決着!・2


 ニャゴとヴォルフが、互いに雄たけびを上げながら激突していく。

 ぼくはだけど、目の前の戦いに集中できなかった。

 どうしてもぼくの視線は、ヴォルフの向こう側に立つ、ショウを見てしまう。


「我が何故、キサマなどの助けを受けねばならん……!」

「でも、どうしても勝たなきゃなんだろ? ……じゃあさ、キライなヤツを最後まで利用するくらいはしたって良くね?」

「意味が、意味が分からんッ! キサマはニンゲンでありながら、ニンゲンの敵に回るというのか!?」


 気持ちが追い付いていないのは、ヴォルフも同じだった。

 ニャゴの攻撃をかわし、キバを向けながら、その声は戸惑ていた。


「ユウト! アイツまだ操られてんじゃねぇのか!?」

「ちがうよニャゴ。……多分、本当に、本気で……」


 認めたくない。けど、分かってしまう。

 あの日、一人でいたぼくに声を掛けてくれたみたいに。

 ショウは、ヴォルフを放ってはおけないと思ってしまったんだろう。


「あの変なクモに噛まれて、身体が全然動かせなくなって……それでも、オレには見えてたんだ。勝手にリンクされたお前をずっと、見てた」

「だからなんだッ! 自分だけは、手を貸すから見逃せと……!?」

「言わねーよ。ってかムリだろお前には」

「無論だ、我がニンゲンを許す事はない。故にキサマも噛み潰す」

「だろ? ……でも、そうするだけの理由は知っちまった。人間がお前の仲間に何したかとか。だから……」


 ショウが顔を上げ、ぼくを見る。

 真っ直ぐに。決意のこもった眼差しに、迷いなんか感じられなくて。


「……分かっ、た」


 そんな目を見て、ぼくは「やめろ」なんて言えない。

 同じ立場だったら、同じことをする? それは……分かんない。結局、ぼくはニャゴに出会って、アリアさんやパッたんに出会って、斬鉄さんやガタ之進に出会って……クロヤやナイトに出会って……

