プライドとクワガタ・4/幕間04

 ニャゴのツメを、ヴォルフは紙一重でかわす。

 反対に、ヴォルフのキバをニャゴは軽いステップで避けていく。


 ニャゴとヴォルフのスピードは、ほとんど互角だ。

 だけど……パワーがちがう。ヴォルフには制限時間も無い。


 このまま勝負が長引けば、ニャゴに勝ち目は……ない。

 だけど、今ニャゴを助けられるサイバクルスはいない。ガタ之進はハサミを折られてしばらくは動けないし、ナイトクルスも、逃げ回るクラックに手を焼いている。


「何故、何故、何故そんな選択が出来るのだライオッ!

 我らを滅ぼし得る脅威に、何故背を見せ力を貸せるッ!?」

「オレがそう決めたからだよ、何度も言わせんな! テメェの事情なんざオレの知った事じゃねぇし、テメェの見たモンが全部正しいわけでもねぇッ!」


 地を蹴り、風を切り、気を抜けば見失ってしまいそうな速さで攻防を繰り広げながら、ニャゴとヴォルフは互いに吼える。

 ヴォルフは叫んでいた。人間はサイバクルスを滅ぼす存在だと。

 ぼくはヴォルフが言っていたような事実を知らない。

 本当に、人間がウルフクルスを滅ぼそうとしたの?

 ……でも、これはゲームで……そんな事をする意味はないし、そんな事が出来てしまう理由もない。

 だってゲームなら、運営の方でいくらでも調整出来るハズで……


(……なんか……なんかが間違ってる気がする……)


 自分の考えていることも。ぼくの知っている事実も。

 分からない、と思うのは何回目だろう? ぼくはこの世界の事を、何も……


「ユウト! 集中しろ! やられちゃ話になんねぇぞ!」

「う、うんっ……ごめん、ニャゴ!」


 深呼吸して、余計な考えは捨てる。

 ヴォルフの言ってる事は気になるけど、今はまず、この村を守ることが大事だ。


 *


(ああ、なるほど)


 綱木ユウトとニャゴがヴォルフと交戦している中。

 貴堂クロヤは、ヴォルフの叫びを聞き、納得していた。


(あの時の生き残り。それで動機は理解した。証拠は後で確保するとして……)


 算段を立てながら、貴堂クロヤはウィンドウを操作する。

 ナイトクルスの体力には余裕があった。攻防共にクラックを上回っており、よほど油断しない限り負けはない。

 ……ただ……


「アアア! 止めてクダサイ! 武器はズルイ!」

「……」


 ぶぉんっ。黒い残像を描く大剣を、クラックは持ち前のジャンプ力や糸を使った防御で受け流していく。

 逃げの一手。クラックはナイトに一切攻撃を加えず、ひたすらに回避に専念していた。

「厄介ですね。自分の立場を良く理解している……」

 クラックは、この戦いにおいて絶対に放置できないコマである。

 なぜなら、彼は何らかの方法で人間のアバターを操り、配下のバグクルスを回復させることが出来るから。

 だが、現状はどうだ。数の不利は変わらず、ヴォルフという危険なコマがライオクルスを抑え、あまつさえ倒そうとしている。


(ライオが倒されれば、天秤は一気にバグクルスに傾く……)


 ヴォルフを抑えられるコマが、この村にはいない。

 ヴォルフを倒すには、ライオだけでは不足している。

 だがクラックを抑える必要がある以上、ナイトは援護に出せない。


「ヒャアアッ! ダメですヨォ、ワタシのような者に本気を出してはァ……あっという間に死んでしまいマスゥ……!」

「……はぁ」


 クロヤはため息を吐く。

 クラックの泣き言も、あるいは自分に意識を向けるための戯言だろうか?


(どちらにせよ、バグの思惑に乗せられるのは気分が良くないですね)


 ならばどうするべきか?

