決着!・1

「ヴォルァァッ!!」


 床をじりじりと揺らすような、低くて重い雄たけびが廊下に響く。

 ヴォルフは壁際から回り込むようにニャゴへと接近して、立ち並んだキバで噛みつこうとする。

「ニャッ、ガ!」

 だけどニャゴは姿勢を低くしながらサイドに跳んでそれを回避、反対にツメでの攻撃を試みるけど、ヴォルフもそれを紙一重でかわして、ニャゴへ体当たりを仕掛ける。

 ダンッ! ニャゴも瞬間、思いっきりヴォルフにぶつかりに行って、二体は互いに反対の方向に吹っ飛ばされた。


 だけど、吹っ飛ばされた先で、二体はそれぞれ壁を蹴り、もう一度ぶつかり合う。今度はツメとツメの攻防だ。ニャゴのツメをヴォルフが片手で受けて、ヴォルフのツメをニャゴも前脚で抑え込む。


 互角。今のところは。


 ニャゴとヴォルフの体格に、大きな差はない。

 だけど少しだけヴォルフの方が筋肉質で、そんなに広くないこの廊下では、ニャゴの方がちょっとだけ動きやすそうだ。


 廊下は、大理石のような床に高級そうなカーペットの敷かれた……元は落ち着いた雰囲気のある場所、だったんだと思う。

 カーペットは戦いが始まってすぐにボロボロになって、ちぎれて、廊下の隅に追いやられている。大理石の床も、壁も、ニャゴたちのツメが食い込んで傷だらけだ。

 廊下の奥には、重く閉ざされた扉がある。既にいくつものへこみが出来たその先には、サイバディアの街を管理するシステムが置かれている。

 扉の前には、ぼくの親友、ショウが……表情もなく、ただぼんやりと戦いをながめていた。


「ライオ! キサマを噛み潰す! 確実に、今ここでッ!」


 ヴォルフが、前脚でニャゴを抑えつけ、吼える。

 けれどニャゴは焦らずに、身体をひねりながら床を叩き、反動で脱出する。


「出来るもんならやってみろ! その前にオレがテメェをブッ倒すけどな! ……それに! 第一!」


 ニャゴは更に叫びながら、壁を蹴って高い位置からヴォルフにツメの一撃をくらわせる。

 ザンッ! ニャゴのツメがヴォルフの頬に触れ、黒い毛と共にデータ光をもれださせた。


「ライオライオって呼んでんじゃねぇ! 今のオレは……ニャゴだッ!」

「下らぬ、下らぬ名だ! ヒトに付けられた名だろうそれはッ!」

「ああそうだ、気に入ってんだ!」


 ぐ、とぼくは服の胸元を握り締める。

 戦いは気が抜けない。いつニャゴがヒドい傷を負うか心配で仕方ない。

 そんな中でも、ニャゴがぼくの付けた名前を気に入ってくれてると言ってくれたのは、嬉しかった。


「ヒトに与えられたものなどに満足するのか、キサマは! 名なら自ら付け名乗れ! 奪う者の気まぐれなどに気を許すな!」

「ハッ! ユウトがオレから何を奪うって!? ざっけんなコラ! なんも知らねぇで適当な事言ってんじゃねぇぞ!」

「知らぬのはキサマの方だ、ライオ! ニンゲンは我らを何とも思っていない。ゴミのように消していく、笑いながら!」


 残されていた記録。ウルフクルスを始めとする多くのサイバクルスが、KIDOによって削除されていた事実。

 それは揺るがない。変わらない。既に起こった事なんだから。

 だからぼくは、その事に反論できない。ヴォルフの怒りをなかったことには出来ない。


「知るかッ!」


 だけどニャゴは、叫んだ。


「テメェがキレんのは当然だ別にそれは勝手にしろ! けど、オレは! 少なくともオレは! オレを消そうとしたテメェらより、何も考えずオレを助けようとしたコイツを選ぶ!」


 ……初めて出会った時の事だ。

 確かにあの時のぼくは、全然事情も知らないで、わけも分からずただニャゴをほっとけなくて、助けてしまった。


「ニャゴだって、助けてくれたじゃん。だからだよ」

「……あ゛あ゛? そだっけ!?」


 怒ったみたいに言ってくるのは、照れ隠しなのか何なのか。

 それでも。ぼくをニャゴが助けてくれたから、ぼくもニャゴを助けないではいられなくなった。それも揺るがない、変わらない、事実だ。


「……。ならば。ならば、ならば、ならばならば、キサマは、これでもッ!」


 ダンッ。ヴォルフの後ろ足が床を蹴る。

 向かう先はニャゴじゃない。……ぼくだ。


「ユウト!」


 ニャゴが急いでヴォルフを追う。でも、間に合わない。

 このままじゃ、……ああ、ダメだ。


 こわい。こわい。こわい。ものすごくこわい。

 足がすくんで、何をしていいか分からなくなる。

 頭が真っ白になって、ただ恐怖心だけが身体を包んで。


 ……でも。それでも。

 ぼくの視界には、ニャゴがいた。取り戻したい友だちもいた。


 ぼくはここに何をしに来た?

