毒の罠、水色の羽根・2

「じゃあ花畑に、レッツゴー!」

「パッタターっ!」


 アリアさんと、そのパートナーのパロットクルス……パッたんは、楽し気に声を上げて進んでいく。

「ニャグ……花畑、ニャゴか。ンなとこ行って何が楽しいニャゴ?」

「えー。キレイでステキでしょ? ホントにあるなら色んな人に知ってもらいたいし……」

 不思議そうなニャゴに、アリアさんは答える。

 アリアさんは、サイバディアを中心に活動する動画配信者だ。

 相棒のパッたんと一緒に、サイバディアの色々なスポットや情報を調べて配信している。


 調べてびっくりしたのは、アリアさんのチャンネル登録者数が20万人を超えていること。サイバディアがオープンしてから始めたみたいだから、一年ちょっとくらいしか経ってないのに。

 思いがけず有名人と知り合いになってしまったぞ、という事に落ち着かなさを感じながら、ぼくはニャゴとアリアさん達の後ろを歩く。


「あっ、パッたん見て! 変な色のキノコが生えてる!」

「パタ!? パタぁ……?」

 アリアさんが指さしたキノコに、パッたんが近づいていく。

 パッたんはキノコの臭いを恐る恐る確認して、ばたばたと翼を振った。

「パタタタッ……」

「あー、ダメ? 食べれない? そっかぁ……」

 がっくりと肩を落とすアリアさん。

 でも写真だけは撮っておこう! と、ウィンドウを操作してパッたんとキノコを撮影する。

「じゃあ次いこっか~。なにか見つけたら教えてね、パッたん!」

「パッタ~!」

 楽し気に声をかけ合いながら進んでいく、アリアさんとパッたん。

 その様子を見て、ぼくはふっと気にかかり、ニャゴにたずねる。


「……パッたんって、普通のサイバクルスなんだよね?」

「そうニャゴね。バグの臭いとかはしねぇニャゴ」

 なんでそんなこと聞くニャゴ? とニャゴはぼくに聞き返す。

「もしかして、まだあのキンキン声の言う事気にしてるニャゴ?」

「あー……うぅん、そうとも言えるけど……」

 そもそも、ぼくは普通のサイバクルスとプレイヤーの関係を知らなかった。

 もちろん、サイバディアにログインする前に、動画をいくつか見た事はある。

 でもそこに映されている光景は、あくまでゲームの風景にしか見えなかったから。

「パッたんとアリアさん、ちゃんと気持ちが通じ合ってる気がして、不思議なんだよね」

「そうニャゴかぁ? 別にふつーだと思うニャゴよ」

「そりゃまぁニャゴはそうかもだけど……ちょっと安心したんだ」


 たとえば貴堂クロヤなら、これもただの計算結果でしかないと答えるのかもしれないけれど。

 ぼくにはそうは思えなかったし、アリアとパッたんの関係は、クラックの言う道具の関係とも違って見えた。


「なに話してるの? そろそろ山に入るよ!」

「あ、はい。……山?」

「言ってなかったっけ? 花畑、山の中腹にあるんだって~」

「聞いてねぇニャゴ」


 はぁ、とニャゴがため息を吐いた。

 人間のアバターは疲れを感じないけど、サイバクルスは別だ。

「あはは……じゃあニャゴは、ぼくの肩に乗っててよ」

「ニャグ。だりぃからそうするニャゴ」

 ぴょん、とニャゴがぼくの肩に乗る。疲れは感じないけど重さは伝わってくる。


「にしても、そんなところにある花畑、よく見つけられましたね」


 石の多い地面をざくざくと音を立てながら登っていく。

 その途中で、ぼくはアリアさんにたずねた。

「あ~。視聴者から情報もらったんだよね、写真と地図付きで」

 ほら、とアリアさんはウィンドウを操作して、メッセージを開く。

「サイバディアのスポット巡りとかしてるから、視聴者に色々教えてもらうこと多いんだ~」

 ふふん、と自慢げに言うアリアさん。

 じゃあもしかして、とぼくはニャゴと顔を見合わせた。