 決まっている。ヤツらが、思惑通りに進んでいる、と油断している間に……

 次に向けて、布石を打っておくのだ。


 *


「噛み潰す! ヒトの作りし一切と、ヒトに味方する同胞を!」


 ヴォルフは怒りに任せ、弾丸のようにニャゴへと迫った。

「ニャガっ……ぐ……」

 ニャゴはわずかな差でそれを避けていたが、少しずつ、無理が出てくる。

 肩が。額が。ヴォルフのツメをよけきれず、ダメージを負ってデータを溢れさせる。

 そのたびに、ぼくは回復アイテムを放ってニャゴを手助けするけれど、ニャゴがヴォルフに重い一撃を与えられない以上、時間の問題だ。


「無様、かつ惨めだぞライオ! ニンゲンなどの味方をしなければ、そのような苦しみなど無縁であったろうに!」

「はぁっ!? 攻撃してんのはテメェだろヴォルフ! 第一誰か苦しんでるってんだよッ!」

「勝てぬ戦いを強いられ、傷ついても倒れる事を許されない。それが苦しみでなくなんだ? 我らと共にあれば、そうはならなかったものを!」

「ざっけんなよクソッタレ! 誰が勝てねぇって!?」

「勝利の見込みがあるとでも? そこのニンゲンがキサマに何かしてくれると?」


 ギロ、とヴォルフは嫌悪の眼差しをぼくに向ける。

 ……確かに今のぼくは、ニャゴを回復させる以外何も出来ていない。

 ニャゴやヴォルフの速度に、ぼくの指示が入り込む隙も無いんだ。


「ハッ。じゃあユウト、テメェに聞くぜ! もう諦めてるか!? 勝てねぇと、思いこんじまってるか!」

「……ううん。絶対勝つよ。何としてでも」

「愚かな。そんな妄言に付き合う必要が何処にある?」


 ヴォルフはぼくをバカにして笑う。

 まぁそりゃ、良い手の一つも思いつかないで何言ってんだって話かもだけど。

「ニャゴがぼくを信じてるなら、ぼくもニャゴを信じて諦めないよ」

「……っっ」

 ぼくの答えに、ヴォルフは不愉快そうに牙をむく。

「ニンゲンの信頼など無用。それはサイバクルスを利用するための讒言に過ぎぬ。そこのクワガクルスとてそうだ。ニンゲンの蛮勇さえなければ誇りを折られることも無かった」


「……それは違くない?」


 途中、ちょっと分かんない言葉もあったけど……

 ……言いたいことは何となく伝わった。要は、斬鉄さんとガタ之進の選択が間違いだった、って言いたいんだろう。

 けど。誇りを語るなら、それは間違いだ。


「この村が、斬鉄さんやガタ之進の誇りなんだよ」


 同じものを好きな人同士が集まって、人間とサイバクルスが力を合わせて一から作ったのが、この鍬形村だ。

 ヴォルフは人間を嫌っているみたいだから、それが気に入らないのかもしれないけど……


「ハサミが折れたって、この村さえ守れれば、誇りは折れないよ」


 戦場に転がった二本のハサミに目を向ける。それを折られた時のガタ之進の気持ちを思うと、辛くて仕方ない。……でも、まだだ。

 ちらっと後ろを振り向く。ガタ之進と斬鉄さんが、ぼくを見て頷いた。

 まだ、二人の心は折れてない。


(……あっ)


