プライドとクワガタ・2
ぶぅぅぅん……
クワガクルスの羽音が頭上に響く。
ニャゴは姿勢を低くして、上空のクルスをにらみつける。
「何だァ? ずいぶん弱っちそうなヤツだな!? 尻尾巻いて逃げんなら今のうちだぜ! まぁ逃がすつもりはねぇけどな!」
「あ゛あ゛!? ……ユウト! もっと強そうな顔しとけニャゴ!」
「いやぼくじゃないでしょ絶対!? っていうかそうじゃなくて!」
「っっ!? コイツもベラベラしゃべりやがんのか! やっぱアイツらの仲間だな、ぶっ潰すッ!!」
「どっちも話を聞かないんだけど!?」
ぼくは助けを求めてクロヤを見るけど、クロヤは肩をすくめるだけだ。
「それよりユウト君、来ますよ?」
「えっ、あっ、ニャゴ、避けて!」
「ニャガっ」
ぶぅぅん! クワガクルスは急降下してニャゴをつかもうとする。
ニャゴはタンっと横に飛んでそれを回避。クワガクルスは勢いそのまま木に激突……かと思いきや、ガギンっ!
「……うっそでしょ、何あの切れ味……」
クワガクルスのハサミが、木をカンタンに真っ二つにしてしまう。
あんなの、一撃でも食らったら……
「ハッハッハー! ガタ
「キュィィーーッ!!」
クワガクルス、ガタ之進が甲高い声を上げる。
ばだんっ。音を立て、切断された木が倒れた。
ガタ之進はまた上昇して、上からぼくたちに狙いをつける。
「待ってよ、話を聞いて!」
「うるせぇうるせぇ! そうやって隣村のやつらをダマしたって知ってんだぞオレぁ! しゃべるサイバクルス、つまりは敵だッ!」
「ユウト、コイツ話通じねぇニャゴよ。ブッ倒すしかねぇニャゴ」
「おう、そのネコ野郎の言う通りだ!」
なんでそんなとこだけ意見が合ってるの……
……とにかく、戦いながら話を聞いてもらうしかないみたいだ。
「クロヤも突っ立ってないでナイトクルス呼んでよ!」
「必要になれば使いましょう。今は……少し、都合が悪いので」
無理だと感じれば助力しますよ、と言ってクロヤは一歩下がった。
今は手を貸してくれないみたい。みんながみんな自分勝手だ。
「なんでこんな事に……」
「不満なら、テメェの勝手を通すしかねぇニャゴな。実力で」
「分かったよ……指示を出すから、よく聞いてね」
「ニャゴ!」
空を飛ぶクルスとの戦い方は、大体決まってる。
下降した時を狙ってカウンターだ。
ただ、カウンターするにもハサミの範囲は広いから……
「ニャゴ、この作戦いける?」
「やったるニャゴ」
「お祈りの時間は終わったか!? じゃあ真っ二つにしてやるぜ!」
ガタ之進が、またニャゴを狙って急降下する。
ニャゴは姿勢を低くして、それを待ち受けた。
「あン? やられる覚悟が決まったか!?
ならちょうどいいぜ……ガタ之進、
「キュイキュィーーッ!」
鋼鉄のように煌めくハサミが、ニャゴへと迫る。
食らえばたちまちやられてしまうだろう。……けど。
「ニャゴ、今だ!」
「ニャッ!」
ガギン! ガタ之進のハサミは空を切る。
「消えたっ!? チクショウどこ行きやがった!?」
「キュ、キュ……!?」
とまどう男とガタ之進。
ぼくはスキルウィンドウを操作して、ニャゴへと声を張り上げた。
「行けるね、ニャゴ!?」
「当然ニャゴ!」
「はっ……テメェいつの間に!?」
男が振り返る。
ニャゴは、男の背後……つまりはガタ之進の上にいた。
「乗り心地は悪ぃニャゴな?」
「ったりめぇだ、オレ専用1人乗りだぞ! 降りろ!」
「うるっせぇニャゴ。すぐ落とすから安心するニャゴ」
「はっ……?」
「ニャゴ、
「のわっ!?」
ガタ之進の上で、ニャゴの身体は炎に包まれる。
変化の勢いで、ガタ之進はふらふらと左右に揺れ……ずんっ!
ライオクルスの重みで、一気に地表へと落ちていく。
「は、へ、姿が……!?」
「……。誰が弱っちそうだって?」
じろ、とニャゴが男をにらむ。
自分が言われたって分かっってんじゃん!
