プライドとクワガタ・3

「だらぁぁっ!」


 斬鉄さんを乗せたガタ之進が、キジのサイバクルスをつかみ敵群に投げつける。

 砂ぼこりを上げて乱れた陣形にニャゴが飛び込み、炎の爪でバグクルスを叩く。

 周りでも、村人たちとパートナークルスがバグクルスと戦っている。


(数は向こうの方が多い……けど……)


 村の人たちは、協力して確実に相手のクルスを減らしていた。

 一対一なら強力なバグクルスだけど、二対一や三対一に持ち込めば確実に倒せる。そうやって数を少しずつ減らしていけば、いつか逆転できるハズ。

 ……だと、思ったんだけど……


「ヒャヒッヒ!? 苦戦! 苦戦デスネェ!?

 アア悲しい。仲間が倒れるノハ悲しいデスヨォォ……」


 涙をぬぐうような動作をしながら、手を叩き腹を抱えるクラック。

 相変わらず不気味だ、と思っていたら、クラックは突然六本の腕を開いて……


「――ナノデェ、を使わせてイタダキマスヨォッ、フフフゥーッ!」


 クラックが指を動かすと、森の陰から何人もの人間が姿を現した。

「チィ、プレイヤーが隠れてやがったか!」

「まって斬鉄さん。様子がおかしいよ。これって……」

 現れた人間は、みんなうつろな目をしていた。

 彼らは、ふらふらした足取りでクラックの近くに集まっていく。

 ……人形。やっぱり、クラックは人間のアバターを操っている……?


「サァサァ、皆様! 一方的にィ? 我々を倒せるナドトォ? 思っていたりはしませんデシタカァァァ!?」


 村人たちに向け、甲高い声を張り上げるクラック。

 ヤツがまるで指揮者みたいに無数の腕を振り回すと……周囲のアバターたちは、一斉に青いウィンドウを開いた。

 まさか!? 驚く間もなく、アバターたちはウィンドウを操作し……


 傷ついたバグクルスたちを、回復し始めた。


「チッ。かったりぃマネしてくれるじゃねぇか!」


 再び起き上がりだしたバグクルス。一気に囲まれたニャゴは、怒鳴るように叫ぶ。このままじゃマズい。と、斬鉄さんは「任せな」とぼくに言う。

「キィィィー!」

 ニャゴの周りのバグクルスを、ガタ之進が蹴散らしながら進む。

「乗んな! ……は無理か。つかまれ!」

「1人用なんじゃなかったか?」

「うっせぇ!」

 ニャゴはガタ之進の足につかまり、敵の包囲から抜け出す。

「っかしこりゃヤベぇぞ。こっちも回復はしてるが……」

 数の差が減らない。その上、バグクルスたちは少しずつ前進してきているから……退きながら戦うにも、限界がある。

 もしそれ以上退けない位置まで来てしまったら、あとは乱戦だ。そうなったら数で負けてるこっちに勝機は……


「なら、大元を叩けば良いのです」


 焦るぼくらに、貴堂クロヤは言い放った。

「あのスパイダークルスがアバターを操っているのなら、アレさえ倒せば補給は切れます。まだ戦える。そうでしょう?」

「でもクラックは後ろの方にいるよ。どうやって近づくつもりなの?」

 正面から突っ切れる状況じゃないし、空のクルスも回復されている。

 クラックの近くまで寄る手段が、ぼくには思いつかなかった。

 けれどクロヤは、平然としてこう答える。


「単純な話ではないですか。迂回うかいすれば良いのです」

「……えっ、なに、どういうこと?」

「すでにナイトを走らせています。もうそろそろ……」


 クロヤの視線が、森の片隅に向けられる。

 釣られて見てみると……ずぁっ!

 茂みを破壊しながら、黒い騎士が敵陣の後方へと飛び出していった。


「ヒャッ!?」


 ザンッ! 騎士の大剣が、クラックに振り降ろされる。

 だがクラックは短い悲鳴を上げながらも、糸を盾にしてその剣を防いだ。


「アーララララ、ビックリしましたヨォ~?」

「……」

「無口ッ! お話キライな方デス? 照れ屋サンだったり――キヒャァッ!?」


 騎士の蹴りがクラックを吹っ飛ばす。

 その雰囲気は相変わらずだけど、なんか見た目が前と違ってる気がする。

「ナイト。その害虫を駆除しなさい」

「……」

 クロヤの言葉が聞こえているのかいないのか、とにかく騎士は剣を構えなおし、クラックが起き上がる前に再び斬りかかっていく。

「ヒャアア! 恐ろシイ!」

 だけどクラックは無数の手足を使って高く跳ね上がり、それを避けた。

 人間みたいな手足だけど、あれで機動力があるみたいだ。

 ……とにかく、これで回復の手は止められた。

 あとはバグクルスの数を減らしていければ、なんだけど……


「……無様。無様だぞクラック」

「ヒィィ、ヴォルフ様! でもォ、あれ強いデスヨォ? ヨォォ?」

「どちらでも良い。少しは自分の力で戦ってみせろ」

「そんなァ……」


 クラックに冷たく言い放つのは、黒いウルフクルス。

 その目線が、不意にこちらへ向けられた。

 間にはたくさんのクルスがいて、距離もあるのに……

 その眼ににらまれた途端、ぼくの背中がぶるっと震える。


(……クロコクルスの時より、怖い……?)