 ニャゴを応援しに来た、わけじゃないだろ。

 一緒に戦いに来たんだろ。……だったら、これは。


「っっ、あああああっっ!!」


 叫ぶ。なけなしの勇気を振り絞る。

 このままじゃぼくは頭から食べられる。そしたら終わりだ。だったら。そうなるよりは。


 ぶんっ! 腕を振る。ヴォルフの顔をなぐりつけるように。


「っ!?」


 ヴォルフは一瞬おどろいて、それでも動きを変えない。当たり前だ、人間の攻撃なんてサイバクルスには効かないから。

 でも良いんだ。下がったって同じことだし、だったらそれより、前に出て。


 ――ガチンっ!!



『部位破損を確認 ダメージ大』


 かつて見たアラートが表示される。

 エラーは何度も出たけど、こうなったのは久しぶりだな。

 そう思いながら、ぼくは……右腕を捨てて、扉へと走った。


「なっ……!?」


 ずざ、と立ち止まり、ちぎった腕をくわえながら、ヴォルフが驚いた声を上げる。ぼくが、腕を犠牲にして前に進むなんて、思ってなかったんだろう。


「待っ……」

「待つのはテメェだヴォルフッ!」


 ぼくの背中に飛び掛かろうとするヴォルフを、ニャゴが止めに入る。

 すれ違いざま、ぼくはニャゴに目で合図した。ニャゴはぼくを見て、何も言わずにヴォルフに視線を戻す。


「ザンネンだったなぁ? ユウトはテメェなんざにやられねぇんだよ!」

「あり得ぬ事だ。一歩間違えば意識データがどうなるか、知らぬ身でもなかったろうに!」

「だからだッ! ああ全くビックリするよな。マジでヤベェって分かって、それでもユウトは、守りたいって気持ちをあきらめねぇッ!」


 ニャゴの言葉を背中に受ける。

 そんなにスゴイものじゃないんだよ。他に方法がなかっただけなんだよ。

 ぼくはそう思うけど、立ち止まって説明してるヒマは、無い。

 だって、今ぼくの目の前には……


「――ショウッ!」


 呼びかける。返事はない。反応もない。

 だけど今度は、逃さない。


「ショウ、ぼくだよユウトだよ! おそくなってゴメン。何度も失敗してゴメン。だけど、来たよ。ちゃんと、助けに、来たからっ!」


 肩をつかんで、じっと目を見て、呼びかける。

 ショウの目はぼくを見てない。他の何も見ていない。

 バグのせいだ。ショウの意識はいまどこにあるのか分からない。

 だけどもう、平気だ。ここまで来たら。ちゃんと、届いたから。


「アイテム欄開いて! 選択、ワクチンプログラムK!」


 音声認識でウィンドウを開き、ぼくは光の玉を手にする。

 それは、クロヤが作り出した対クラックウィルス用のワクチンプログラム。


「……起きろ、ショウっ!」


 ぼくはその光の玉を、ショウの身体にねじこむ。

 玉はすんなりとショウの身体になじんで、次の瞬間、ショウのアバターは力を失って倒れこむ。


「……、……。……ユウト、か……?」

「っっ! そうだよ、ショウ! ぼくだ!」

「ああ……んっ、そうか……ハハ、ホントに来てくれたんだな、あれだけで」


 うっすらと、ショウが目を開き、笑う。

 ほんとだよね、とぼくも思わず笑ってしまう。


「なんだよあの写真。あんなんで探せって無茶言うなよ……」

「悪ぃ。時間なくて。……でも、信じてたぜ」


 ショウはそして、ゆっくりと立ち上がる。

 バグの影響は、ぱっと見無さそうだ。


「やったな、ユウト!」

「……うん……うん……」


 ニャゴの言葉に、ぼくは泣きそうになる。

 ついに。ようやく。ぼくは、友だちを助けることが出来て……


「……チッ。回復道具が消えたか。……まぁ、いい。元々キサマなど、クラックが用意した人形に過ぎん」

「ヴォルフ、だっけ。……ホント、運がねぇよな。たまたま会っただけで人形にするってさ……マジで……」


 ショウは、サイバディアの探索中、たまたまヴォルフの住処に入り込んでしまった。そのせいで、クラックに人形にされてしまったと……新島博士の記録にも、残っていた。


「フン。せいぜい恨み、怒るが良い。そんなものは我の怒りに比べれば……」

「……ああ、マジで怒ってるし恨んでるよ。ホント、なんてことしてくれたんだっつー感じで……」


 はぁ、とため息をつきながら、ショウは頭をぽりぽりとかく。

 その様子に、ぼくはほんの少し奇妙さを感じた。

 怒ってるにしては、その様子はまるで……


「……でもさ。いやホントさ、ユウトたちには悪いんだけどさ……」


 言いながら、ショウはアイテムウィンドウを開き……

 回復薬を選択すると、


「……っ!?」

「オレもお前には怒ってるぜ? お前もオレは嫌いだろうし。……なんだけどさ。全部見ちまったし、知っちまったからさ」


 悪いな、と言いながら、ショウはゆっくりと……ヴォルフの方へと、歩いていく。あまりのことに、ぼくもニャゴもヴォルフも、その行動を止めることが出来ない。


「マっっっジでごめん、ユウト!

 でも、お前もオレの立場だったら同じことすると思う!

 だってほっとけないだろ、こんなの。だからさ……」


 考えたこともなかった。

 ……でも、そうだ。ショウはそういうヤツだ。


「――オレは、


【続く】

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