鍬型村
プライドとクワガタ・1
「バグクルスが、プレイヤーを捕まえている……ニャゴか?」
ブロッサムクルスとの戦いを終えた後。
アリアさんから行方不明者の話を聞いたぼくたちは、ある仮説を立てた。
アリアさんが言うには、最近、色んな動画投稿者や有名プレイヤーが急に姿を消しているらしいのだ。
一人や二人なら、現実世界の都合だと言えるけど……それにしては、人数が多いし時期も近すぎる。
(プレイヤーが消えはじめた時期と、ショウがいなくなった時期も同じだ……)
それに、ブロッサムはアリアさんを狙っていた。
偶然で片づけるには、出来過ぎてると思う。
「アリアさんに花畑のこと教えたのも、クラックたちなんじゃないかなって思うんだよね」
「でもアリアに連絡するの、ニンゲンじゃなきゃムリニャゴよ?」
「うっ。まぁそうなんだけど……」
言葉につまって、ぼくはずずっと飲み物を飲む。
ストローから流れ込んでくる液体はコーラみたいだけど、味も香りも感じないから動きだけだ。
「それなら理由はカンタンですよ。バグは人間のアバターを利用しているのです」
と、そんなぼくたちのテーブルに、こつんと一つのカップが置かれる。
みると、貴堂クロヤがウソくさい笑みを浮かべて立っていた。
「喫茶店で作戦会議ですか。あまり用心深いとは言えませんね?」
「……テメェに用はねぇニャゴ。とっとと失せるニャゴ」
「手厳しい。情報を共有したいと思って来たのですが……」
残念そうに肩をすくめてみせるクロヤ。
そういう所が信用できないんだけど、わざわざ来たってことは何か知ってるんだろうか?
「……分かったよ、座って」
「ニャググ……」
ニャゴがイヤそうな顔をクロヤに向ける。気持ちは分かるし、ぼくもクロヤのことは好きじゃないんだけど……情報は、必要だ。
「ご理解いただけたようで。嫌われてしまっているのは悲しいことですが」
「ウソニャゴな!」
「ええ、まぁ」
「ニャガー!」
ほっとくとニャゴがガマンしきれなくなりそうだ。
ぼくは1人分ソファの奥につめて、さっきのはどういう意味なの、と問う。
「アバターを利用してるって?」
「言葉通りの意味です。バグクルスはどうやら、我々プレイヤーのアバターをハックして意のままに操ることが出来る」
クロヤはぼくの横に座り、さらりと言い放った。
「……。それ、ホントの話ニャゴ?」
「状況からの推察です。さっきの、行方不明者の件ですが……」
そして当然のように、クロヤは話題をぼくたちの話につなげてくる。
もしかして、ずっと聞いていたんじゃないだろうか……
ちょっと気味が悪いぞ、と思いながらぼくはクロヤの話を聞いた。
「消えたとされるユーザーを調べた結果、その多くが、ネイチャーエリアに出て行ったまま、ログアウトしていない……ということが分かったのです」
「ログアウトしてない? ずっとサイバディアにいるってこと?」
「ええ、もう何週間も」
ぼくの問いに、クロヤは頷いた。
この世界はVR空間だ。普通のゲームみたく、画面つけっぱなしにしておけるわけじゃない。なのに、何週間も?
「ユーザーの意志でないことは確かです。ですがバグ報告も無い。出来ない状況下にある、とするのが
「それで、なんでニンゲンの……アバター?を使ってることになるニャゴ?」
「一つは、アリアさんに宛てられたメール……
こちらの送信元が、消えたユーザーと合致しました」
やっぱり、クロヤはぼくたちの話を聞いていたみたいだ。
それどころか、もっと前から筒抜けだったのかもしれない。
「ねぇクロヤ。もしかして盗聴器とか仕掛けてた?」
「そんな大仰な。ぼくはただログを調べて音声データの一部をコピーさせていただいただけです」
「それを盗聴って言うんだよ!? 訴えたら勝てるよ!?」
「
微笑するクロヤにぼくは心底引いた。
必要な事にしか使っていませんよとクロヤは言うけど、気分のいいものではない。
「ご不満ですか。それでは今後は控えさせていただきますが……その分、定期的な報告をお願いしてもよろしいですか?」
「なぁこいつ引っ掻いた方がよくないニャゴ?」
「後でね。後で!」
店を出たらやってもらおう。
さておき、今はクロヤの話だ。
「もう一つは……まぁこちらもカンタンな話なのですが……
ボクが捕えたバグクルスのデータを
「え? パートナークルスがバグクルスになった、ってこと?」
「正確には、された、でしょうね。改造された。指示を受け入れ易いように」
「……気に入らねぇニャゴな」
けっ、とニャゴが吐き捨てるように言う。
人間はパートナークルスに指示を出す事が出来る。そのシステムだけを残して、自分達の命令を受け入れるように仕向けた?