「それなら、アリアさんの所にバグクルスの情報って入ってませんか……? それからええと……行方不明者の情報とか……」

「ん~……バグクルスは無いかなぁ。私もこの前初めて見たし、動画にしようと思ったら何故か動画ログが消えてて……」


 はぁぁ、とアリアさんはがっくりうなだれる。

 もしかしたら、KIDOがログを削除したのかもしれない。

「ニャグ……アイツら、どっかに隠れてるニャゴかね?」

「かもね。何でだろ……?」

 ぼくにはイマイチ、クラックたちのやりたい事が見えてこない。

 ニャゴを追ってるだけじゃなくて、何か別の目的がある気がする。

 ……でも、その目的がまるで分からない。不気味だ。


「あ、行方不明者の方はそれっぽい情報あるよ!

 ユウト君たちが欲しいやつかは分かんないけど……」

「ホントですか!? それ、くわしく教えてもらえませんか……?」

「いいよ~。でももうすぐ花畑に着くから、動画撮った後でもいい?」


 ぼくはうなづいて、ふぅと息を吐く。

 とりあえず、何の手掛かりも無しにウロウロしなくても良くなったのが嬉しかった。

 そのまま、ぼくたちは何事もなく、目的地である花畑に到着し……


 *


「……結局、護衛要らんかったニャゴな?」

「まぁね。よく考えたら、アリアさんが襲われる理由もないしね?」


 一面に咲き乱れる白い花畑を前に、ぼくはニャゴとのんびり話をしていた。

 アリアさんとパッたんは、花畑の中で動画の撮影をしている。

 手伝う事も特にないから、ぼくたちは休憩だ。

 後で山を降りながら、行方不明者の話を教えてもらおう。

 ……なんて、思ってたんだけど……


「……ニャグ?」


 ぴくっとニャゴが耳を動かした。

 それからくんくんと辺りの匂いをかぐ。

「どしたの?」

「いや……なんか、妙な臭いがした気がするニャゴが……良く分からん……」

「花畑だからねぇ。ぼくは匂いわかんないけど」

 人間のアバターに嗅覚は無い。

 大きな花畑なのに、何の匂いも感じないなんて、ちょっと寂しい気もする。

「呑気こいてる場合じゃねぇニャゴ。この臭い……音……」

 花畑をじっと見つめながら、ニャゴは更に言う。

 でも、周りにぼくら以外のサイバクルスの姿は見えない。

 花畑は広いし、近くにいたら見えると思うんだけど……

「もしかして、空とか?」

「いや、ちげぇニャゴ。……ニャガっ!?」

 上を見るぼくにニャゴは言って、突然走り出す。


「ニャッ、ガッ、ニャッ……!」


 向かう先は、動画を撮っているアリアさん。

 なんだろう、と思っていると、地面からずごごごっという低い音と振動が響き始め……


「ニャガァッ!」

「ぉあっ!?」


 だんっ!

 ニャゴがアリアさんを肩で突き飛ばす。

 瞬間……ずぶぉんっ! 地中から、大きな根のようなものが飛び出してきて、さっきまでアリアさんがいた空間を貫いた。


「ったぁ……いや痛くないか……どうしたのニャゴ君!?」

「どうしたもこうしたもねぇニャゴ! アリア、トリ、とっとと逃げろニャゴ! こいつは……」


 ニャゴが言い切る前に、地面は更に揺れ……

 ぼばっ。花畑が大きく裂け、地中から一体の巨大な花が姿を現す……


(いや、花じゃない。あれは……!)


 図鑑を開くと、花を認識し、名前を表示する。


 ――全長5メートル。巨大な身体と根での攻撃を得意とする危険度Aクラス……

 ――


「どっ……動物だけじゃないんだ……」


 思わずつぶやいてしまうぼく。

 それより問題は、ニャゴが臭いに反応したってこと。


「ユウト、とりあえず肉よこせ!

 コイツ……、バグクルスニャゴよ!」


【続く】

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