毒の罠、水色の羽根・3


「ユウト!」

「うん! 限界解除アップデート、ライオクルス!」


 肉を瞬く間に飲み込んだニャゴは、炎に包まれてライオクルスへと変化する。

「わっ、姿が……!?」

「これがニャゴのホントの姿なんだ。アリアさんたちはこっちへ!」

 戦いをニャゴに任せて、ぼくはアリアさんを呼ぼうとする。

 けど……様子がちょっと変だ。


「ごめん、ユウト君。私、足……」


 よく見ると、アリアさんの足のデータが欠けていた。

 ブロッサムの不意打ちを、よけきれなかったんだ。

「じゃあ今行きますから、少しずつでも……」

「パッタ! パタタ!」

 花畑をかきわけて、アリアさんの所に向かう。

 足をひきずるアリアさんを、パッたんは心配そうに見つめていた。

「大丈夫だよ、パッたん。私もすぐ行くから、先に逃げて?」

「パ……パタ……」

 パッたんはアリアさんとブロッサムクルスを見比べてから……

 バサバサっと翼をバタつかせ、全速力で逃げ出した。

「あはは。怖がりなんだから~」

 アリアさんはそんなパッたんの背中を見送りながら、苦笑いする。

「まー私も怖いけど! 今すぐ逃げたい! ……って、うわっ!?」


 びゅんっ!


 逃げるアリアさんに向けて、ブロッサムクルスはまた根を放った。

 だが……ザンッ!

 その根は、アリアさんに届く直前で、ニャゴの爪に切りさかれる。


「オレを無視して攻撃なんか出来るかよ。臭いも考え方も甘ったりぃ!」


「ニャゴ! そのまましばらく持ちこたえられる!?」

「ったりめぇだろ! つーかブッ倒せば良いんだろうが!」


 がるる、とうなってニャゴはブロッサムとの距離を詰めていく。

 するとブロッサムも、狙いをニャゴに変えてきた。無数の根がニャゴの身体をあちこちから攻撃する。

 ニャゴはステップでそれらを避け、切りさき、前に進んでいく。

 ブロッサムクルスは厄介な相手だけど、どうやらニャゴの敵じゃない。

 大丈夫だ、と思ったぼくは、急いでアリアさんと合流する。


「肩貸します! 急いで退かないと。多分アイツ……」


 何度かの攻撃で、ハッキリした。

 ニャゴが言っていた通り、ブロッサムクルスはアリアさんを標的にしている。

 でも、理由が分からない。

 それはアリアさんも同じみたいで、戸惑った顔をしていた。

(とにかく、今は逃げないと。ニャゴもぼくたちを守りながらじゃ……)

 距離さえ取ればあとはニャゴがどうにかしてくれる……

 ……って、思ってたんだけど。

「ニャガっ……!?」

 ニャゴの驚いた声。

 振り向くと、ブロッサムクルスの身体から、何かの粉が噴き出ていた。

 花粉!? でも何で……っていうか、ものすごくイヤな予感がする……!

「ユウト! 急いで逃げろ! この粉……」

「えっ、うん……!」

 もわもわと広がって来る粉から逃げるように、ぼくたちは足早に進む。

 だけどアリアさんの足がダメになってるから、逃げきれない。


 ぶわっ……!

 花粉が、ぼくやアリアさんの身体を包んだ。

 その途端……がくっ。身体の力が抜けて、ぼくのヒザが地面についてしまう。

「あ、れ……なんで……?」


『警告! アバターがマヒ状態です』


 赤いウィンドウが視界端に現れる。

 ぞわ、と胸がざわついた。マヒ!? あの花粉はマヒ毒だったのか!

「あああ、動けないねっ……!? これちょっとマズいんじゃない!?」

「どっ、どうしよう……!?」

 アリアさんとぼくはすっかりあわててしまい、自由に動かない身体で必死にニャゴの方を振り向いた。

「ニャ、グ……」

「もしかしてニャゴも……!?」

「……ム、カ、つ、く! 自由に動けりゃ……クッソ……!」

 ぎり、と歯ぎしりして悔し気なニャゴ。

 ニャゴもマヒを食らったんだ。たしかこんな時、回復出来る道具とか……

「……無い! 全部肉に使っちゃった!」

 最優先がニャゴ用の肉だったから、他のアイテムを買うお金が無かったんだ。

 ちら、とアリアさんの方を見るけど……

「あはは……ゴメン、私も無い……回復薬ならあるんだけど……」


 要するに、打つ手がない。

 このままぼくたちは、ブロッサムクルスの養分にでもされてしまうんだろうか。

 頭が真っ白になりそうになった、その時……


「パタタタタぁ~っ!」


 遠くから、パッたんの叫び声が聞こえた。

「パッたん!? なんで!? 隠れてなきゃダメじゃない!?」

「パタ……パタタタぁ!」

 パッたんは何かを必死に訴えながら、こっちに向かって飛んでくる。

 何を言いたいのか、ぼくには分からない。多分アリアさんにも正確には分からない。でも……何をしたいのかは、分かる。


 びゅるるるっ!

