駆けろ、最終決戦!・3
街は戦場になっていた。
建物はくずれてヒビが入っていたし、石畳は割れて土だらけになっていたし。
少し前まで平和だった場所とは思えない。
そんな街で、多くのサイバクルスたちが戦っていた。
相手はヴォルフたちの集めたバグクルス。
傷ついたアバターもたくさんいて、気持ちのいい光景とはとても言えない。
そんな街中を、ぼくはニャゴに乗って突き進んでいった。
「ニャガ、ニャガ、ガッッ!」
道中、立ちふさがろうとする相手を叩きのめしながら、ぼくらは一心にある場所を目指す。地図に示されたそこは、街の中心部にある高いビル。
そのビルには、KIDOサイバディア運営本部がある。
普段、ぼくたちはAIでお問い合わせを投げかける程度でしか使っていない建物だけど……
「そこを壊されると、拠点のシステムが壊されるみたい」
「外と同じ扱いになる、ってことだよな?」
ぼくはうなづいて、改めて情報を思い出す。
サイバディアで人間が安全に遊ぶため、KIDOは新島博士のプログラムとは別に、拠点のプログラムを作成した。
拠点内のデータの保存や、活用。そのプログラムがあるから、緊急脱出やアバターの修復が行えてるんだ。
「もしそこが壊されちゃったら、アバターデータを治したり、買い物したり……ほかにも色んな事が出来なくなっちゃうんだ。だから……」
ヴォルフたちはそのビルにいる。
ぼくたちも早く追い付いて、守らないといけない。
*
「ヒイィィアヒィィィ!」
ぼくたちがビルに入って最初に耳にしたのは、あの甲高い悲鳴だった。
「おやユウト君。もう着いたのですか。早かったですね」
広い無人のエントランスが、クモの巣まみれになっている。
その中心で戦っているのは、クラックと、ナイトクルスだ。
「アヒャァ!? ライオサンもいらしタッ!? マズいマズいこれはマズゥゥイィデスゥゥーー!!」
大騒ぎしながら、クラックはナイトの攻撃をかわし続けている。
時として、クモの巣をジャンプ台代わりにして、その身のこなしは前に見たときより素早い。
「苦戦してるな?」
「……そう、見えますか? 確かに、時間稼ぎが上手い相手であることは認めざるを得ませんが」
「フヒャハハハ! 褒められマシタネッ! 嬉しくナイッ!!」
クラックの作戦は、どうやら前と同じく逃げの一手らしい。
上に行けそうな道は全部瓦礫と糸でふさがれていて、クラックをどうにかせずに先に進むのは、難しい。
「……なにか他に、上に行ける道はないの?」
「ありますよ、一つだけね」
クロヤはそう言って、エントランスの奥を顎で示す。
受付の、裏? そこに何かあるんだろうか?
不思議そうな顔をするぼくを見て、クロヤはタタンとウィンドウを叩く。
『緊急用のワープパネルがあります。
ただ、今はシステムが不調のようで、修復プログラムの送信が必要です』
ぴろん、と音が鳴って、メッセージが届く。
ぼくはそれに目を通すと、『どうすればいい?』と返信した。
『キーを持ったアバターが直接触れなくては。危険ですが』
直接。つまり、エントランスを突っ切って向こう側まで行かないといけない。
でももしクラックに気付かれたら……きっと、攻撃される。
「ユウト。何か手があったんだな?」
「うん。……ニャゴ、クラックの気、引ける?」
「当然だ。……が、それ、無茶だったりしねぇ?」
「出来るよ、大丈夫」
「……分かった、任せたぜ!」
ダンッ! ニャゴがツメで床を蹴って、大きく飛び出した。
ナイトの斬撃をかわし、着地したクラックを狙って……ザンッ!
「ウヒャア!?」
「チッ。しぶといなテメェは! いい加減にやられとけ!」
「イーーヤーーーデーースゥゥーーーー!!」
その一撃は、糸の盾で防がれたけど……
……ニャゴ、完全に倒すつもりだったな……
でもその方がありがたい。ぼくはちょっと笑ってしまってから、クロヤに目で合図する。
クロヤはうなづくと、ウィンドウを操作して、キー情報をぼくに送信してくれた。
「ひとまず。任せますよ。ボクとしては、コレも排除しておかないとなりませんし」
「ありがとう。でもクロヤが来る前に解決するから!」
「……どうぞ、お好きに?」
クロヤは作り物っぽい微笑みを見せる。なんか、乗せられてる気がするけど……関係ない。
(ニャゴばっかにがんばってもらうわけにはいかないしね!)