 ……ヴォルフのやり方はイヤだ、って、思うようになってしまったんだから。


「ショウがそのつもりなら、止めない。でもぼくたちはヴォルフを倒す」

「……良いのか、ユウト?」

「うん。どっちみち、やる事は変わらないんだ」


 深呼吸する。見るべきはショウだけじゃない。

 スキルウィンドウとアイテムウィンドウを確認して、いつでも選べるように手を振って動かしておく。


「勝手に決めるな、我はッ……!」

「よそ見する余裕なんざねぇだろッ!」


 文句を言おうとするヴォルフにニャゴがツメを突き立てる。

 意識の逸れていたヴォルフは、回避が遅れて右目にダメージを受けた。

「グっ……」

 だけどそのキズは、次の瞬間には回復している。

 ショウが後ろから回復薬を使ったからだ。


「あーあ、買い込んでやがる。オレの小遣い吹っ飛んでるだろこれ?」

「知った事かッ! ニンゲンの都合など……ッ!」

「なら今も無視しろよ。オレの都合なんて無視して、都合良い回復アイテムだって思ってくれりゃいい」

「っ……!」


 ヴォルフは、怒りに身体をふるわせながらも、ニャゴに向き直る。

 ……腹をくくったのか、あきらめたのか。

 分からないけど、これはちょっと悪い状況だ。

 ニャゴには時間制限もあるのに、軽いダメージはすぐに回復されてしまう。

 だとしたら……


「ユウト、テメェの作戦になら乗る」


 ニャゴは、ぼくの迷いを感じ取ったのか、こっちを見ないで言い放つ。

 今までだってニャゴはそうしてくれた。……うん、そうだ。迷って負けるよりは、ニャゴも全力でぶつかった方が良いんだろうし。


「作戦は一つ。捨て身だ、ニャゴ!」

「ハッ。オレ好みじゃねぇかッ!」


 ダンッ! ニャゴが真正面からヴォルフに突撃する。

 ヴォルフはぐっと床にツメを突き立てながら、それを待ち受ける。


「ニャガァッ!」

「愚鈍な選択だ、ライオッ!」

「グ、ニャっ……!」


 振り上げられたニャゴの左前脚は、だけどヴォルフのキバによって抑えられてしまう。じゅわっ、とニャゴの腕からデータ光が漏れ出した。

 だけど、だからこそ、ここがチャンスになる。


「ニャゴ、炎爪撃えんそうげきっ!」

「ニャッッッ……ガァァッ!」


 残る右前脚で、ヴォルフの横っ面をひっぱたくように、炎のツメが叩き込まれる。


「ガ……ハっ……」


 ずどん、と音を立て、ヴォルフの身体が壁に叩きつけられる。

 その全身から、データ光。……大ダメージだ。


「ニャゴ、今治すからね!」

「あ゛あ゛ー……流石に痛ぇな!」


 よろけるニャゴに、回復薬を投げる。……軽い攻撃じゃ無意味だっていうなら、やられる覚悟で必殺技を食らわせればいい。


「……ふっ、ざ、けるな……捨て身の強要だと……そんなものっ……!」

「ハァ? テメェ、オレが一番キライな事を知らねぇのか?」

「なに……」

「負ける事だよッ! 第一、オレがやりたくねぇことなんざやるわけねぇだろ!」


 ニャゴはずっとそうだった。

 気に入るか気に入らないかで物事を決める、わがままで自由なヤツ。

 そんなニャゴが、乗ると言ってくれたんだ。だからぼくも、迷わず指示を出せる。


「クソ……クソ……何故だ、何故キサマにはッ! 何故キサマだけ! 何故……どうして、だったらどうして我らの種族はッッ!!」


 腹の底に響く、重たい叫び。

 怒りと憎しみと、きっと悲しみがその声には混じりあっていた。


「ああ、ああ、やってやる。認めるものかッ! 認めて良いハズが無いッ! 破壊する。完膚なきまでに。そのためになら……ショウッ!」


 そしてヴォルフは、ショウの名を口にした。


「使わせてやる。使ってやるッ! 選べ、我が憤激の力をッ……!」

「……ああ」


 ショウはうなづいて、スキルウィンドウを開いた。

 まさか、と思う。そうだ、ヴォルフにもスキルはある。


「ヴォルフ、憤雷怒牙ふんらいどっがっ!」

「ヴォ……ァアアアアアアッッ!!!」


 咆哮と共に、バキバキと空気が割れる音がする。

 黒い、稲妻が、ヴォルフの体中から放たれていた。


「ニャゴ、下がって!」


 思わず指示を出す。いやでも、これは……。

 迷っている間に、稲妻はより強く大きくなっていき……ダガンッ!

 黒狼は、雷のような速さで飛び出した。


「ヴァァァァァルッ、ガァアアアッ!!」


 大きく開かれたキバは、雷を纏い、より大きなキバとなってニャゴの頭部をかみ砕かんとする。狭い廊下で、その範囲はあまりに広く……


「――炎爪撃ッ!」

「ニャッッッ、グァアッ!?」


 ぼくは寸でのところで技を選択し、ニャゴは炎のツメで雷のキバを迎撃する。

 爆炎と雷撃は廊下の壁や床を破壊し、激しい衝撃と共に二体を吹っ飛ばす。


「ニャゴっ!?」


 宙を舞うニャゴの身体。それは空中でネコクルスにもどっていって……

 あわてて、ぼくはその身体を抱きとめる。汚れた毛にはものすごい熱がこもっていて、焼けてしまったのかと一瞬息を呑んだ。

「ニャ、ぐ……」

「大丈夫、ニャゴ!?」

 幸い、コゲていたのは毛だけだったけど、体中傷だらけで、データがとめどなくあふれている。

「ヤバかった……ニャゴね……良い指示ニャゴ……」

「いや……いや……言ってる場合じゃないだろ、このケガ!」

 回復薬をつぎこむけど、キズの治りは鈍い。

 ……なんでだ!? どうしてダメージが……


「……我が食ったデータのせいだろうな」


 かすれた声がして、顔を上げる。

 ヴォルフは、全身キズだらけになりつつも……ギリギリのところで、立ち上がっていた。ぼくは思わずニャゴをかばうように抱き寄せて、ヴォルフをにらむ。


「ライオは完全ではない。故に、如何に修復しようとも治りきることが無い」

「……、お前を倒さないと、ニャゴは治らない?」

「そうだ。だが、勝負は、我の……っ」


 言いかけて、ヴォルフはまた倒れる。

 ヴォルフも限界が近いんだろう。だけど、向こうは回復出来る……

「クッソ……結局、ぼくたち……」

「……いいや」

 ぼくが言い切る前に、ヴォルフはゆっくりと否定した。


「ヴォルフ! あんましゃべんなよ、今治すから……」

「要らん。止めろ」

「……でも……良いのか?」

「二度言わせるな」


 ショウの回復を、ヴォルフは断った。


「勝負は我の勝ちだ。譲る気は無い。……だがそれも、もはや無意味なことだ」

「どういう、こと……?」

「……疲れたのだ。もう、キサマらを見ていたくない。……我の怒りを、鈍らせたく……ない」

「……」

「認めたくないのだ……ニンゲンと共にあれる者がいるなら……我らは……我らはなんだ……? 何故我らだけが、苦しんだ……?」


 認めたくない、とヴォルフは繰り返した。

 そしてぼくは、ようやく、彼がニャゴに向けていた感情の意味に、気付く。

 人間を憎み、怒る気持ちだけがヴォルフを突き動かしていたと、ぼくは思っていたけど……


「ヒトは悪だ……敵だ……そう思わせろ、我には……そう信じたまま……」


 人間が皆悪いヤツなら、それを排除すれば良い。悪いヤツだから、自分達は苦しめられた。……でももし、そうじゃないとしたら。そうならない可能性が少しでも、あったなら。そして自分達だけがそれを手に入れられなかったら。


 ショウは、倒れたヴォルフのかたわらに座り込み、頭をなでようとして、止める。ヴォルフはそれを……望まないだろうから。


「ニンゲンを、憎んだままで終わりたいのだ。だから……ああ、仕方がない。仕方がないが……、ライオクルス」


 一度言葉を切って、選び取るように、ヴォルフはニャゴを呼ぶ。


「返そう。キサマのデータを。完全となればキズも癒える……さぁ……、……」


 ……ヴォルフの言葉が途切れ、身体から力がなくなる。

 もれ出すデータの光はだんだんと弱まり、同時にヴォルフの身体は、薄く透明に変わっていき……

 その身体の中に、ひと際輝く小さな球が見えた。

 きっとそれが、ニャゴの……


 立ち上がり、球を手に入れようとした、瞬間。


「――ヒョアッ!」


 甲高い声がぼくの顔の横を跳びぬけていって、ズダンと音を立て、扉に突き刺さる。


「アヒャ……なぁんだ、怒られなくて済みマスネ……?」


 振り返る。小さな剣の先に、10センチ程度の小さなクモが突き刺さっていた。

「遅くなりましたが、スパイダークルスは今駆除し終えました」

「クロヤ……!」

 いつの間にか、貴堂クロヤとナイトクルスが、ワープパネルを通ってやってきていた。


「ユウト君はヴォルフの駆除を終えた所ですね。

 ……あとは。、ですね?」


【続く】

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