だとしたら、それって……
「アイツらも十分道具扱いニャゴ。手ぇ組まなくて正解ニャゴ!」
そうだ。人間はサイバクルスを道具にする、なんて言っておいて……自分たちだって他のサイバクルスを操ってるじゃないか。
もやもやと、胸に嫌な気持ちが湧き出してきた。
(普通のサイバクルスだって、パッたんみたいに自分の感情を持ってる。なのにそれを操るなんて……)
ひどい、と思った。許せないとも感じた。
だけど同時に、ぼくは違和感も覚える。
「……なんでそんな事をする必要があるんだろう?」
同じサイバクルスを操ってまで、クラックたちは何を狙っている?
人間もサイバクルスも道具にしてまで、やらなきゃいけないことがあるの?
「ニャグ……」
ニャゴは何かを思い出すようにつぶやいて……だけど、何も言わない。
(何か知ってるのかな……?)
だけど言わないってことは、言いたくないか、今は言えないことなんだろう。
「バグの思考回路は迷走気味でしょうからね。ぼくにも分かりませんよ」
クロヤはそんなニャゴの状態に気付かず、ため息混じりにそう言った。
「……それで? 情報はそれで終わりニャゴ?」
ややあって、ニャゴはじっとクロヤをにらみつける。
クロヤは「いいえ」と首を振り、これが本題ですと続けた。
「次にバグクルスの現れそうな場所を、発見しました」
「……っ!? それを早く言えニャゴ!」
「情報の共有は重要ですので。何も知らずに行くより良いと判断したのですよ」
「それって、つまり……?」
「場合によっては、操られたアバターとも戦うことになるかもしれません」
貴堂クロヤは、笑みを崩さず言い切った。
*
ネイチャーエリアには、いくつかの村がある。
といっても、公式に作られたものではない。
プレイヤーたちが協力し合い、木を切り倒し草を刈って一から作るのだ。
「KIDOとしては面倒の種ですがね。
村の中には、限られた村民以外が近づく事を許さない村もある。
一応、プレイヤーが理不尽に他のユーザーの行動に制限をかけるのは規約違反らしいんだけど、村をつくると、そこが自分たちのテリトリーだと強く意識してしまう……らしい。
「んで、その村が消えたんニャゴね?」
「正確には、ユーザーの行動ログが拾えなくなりました」
それも、街から遠い村から順に消えていったらしい。
ぼくとニャゴは、クロヤの案内で『次に消えそうな村』へと進んでいた。
「すでに消えた村には、何体かバグクルスが残っていました。ですので、まだ残っている村で待機していれば確実に……」
話している途中で、クロヤは足を止めた。
それから、ニャゴの耳がぴくっと動く。
「なんか聞こえるニャゴな」
ぶぅぅぅん……
低い音は、何かの羽音のようで……
「なんだろう。虫?」
首をかしげた、その瞬間だ。
「それ以上近づくんじゃねぇぇぇッ!!」
バギギギギギギ!
男の声と共に、上空で無数の枝が折れる音が響いた。
思わず見上げると、そこには低い羽音を響かせる、一体のサイバクルス……
「おや、クワガクルスですね。メタリフェルホソアカクワガタに似ている」
「メタ……え、なに!?」
名前が長くてよく分からなかった。
けど、大きなハサミと光沢のある身体は、確かにクワガタみたい。
問題は、そのサイズが3m以上はあるってことと……
「てめぇら、また村をつぶしに来やがったんだな!
ゼッテー許さねぇぞ!! 真っ二つにしてやらぁッ!」
その背に乗ったプレイヤーに、大きなカン違いをされているっぽいことだ。
【続く】
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