すぅ、と息を吸って、ぼくはまっすぐ全力で、走り出した。
「ヒョアッ!?」
「よそ見してんじゃねぇ!」
ぼくの動きに気付いたクラックだけど、ニャゴとナイトが攻撃して、なんとか足止めしてくれている。
受付の裏までは、十秒もあれば届く。
大丈夫だ、と思った瞬間、ずるッと足が滑って、転びそうになる。
「のわっ、糸!?」
床にも落ちてた糸だ。ねばついて動きづらい、けど……!
思いっきり足を上げて、無理やりに突破する。足の裏がべたべたして走りにくい。もうちょっと時間がかかる。でも大丈夫、問題ない。でもキモチワルイ。よけいな事が頭の中でぐるぐるしつつも、どうにかこうにか、受付まで、辿り着いて……
「ア゛ッ!? いけマセンよそんなズルッ!」
「悪いけど、お前に付き合ってる時間はないんだ!」
ねばつく糸をかき分けて、ぼくはワープパネルへと近づいていく。
あれに触れさえすれば、上の階までのルートが出来る……!
「やらせマセン行かせマセン許せマセンッ!」
「テメェの許可なんざ求めてねぇんだよっ!」
背後から、びゅっと糸を吐く音と、それを切りさくツメの音。
ニャゴがぼくを守ってくれている。
だからぼくは振り返らず、必死に、手を伸ばして……
「――届いた! ワープパネル、再起動!」
ぼくのアバターからキー情報を読み取ったパネルは、ふわっと光輝いて周りの糸を焼き切った。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア! 私怒られマスヨォォ!?」
「勝手に怒られてろ! ユウト!」
「うん! ニャゴ、炎爪撃で瓦礫を吹っ飛ばして!」
スキルウィンドウを操作して、ニャゴの爪に炎の力をみなぎらせる。
「じゃあな、もう二度と会いたくねぇッ!」
そして……がどんっ! ニャゴはガレキをクラックに浴びせると、ダンッと床を蹴ってぼくの方に走る。
「んっ……ニャガ……ニャゴっ……」
途中、限界が来てネコクルスに戻ってしまうけど……
とにかく、今はこのまま、先に行く!
「行くよ、ニャゴ!」
「ニャッ!」
たんっ。ジャンプして胸元に飛び込んできたニャゴをしっかりと抱きとめて、ぼくはワープパネルの起動ウィンドウを開く。
『十三階へ向かいますか?』
選択すれば、後戻りはできない。
どっちかが勝つまで。それでも、行かないとならない。
とん、と選択肢に触れたぼくとニャゴは、光に包まれて……
……気付けば。
その場所に、立っていた。
砕けた機械と、割れたガラス。
その奥にある、へしゃげた重そうな扉。
扉の前には、ヴォルフと……ショウがいる。
「やはり、来たか。クラックの策もアテにならんな」
「はー。アイツ任せにしたテメェの問題じゃねぇニャゴ? 文句言うならテメェで作戦考えた方がいいニャゴ」
「バカな。文句などあるはずもない。小心者のヤツに付き合っただけのこと。我は……キサマを噛み潰したくて仕方がないのだからな」
ヴォルフは、ぼくたちの登場に驚きはせず、ただ怒りをにじませた声を放つ。
「……ショウ」
ぼくはまた彼に呼びかけるけど、聞こえている様子は、無い。
「無駄なこと。コレはクラックの毒に侵されている。聞こえてはいないし、聞こえたとて動けはせん」
「ショウを返して!」
「その願いを聞く理由が何処にある? 全てを破壊し、然る後コレも破壊する。許せぬというのなら、道は決まっているだろう」
ヴォルフはぼくをにらみ付けた。
計り知れない怒りをぼくにぶつけて、ぼくにも怒れとうながしている。
話し合える余地はないと、何度でも突きつけるように。
「……。ニャゴ」
「ニャグ。アイツブッ倒して、全部取り戻すニャゴ」
ニャゴがうなづいて、ぼくもうなづいた。
ここまで来て、迷う必要はきっともう無いんだ。
「ニャゴ。限界解除、ライオクルス!」
【続く】
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