深層の真相・3
「これ……地球?」
「ちがいますね。おそらくはサイバディアの縮小モデルでしょう」
扉の奥には、ホログラムで出来た惑星が浮かんでいた。
その周囲には、キーボードや画面のついた機械が並んでいる。
薄暗くて、それら以外には何もない空間だ。
「ここで知りたいことが分かるニャゴか?」
「ええ。サイバディア上の出来事は全てこのモデルに記録されているはずです」
そう言って、クロヤは備え付けられた機械に触れる。
パスワードを入力しないと動かないみたいだけど、彼は少し考えて、タタンといくつかの文字を打ち込む。
『――パスワードを確認しました。ナビゲーションプログラムを作動します』
部屋のどこかから、電子音声が聞こえる。
サイバディアでよく聞くアナウンスと同じ声だ。
「クロヤ、パスワード知ってたんだね」
「ええ。まだ有効で助かりました」
ぼくが聞くと、クロヤは少しだけ目を伏せながら答える。
「ニャガ? 見るニャゴ、ユウト」
と、ニャゴが何かに気付いて声を上げる。見ると、惑星ホログラムの前に、一枚のウィンドウが開いたではないか。
『……。たった今、起動した。呼んだのはクロヤだと判断するが、間違いないな?』
「しゃべったニャゴ!」
ウィンドウの中には、白いひげを生やした老人の顔が映っている。
クロヤは顔を上げ、ウィンドウの老人をじっと見て……答える。
「ええ、ボクです。お久しぶりですね、新島博士」
「この人がっ……?」
この老人が、サイバディアを作って、失踪したっていう科学者……?
『そうか。認識機能が上手く作動していて安心したよ。
……。残念ながら、私は新島アラヤ本人では、ない』
「新島博士の記憶と思考をトレースしたAI、という所でしょうか」
『その通りだ。理解が早くて助かる』
AI。つまり本物じゃないってことか。
言われてみれば、画面上の新島博士の声には、どこか違和感があった。
人間とすごくよく似た雰囲気だけど、どこか作り物みたいというか……
……声の調子が、どことなく一定なんだ。
『……。すまないが、君たちが部屋に入った時点で、スキャニングを実行させてもらっている。この世界における、君たちの状況を確認させていただく』
AIの処理に時間がかかるのか、新島博士は、時々言葉を切りながらぼくたちに問いかける。
『まず、そこのサイバクルス。ネコクルスとなってはいるが、本来はライオクルスと登録されている種で、進化体だ。合っているな?』
「進化? そりゃよく分かんねぇニャゴが、事情はそうニャゴな」
『……。失礼。言語を獲得し、思考域の拡大したサイバクルスを、私は進化体と呼称しているのだ。その様子では、間違いないようだが』
「バグクルス、じゃねぇニャゴ?」
『KIDOにとってなら、予定外の挙動という意味で、バグに間違いはないだろう。だが私にとっては、違う』
新島博士はそう言い切った。
そう言えば、新島博士は、KIDOの社長と思想がちがうとかなんとか言ってたっけ。バグじゃないっていうのも、何か関係あるのかな?
『綱木ユウト。君は、進化体のリンクパートナーのようだ。良い反応データが出ている。……そして、友人を助けたいと考えている?』
「……! はい、そうです。何か教えてもらえるんですかっ……!?」
『……。焦ってはいけない。答えだけを手に入れても、応用することは出来ない。導き出す式を得なければ……』
ぼくの頭を見透かしたような新島博士は、けれどすぐには答えをくれなかった。
導き出す、式? 何のことか分からなくてクロヤを見るけど、クロヤの視線はまっすぐに博士だけに向けられている。
『クロヤ、君は……。そうか、ガーディアンを……いいや、もはや疑似サイバクルスとでも呼ぶべきものを作ったようだな』
「必要でしたので。この部屋に来るためにも」
『……。その行いに、私は何も言う資格を持たない。しかし、君にならいつか可能だとは考えていた。問題は、君がここをどう使うか、だが』
新島博士の言葉を聞いて、クロヤはほんの少し表情を曇らせた。
期待していた答えとちがったんだろうか?