 不意に、思いついた。

 そうだ、これならまだ届くかもしれない。


「ニャゴ! 斬鉄さんと、ガタ之進の想いだ! それを受け取って戦うんだよ!」

「ニャガ? ……ああ、分かった!」


 ぼくの指示に、ニャゴはにやっと笑って頷いた。

「バカな。想いなどでこの状況が覆るとでも?」

「やってみなきゃあ分かんねぇな、それは!」


 ダンっ! ニャゴが地を蹴り、ヴォルフに飛び掛かる。

 でも、浅い。ヴォルフはカンタンにそれをよけ、体当たりでニャゴを吹っ飛ばす。

「息が上がっているぞ、ライオ。もう限界なのでは?」

「さぁー……なっ!」

 ニャゴはヴォルフの周りを走る。

 ヴォルフはその場に立ち止まって、ニャゴの動きを見定めた。

 そして……たんっ! 飛び込んできたニャゴを、やはりヴォルフは体当たりで吹き飛ばす。

「何度やっても意味はない。次は噛み潰す」

「……っっ」

 答えるほどの力も、もうニャゴには残っていなかった。

 あと一撃が、限界だろう。それでもニャゴは、にやっと笑って見せた。

 再びニャゴは走る。荒い走りは土煙を巻き上げ、身体は何度もふらついて。


「下らん。それ以上苦しまぬよう、我が終わらせてやる」


 そんなニャゴに、今度はヴォルフが飛び掛かっていく。

 口を大きく開き、立ち並ぶキバがニャゴに迫る。

 ……でも。


「それを待ってた」

「……っ!?」


 ずざぁっ! ニャゴが爪を立て、その場に急停止する。

 ヴォルフの身体は眼前に迫り、もはやよける事は出来ない……

 目を逸らしたくなる気持ちを必死にこらえ、ぼくは手を握り締めた。

「ニャゴ、いけぇっ!」

「あんがとよ、ユウト。……ちゃんと……全部、!」

「なっ!?」


 ガチン! ヴォルフのキバが空を噛む。

 ニャゴの身体は、ヴォルフの真下。

「時間切れニャゴ。ちょうどよく、ニャゴな!」

 攻撃の瞬間、ニャゴはネコクルスに戻ったのだ。

 小さな体はヴォルフの狙いから外れ、そして……


「……っ、、はっ!」

「テメェがへし折った気になってた、ニャゴ!」


 ザンッ!

 ニャゴは、口にくわえたで、ヴォルフを斬る。


「ぐっ……がぁぁぁッ!?」


 ずざぁっ。体勢を崩したヴォルフが、土埃を上げて倒れこむ。

「クソ! クソ! なんだと言うのだ! 誇りだと!? そんなもの……ッ!」

「……チッ。まだ足りねぇニャゴか」

 ヴォルフはだけど、やられてはいない。すぐに立ち上がり、憎悪のこもった眼でぼくとニャゴをにらみつける。

 深手は負わせた。でもネコクルス状態で戦えるか?


「ヒャアア」


 焦りを感じた所で……甲高い間抜けた声が、辺りに響いた。


「うでッ! 腕が斬られマシタッ! ヴォルフ様ァ!?」


 見れば、クラックの腕が一本減っている。

 ……六本腕のうちの一本、だけど。


「黙れ。キサマの腕など後でいくらでも見繕みつくろえば良い」

「アアッ!? そうでシタァァ! 次はどんな腕にしようカナァ!?

 ……って、アレレェ、ヴォルフ様もケガなさってルゥゥ!?」


 驚くクラック。ヴォルフは不愉快そうに溜め息をつく。

「では回復ッ! 回復させませントッ!」

「不要だ。ここは退く」

「でもでもォ、必要なコトなのデェ……?」

 すす、とクラックは残る腕を操作する。

 と、木の陰から更にもう一人のアバターが現れ……


「……え……」

「回復! 回復!」


 クラックの操作に従って、アバターはウィンドウを動かす。

 たちまち、ヴォルフの傷は回復して……

「チッ。やっべぇニャゴなこれ。どうするニャゴ、ユウト?」

「……いや……ウソでしょ……だって……」

「……ユウト?」


 頭が真っ白になっていた。

 ふらふらと、ぼくはそのアバターの元へ歩いていく。


「余計な真似を……もう行くぞ、クラック」

「ハイィ!」


 ヴォルフとクラックが、アバターや生き残りのバグクルスを引き連れ去ろうとする。ダメだ。行っちゃダメだ。


「待って! 待ってよ!」

「っ、おい、やめとけ!」


 駆け出そうとしたぼくを、誰かが止めた。

 止めないでほしい。振り払おうとぼくはもがくが、その間にも彼はどんどん進んで行ってしまう。


「待って……ねぇ! ぼくだよ、ユウトだよ!

 聞こえないの!? もどってきてよ……っ!!」


 本当は分かってたハズなんだ。

 クラックがアバターを操っているのを見たときに。

 でも……本当に目にすると、ぼくは自分が思っていた以上に取り乱してしまって、自分がどうしていいか分からなくなって。


 ……ぼくの友だち、ショウは。

 クラックたちの手に落ちていた。


【続く】

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