 飛んでくるパッたんに向けて、数本の根が飛んでいく。

「パタぁッ!?」

 パッたんはじたばたしながら右へ左へと避けようとするけど、身体が小さい分、もう一つ速度が出ずに翼や足に小さなダメージを追ってしまう。

「パッたん、ダメだよ! 死んじゃう!」

「パッタタ!」

 アリアさんが訴えかけても、パッたんは強く一鳴きして無視する。

 怖がりで、戦いに向かなくて、一度は逃げたパッたんなのに……

「パタタ! パッタタ、パタ!」

「……パッたん……」

 立ち向かう。見ているだけで分かった。それはパッたんが、アリアさんの事を好きだと思っているから。見捨てたくないと思っているから。

(……普通の、しゃべりもしなければバグも出てないサイバクルスなのに……)

 貴堂クロヤの言う所の、ただのデータ。

 その感情は全て計算によって作られた、『そう見えるだけ』の偽物。


(……そんなわけ、ないじゃん)


 偽物なんかじゃない。もし偽物だったとしても関係ない。

 パッたんは今、確かに覚悟を持って……勇気を持って飛んでいる。

 そしてその理由は、アリアさんを助けるため。


 サイバクルスは、道具じゃない。

 ただのデータでもない。

 ぼくたちのパートナーだ。


「パタ、タ……」


 ふら、とパッたんの身体がゆれる。

 ダメージがたまって来たんだ。そこへ、根が鋭く向かっていく。

「……ニャゴ、お願い!」

「ニャッ、ガ!」

 思わず叫ぶ。ニャゴはそれが分かってたみたいに跳び出して、根に体当たりして狙いをそらす。

「ニャッ……ニャグ……しんどいな……」

 マヒの中、出来得る限りの力を使ってくれたんだろう。

 肩で息をしながら、ニャゴの身体がネコクルスにもどっていく。

(……まだだ、まだあきらめちゃダメだ)

 一度はくじけそうになった心を、奮い立たせる。

 パッたんだって勇気を振りしぼって駆けつけてくれてるんだ。

 ニャゴだって、痺れた体でどうにかパッたんを守ってくれたんだ。

 何かあるはずだ。ぼくに出来る事……


「……そうだ。パッたんに、花粉を吹き飛ばしてもらうことはできませんか?」

「花粉を? うん、ええと……出来るはず!」


 ふるえる指でウィンドウを操作するアリアさん。

 スキルの中に、使えそうな技が一つだけあった。

「それと、回復薬一つ貰っても良いですか?」

「……はい、送った!」

 ピコン、と音がして、アイテムウィンドウに薬が一つ追加される。


「ニャゴ! 今度こそ……やるよ!」

「ニャグ。任せるニャゴ!」


 じゃあ、とぼくはアリアさんに合図を送る。

 アリアさんがうなづき、パッたんはそのかたわらにたどり着く。


「パッたん、それじゃあお願いね! ――青羽風吹ブルーウィンド!」

「パッタぁ~っっ!!」


 バササササ! パッたんが激しく翼を振ると、周囲に強い風が吹く。

 風は花粉を吹き飛ばし、白い花びらを舞い散らせる。


 同時に、ぼくらの身体のマヒは和らぎ、一気に身体が動くようになった。

「ニャゴ、これを!」

 ぼくはニャゴに向けて、回復薬と肉を投げ渡した。

 ニャゴは空中でそれにかみついて、もがもがっと一気に平らげる。


 もう一度、スキルが使用可能になった。

 焦ったブロッサムクルスは、ネコクルスのままのニャゴに無数の根を集中させるけど……

「跳んで!」

 ぼくの声に合わせて、ニャゴは高く跳び上がる。

 そのままニャゴは根の上を飛び移りながら、ブロッサムクルスの本体へと近づいていく。

 ニャゴの……ネコクルスの速さと身軽さなら、そのままでも近づけるって思ったんだ。

 そしてニャゴは、ブロッサムクルス本体の真上に跳び上がって……


限界解除アップデート

 行ってニャゴ……炎爪撃えんらいそう!」

「ニャッ……ガァァァァァァァァッッ!」


 ずがんっ……ぶわっ!


 ブロッサムクルスを中心に炎が噴き上がり、衝撃で白い花びらは一気に空へと舞い上がる。


「……やっ、た?」

「パタ……?」


 小さく、アリアさんとパッたんがつぶやいた。

 焔がおさまり、プスプスと煙の立つ地面の上で……ライオクルスが、ふぅぅと深く息を吐く。


「……花はもういい。疲れた」


 そしてニャゴは、がくっとその場に倒れこむ。

 たったの一撃で、もうその姿はネコクルスに戻ってしまっていた。


 ブロッサムクルス、撃破。

 所持クルスを確認する前に、ぼくは頑張ってくれたニャゴに駆けよるのだった。


【続く】

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