「ニャゴ、
「ニャガ」
ばしっ! ひっぱたくような炎の一撃で、ガタ之進は地面に激突した。
ずざぁっと砂を巻き上げ、男もガタ之進から振りおとされる。
「クソっ……ガタ之進、大丈夫か……」
「キュイ……」
「負けちまった……オレたちの村が……」
悔し気に地面を叩く男。
とりあえず、誤解だって分かってもらおう……
*
「いやーはっはっは、悪かったなカン違いして!」
事情を説明すると、男は大笑いしながらぼくの肩を叩いた。
「でもよ、しゃべるサイバクルスなんか連れてっからだぜ?」
「テメェは他のしゃべるクルスを知ってるニャゴね」
「ああ。……隣村が潰されるとこ、見てたからな……」
「キュイィ……」
簡素な村の中、大男は丸太に座り、肩を落とす。
ユーザー名は斬鉄。この
「最近、近くの村の様子がおかしいって人づてに聞いてよ。確かめてみるかってガタ之進と出かけたら……」
「しゃべるサイバクルスがいた? 手足が多くて声のうるさい……?」
「ああ、ンなのもいたな。あとはやたら狂暴なサイバクルスの群れと……ぼんやりした話の通じねぇプレイヤーたちだ」
もしかして。ぼくが目線を向けると、クロヤはこくりとうなづいた。
やっぱり、クラックたちはプレイヤーのアバターを利用している?
「しゃべるクルスは蜘蛛だけニャゴ? 他に……黒いやついなかったニャゴ?」
「ああ、忘れるわきゃねぇ。あれはウルフクルスだな。アイツが……」
黒い毛皮のウルフクルスが、村のサイバクルスを次々と倒し、村の建物を破壊していった……斬鉄は、そう語る。
「オレたちも加勢したんだがよ。多勢に無勢だ。その村のやつも、もうあきらめろっつって、オレを逃がして……」
しばらくして戻ってみると、村は焼け、プレイヤーの姿は無くなっていた。
村民とも連絡がつかないという。
「……。なぜ運営に報告しなかったのです?」
「バグだなんて思わねぇだろ。どっかのクソプレイヤーが暴れてんだと思って、だったらオレたちがぶっ潰してやろうって……なぁ?」
「キュイ!」
そこにぼくたちがやってきて、敵だとカン違いした……ということらしい。
まぁ確かに、そんな状況なら気が立っててもおかしくないよね。
「とにかくオレは許せねぇんだ! どこの村だって、みんなで……プレイヤーとサイバクルスが力を合わせて一から作ったモンなんだ。
それをぶっ壊すだなんてよ……!」
ぱんっ! 斬鉄は手のひらに拳を打ち付ける。
「この村だってそうだ! 虫好きのプレイヤーが、虫のサイバクルスを観察するために作った拠点だ……絶対に守り抜いてやるぜ……!」
言われてみると、村にいるプレイヤーはみんな虫系のサイバクルスと一緒にいた。クワガクルスやカブトクルス、ドクガクルスに、……ほかにも、よくわからない種類の虫クルスたち。
「ニャガ……ここのヤツらは、みんなサイバクルスが好きニャゴな?」
「ああ。どいつもこいつも引くくらいの虫クルス好きだぜ!」
「分かったニャゴ。……ユウト」
「うん。元々そのつもりで来たんだし……みんなでこの村を守ろう!」
クラックたちの思い通りにはさせない。
それに……操られてるアバターも、どうにかしないと。
「よっしゃ、それじゃ頼むぜネコ太郎!」
「ニャゴはニャゴニャゴ!」
「なんだニャゴニャゴ言って。……あン?」
カンカンカンカン!
ぼくたちが協力を申し出たその時、村の見張り台から、大きな鐘の音が響いた。
「……来たか。行くぜガタ之進!」
「キュイ!」
斬鉄がガタ之進の上に乗る。
来たんだ、バグクルスの群れが。
ぼくたちと村民は、村の外で敵を待ち受ける。
やがて、道の向こうから、ぞろぞろと無数のサイバクルスたちが姿を現し始めた。
「――アララララ? ライオクルスサン? またお会いシマシタァ!?」
その中には、あのクラックの姿もあって……
ぐるぅ、とニャゴが牙をむく。
「どうしまショウ? ヴォルフ様?」
「……決まっている。我らの敵は噛み潰すのみ」
「デ・ス・ヨ・ネェェ!?」
ヒャヒャヒャ、とクラックが無数の手足を叩いて喜ぶ。
彼のとなりには、黒い毛皮をまとった、重苦しい気配のサイバクルス。
「久しいな、ライオ。情けない姿だ」
「テメェに言われたかねぇニャゴよ……ヴォルフ!」
そうか、と理解する。
何度か聞いた名前。クラックたちを率いて、ライオクルスだったニャゴに深手を負わせたもう一体のしゃべるクルス……
「キサマもいるなら都合が良い。手間が省ける。
……さぁ、我が群れよ。一切合財、全てを……噛み潰せッ!!」
おぉぉぉぉん……低く重く響く遠吠えが、戦の合図となった。
バグクルスと村民たちが、雄たけびをあげて地面を蹴る。
「いくよ……ニャゴ。
……
【続く】
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