「……使い道はカンタンですよ。事態の収束と、権限の奪取です」
けれどクロヤは、またすぐに口を開く。
「この部屋のAIなら、ご存じのハズです。既にバグクルスは我々人間への攻撃を開始している。これを直ちに抑え、父に……貴堂ゴウライに全ての責任を負わせる」
「え、お父さんに!?」
「この事態を引き起こしたのは、貴堂ゴウライだと言っても過言ではありませんからね。社長として、責任を持つのは当然でしょう?」
「ま、まぁ……そうだけど……」
バグクルスの攻撃のせいで、ショウや多くのプレイヤーが自由を失っている。
その責任はKIDOがちゃんと受け止めるべきだ、とぼくも思うけど……
『……。それは、私の……本物の新島のためか、クロヤ?』
「否定は、しません。無意味ですから。……けれど、貴方が新島博士の思考をトレースしたなら、この世界を守るために、何をすべきかは分かるでしょう?」
『……良いだろう。だが情報の共有は、綱木ユウトとライオクルスに対しても行う。問題はないな?』
「ええ。彼らもそれを望んでいますから」
クロヤはちらっと横目でぼくを見る。
確かに、ぼくはこの世界について色々知りたいことが山積みだ。
「で? 何を教えてくれるニャゴ?」
ふわぁ、とあくびをしながら、ニャゴは尋ねた。
*
この世界がシミュレーターだった、というのはクロヤにも聞いていた。
人間の新天地として、新しい星を電子上で再現する。そのためにサイバディアが生まれたのだ、と。
『開発には長い年月と予算が必要だった。
しかし、もしその時が来れば、世界の創造者は多大な権利を得る事になる。
……KIDOは、それを狙って私に研究を持ちかけてきた』
お互いにとって、悪い話ではなかったらしい。
新島博士は研究に没頭できるし、KIDOはその過程で生み出された技術で様々な製品を作ることが出来る。
『そして私は、まず原初の地球と原始的な生物を再現しようと試みた』
新島博士は、一つの星を生命の誕生から作り上げていこうと考えたのだ。
当然、最初は上手くいかなかった。計算は何度も狂い、プログラムした生物は滅ぶ。多くの失敗を繰り返す中……
『遂に我々は、成長する生物を生み出す事に成功した』
周囲の環境の変化に適応し、少しずつ性質を変えていく生物。
新島博士は、その生物たちに、地球上の生物の情報を与えていった。
『コンピュータというフラスコの中でのみ生きることのできる、疑似生命。錬金術における人造人間『ホムンクルス』から名前を取り、『サイバクルス』と名付けた』
サイバクルスの研究は、それからゆっくりと進んでいくはずだった。
……けれど、その時点で、研究の開始から十年の年月が経っていて……
『貴堂ゴウライは成果を焦った。未完成のサイバディアを、ゲームとして売り出す事を提案した。私は反対したが……』
その時点で、既にVRでサイバディアとつながることは可能だった。
サイバディア上で何かを生み出す事も。……人間の新たな遊び場とするには、十分な成果が出来上がってしまっていた。
『問題はサイバクルスだ。彼らはサイバディア特有の生物だが、人間に慣れてはいない上……個体差が大きく、データの改変が難しい』
人間がサイバディアに降り立っても、そのデータをサイバクルスが攻撃し、破壊してしまう。生物としてのシミュレーションが、ゲームとして考えた際の足かせとなった。
結果……人の手による、脅威となるサイバクルスの削除が提案された。
『一括の削除は技術的に困難であったから、人はサイバディア上に拠点を構え、周辺の危険なサイバクルスを一体一体破壊していった』
だが、その過程を見て新島博士は感じてしまった。
自ら産み出した命が、消されてしまっているのだ……と。
『オリジナルの私には、それが耐えられなかった。
だから、サイバディア上にいくつかの制約プログラムを走らせ、多くの記録を隠ぺいした。人間が一方的にサイバクルスを削除できないように』
そのルールとは、『サイバクルスはサイバクルスによってしか倒すことが出来ない』というものだ。
それによって彼らの身の安全を守ろうと考えたのだ。
新島博士にとっては、人生をかけた抗議でもある。
だが……結局は、全てが遅かった。
『かつてない脅威を感じたサイバクルスの中に、急激な成長を遂げる存在が現れたのだ。……或は、人間というデータがサイバディア上に出現した事、それ自体が原因かもしれないが……』
一匹のサイバクルスが、知恵と言葉を獲得した。
人間に一族を滅ぼされた。その経験をキッカケとして。
後にヴォルフと呼ばれるその個体を皮切りに、サイバディア上には何体かの進化クルスが観測され始める。
『彼らにとって人間は、自らの命を脅かす脅威だ。その性質は既に、私が手に負える状態ではなくなっている。衝突は避けられない』
実際に、ヴォルフは仲間を集め、人間の村々を襲った。
それは全て予行演習に過ぎないだろうと、新島博士は語る。
『人類の拠点である、街の破壊。
それを成し遂げるまで、彼らは戦いを止めないだろう』
【続く】
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