身を低くして構えるニャゴに、クロヤは落ち着いて言い放つ。

 ナイトクルスには、あの必殺技があるんだ。距離に関係なく斬ってしまう一太刀。あれを受けたら、ひとたまりもない。


「だったら、使われる前にハッ倒す!」


 ニャゴは一足先に飛び出し、ナイトへと飛び掛かる。

 ガンッ! 前脚の一撃を、だけどナイトは左腕で受け止める。

「チッ……硬ってぇな!」

「改修していますので」

 当然のようにクロヤは言う。村での戦いの辺りから、形変わってるなとは思ってたけど……

「んだよ、オレも調子良くなったってのに!」

「ふてくされないの! 構えに注意して!」

 必殺技の前に、ナイトは腰を落とした構えを見せる。

 ぼくはニャゴに指示を出しながら、クロヤの動きにも注目する。

 クロヤもぼくを見ていた。互いに、スキルやアイテムのタイミングをうかがっている。


「……ねぇ、クロヤ」


 壁を蹴り、四方から飛び掛かるニャゴを、ナイトは腕の手甲で受け止めつつ、直剣でカウンターを狙う。

 だけどニャゴも、そのことは分かっている。深くは踏み込まないで、やり返される前にまた距離を取る。

 そんな中で、ぼくはクロヤに話しかけた。クロヤは少し間をおいて、「なんです」と聞き返してくる。


「クロヤは、この世界を消したくはないんでしょ?」

「そうです。そのためにこうしてキミと戦っている」

「……でも、じゃあ。ニャゴたちだって、クロヤが守るべきものじゃないの?」

「ちがいます。デバッガーとして、バグを放置することは出来ない」

「新島博士はバグだなんて言ってなかったじゃん!」


 神殿の奥で、新島博士のAIはニャゴを『進化体』だって言ってた。

 KIDOにとってはバグかもしれないけど、新島博士にとってはそうじゃなかったんだ。……きっと、ヴォルフたちだってそうだ。


「クロヤが守りたいものはなに? 博士が守ろうとしてたサイバディア? それともKIDOの商品としてのサイバディア?」

「そんなものっ……この世界を保つのに、一体どれだけの維持費がかかると思っているんです? この世界を切り売りしないと、とてもではないですが……」


「オイ。それじゃ答えになってねぇぞ」


 ガギィ! ツメと剣をぶつけ合いながら、ニャゴはクロヤに言い放つ。


「聞いてんのは理由じゃねぇ、テメェがどうしてぇかだろうが!」

「……不可能です。不可能なんですよ、そんなことはっ!」


 ニャゴに問いかけられ、クロヤは声を荒げる。

 こんなに感情を乱したクロヤを、ぼくは初めて見た。


「新島博士は去ってしまった! これ以上の成果を上げられない研究なら、金にでもならないと残せはしない! それも、貴方のような狂ったサイバクルスが全部、全部ダメにしてしまおうとしているっ……!」


 それは叫びというにはあまりにもか細く、絞り出すような声だった。

 多分、これがクロヤの本音なのだろう、とぼくは思う。


 ――それは、私の……本物の新島のためか、クロヤ?


 思い出す。博士のAIに問われた時、クロヤは否定をしなかった。

 クロヤは、何のために戦っているのだろう。自分の父親さえ犠牲にすると言い放って、それでもこの世界を残そうとしているのは。


 ぼくは、現実のクロヤを知らない。新島博士のことも知らない。

 クロヤが何を思っていまここにいるのか、知る由もない。


「全てが無かったことになる前に、必要のないモノだけを削除する……それが一番安全で、確実なんです。この先もずっと、残すためには……」

「ニャゴたちは必要ないものじゃない!」

「ありませんよ! 現にクラックも、そいつも、ボクの造った模造品一つ壊せやしない! そんなものが博士の成果であるはずがないッ……!」


 博士は、新島博士は、偉大な人なんだ。クロヤは繰り返す。

 ……大事な人だったんだろうか。消えてしまったその人を、クロヤはどう思っているんだろうか。分からないまま、だけどぼくはクロヤの口から出た一言を、聞き逃さない。


「なら、倒せばいいんだね」


 倒せるなら。クロヤの造ったものを超えられるなら。

 それはクロヤの尊敬する博士の、守るべき成果の一つに、なるのだと。


「出来るものなら……やってみればいい!」

「やれるな。……なぁ、ユウト?」


 ずざっ。大きく距離を取ったニャゴが、にぃっと笑いながらぼくに呼びかける。ぼくはただうなづいて、深呼吸しながら、スキルウィンドウを確認する。


 と、同時だった。ナイトがぐっと腰を落とし、クロヤの指がウィンドウに触れる。


「斬り裂きなさい、ナイト! 虚構裁断ジャッジメント!」


 ――それは、偽りを切断する黒い剣。狙われれば、距離などなかったかのように相手を切断する文字通りの必殺技。

 避けることは出来ない。ならどうするか。言葉を交わす時間はなかった。それでも、目と目を合わせる刹那はあった。


 ダンッ! ニャゴの後ろ足が、床材を砕くように蹴る。

 黒騎士の剣は、射程を無視する。けれどその動きは、あくまで剣の動きに連動している。


 逃げれば逃げるほど、速度は速くなり。

 近づけば近づくほど、ただの斬撃と変わらなくなる。


 そんな理屈が分かったのは、全部終わってからの事で。

 ぼくもニャゴも、ただ当たって砕けろの精神でつっこんだだけだけど。


「――ニャゴ!」


 叫んだのは、スキルウィンドウに浮かんだ、新たな技の名前。

 その力がどこから来たのか、考える必要はなかった。

 きっと強いということだけは、分かっていたから。


「――雷牙炎斬らいがえんざん!」


 爆発するような炎と、空気を引き裂くような雷が、ニャゴの身体を包む。

 それらは混じりあうことなく。ぶつかりあうようにしながらも密集し、巨大なキバの形となって……


 ……閃光。爆発。衝撃。破壊。


 一瞬に起こったことが多すぎて、ぼくの頭では目の前の事を処理しきれなかった。それでもただ一心に、ぼくらの目はニャゴとナイトを見つめていて。


 ……砕け散る。黒い煙が上がる。


「……なぁ、ユウト」


 言葉も出せないまま、十秒。


「ニャゴは、テメェに会えてよかったニャゴよ」


 煙の中から出てきたのは……一匹の、小さな、ネコのクルスだった。


【続く】

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