 足がすくむ。目が離せなくなる。

 ヤバい、完全にビビってる……


「ユウト! どこみてやがる!」


 だけど、その感覚は、ニャゴの一声で消えた。

「今更ビクついてんじゃねぇ! やる事あんだろ!」

「う、うん……そうだよね!」

 ぐっと拳を握る。そうだ、ぼくはショウを助けたいし、ニャゴのデータを取り戻したいし、この村も守りたい。ビビってる場合じゃない。

 それに、ぼくにはニャゴがいる。クロコクルスの前で動けなくなってた頃のぼくとはちがうんだ。


「……やはり、情けないなライオ。ニンゲンに尾を振ってどうする。ニンゲンなどに従ってどうする。牙を抜かれ、いずれ捨てられるだけだぞ」

「あ゛あ゛? 誰が従ってるって? ざけんなよ犬っころ。これはオレの意志だ」

「であればその意志は歪んでいる。腐っている。あるべき形に戻せないというのなら、もはや噛み潰す他ない」


 静かに、けれど不思議と通る声で、ヴォルフはニャゴに語り掛ける。

 言い聞かせるように。お前は間違っていると、教え込むように。


「キサマの事だ。我の言うことなど聞きはしまい。死したる瞬間まで己の間違いに気付く事も無いやも知れぬ。故に、その前に……我が」

「下らねぇ。テメェの演説好きも変わらねぇな。スパっと言えよ、『テメェが気に入らねぇからブッ潰す』ってよ」

「……然り」


 吐き捨てるようなニャゴの言葉に、ヴォルフは頷いて……


 ダンッ! 黒狼が地を蹴った。瞬間、並み居るバグクルスの群れを飛び越えて、ヴォルフのキバがニャゴの眼前に迫る。

「ハッ。分かりやすいのは大好きだッ!」

 ニャゴはタンッとバックステップ。鼻先でキバをよけると、今度はその勢いでツメのカウンターを狙う。

 だがヴォルフは姿勢を低くし、振り上げた前脚の下にもぐりこむと、ニャゴの身体を下から突き飛ばす。

「ニャッ……」

「端的な発想を好むのは、キサマの思考が未熟だからだ」

「バカだってんだろ! 二文字で済むんだよバカが!」

 ずざ。地面に爪を突き立てて、ニャゴは素早く体勢を整える。


「ネコ太郎! 加勢するぜ!」


 と、ガタ之進と斬鉄さんが、攻撃直後のヴォルフへと突撃していく。

「ガタ之進、剛断刃ごうだんば!」

「キィィッッ!」

 必殺のハサミがヴォルフの身にせまる。けれどヴォルフは驚きも焦りもせず、ただ上体を持ち上げ……


「失せろ」


 ガギンッ! 両の前足でガタ之進のハサミを踏み潰し、へし折る。

「キ、キ……!?」

「ガタ之進!? こっの……クソオオカミっ!」

 激怒した斬鉄さんがヴォルフに殴りかかるが、ヴォルフはその腕を、小枝のようにかみ砕く。

「っっ……!?」

「テメェもバカ! 逃げろ!」

「キィィ……っ!」

 ニャゴが叫び、ガタ之進は急上昇する。

 ヴォルフは斬鉄さんをにらみつけ、一瞬上体を低くするが……

「テメェの相手はオレだろうがッ!」

 そこへニャゴが飛び掛かっていく。だんっと地面を蹴って横に跳ぶヴォルフだが、その肩の毛皮に三筋の傷が刻まれる。

「すまねぇ、ネコ太郎!」

「オレはニャゴだっつってんだろ!」

「……! ああ、そういう意味かアレ!」

 前にニャゴニャゴ言ってた時、ホントに意味が分かってなかったらしい。

 さておき、今一瞬でもニャゴの攻撃が遅ければ、多分ヴォルフはガタ之進と斬鉄さんを倒してしまっていた。


 パワーもスピードも、ライオと同じくらいかそれ以上だ。

 そして多分、ヴォルフには時間制限がない。


(……どう、しよ……)


 ナイトクルスはクラックの相手をしている。

 ガタ之進はしばらく戦えないだろう。他の村人はもっての他。

 ニャゴだけで、あのサイバクルスと戦えるか?

 ……ちがう、ニャゴだけじゃない。ニャゴとぼくとで、だ。

 ちら、とニャゴが横目でぼくを見る。ぼくはこくりとうなづいて、作戦を考えた。なにか、あるはずだ。この状況を変える手が。


「ああ……気に食わぬ。なんだその眼は? ニンゲンと心が通じているとでも思っているのか、キサマは?」


 だけどヴォルフは、そのわずかなニャゴの動作を見て、雰囲気を変えた。

 そして続けられた言葉が、ぼくの思考を一瞬止める。


「情けないを通り越して腹立たしい。言ったハズだぞライオクルス。伝えたハズだ……知らしめたハズだ……! ニンゲンと我々は相容れぬ……!

 いずれは多くのサイバクルスが、……ニンゲンによってととなるのだぞッ!」


 滅ぼされる……?

 それ、どういうこと……?


【続く】

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