妖花

毒の罠、水色の羽根・1


「な、一緒にドッジボールやろうぜ!」


 一年生の頃のことだ。

 友だちが作れず一人でいたぼくに、ショウは笑って話しかけてきた。

「……いいよ、ぼく、よわいし……」

 でもぼくはそれを断った。

 当時のぼくは……今もそうだけど、運動があんまり得意じゃなかったから。

 ぼくの入ったチームは負けてしまう。

 それじゃあぼくと一緒に遊んだみんなが楽しくない。

 だから……やらない。


「んーじゃ、オレがおまえのチームに入って勝てばいんじゃね?」


 だけどショウは、そんなぼくに当たり前のようにそう言った。

 しかもショウは、それから宣言通りに勝ってみせたのだ。


「はは! オレ強いだろー?」

「うん、でも……」


 ショウは、試合中何度かぼくにボールを渡してくれた。

 当然そのボールはカンタンにキャッチされてしまい、何度もチームをピンチにしてしまった。……結局、ぼくがいなければもっと楽に勝てたハズなのだ。


「まーなー。でもオレたちは楽しかったし……おまえは? つまんなかった?」

「……そんなことは、ないけど」

「じゃ、いいじゃん! 弱いのがイヤならオレが教えるし、一緒に戦うからさ!」


 それで、強くなったらその時は別々のチームで戦おう。

 無邪気に語るショウに、ぼくはおどろいて……

 いつか必ず、とうなづいた。


 まぁ結局、ドッジボールは上手くならなかったんだけど。

 その後に流行ったゲームや玩具では、実力が並んだり、ぼくの方が強かったりして、ぼくらは互いに教え合いながら遊び続けた。


 ……転校しても、ゲームでそれは続いていたし……

 ずっと続くと、思ってたんだけど。


 *


 ぼくとニャゴは、街で途方に暮れていた。

 次に何をすればいいのか分からなくなっていたからだ。


「洞窟、壊しちゃったし……手掛かり無いよね……」

「ニャゴな……適当に歩き回るにしても、腹減るニャゴし……」


 そうだった、ニャゴのご飯を用意する資金も必要だ。

 ゲーム内通貨は、毎日のログインでもゲット出来る。でもそれじゃあ、せいぜいニャゴがネコクルスのまま食いつなぐくらいにしかならない。

 クラックたちと戦うなら、もっと多くの資金が必要だ。


「一応、クエストをこなせばお金はもらえるんだけど……」

「くえすと? なんニャゴそれ」

「サイバクルスハントのゲームでさ、特定のアイテムを手に入れたり、サイバクルスを捕まえたりすると……――」


 ――ニンゲンはワタシたちサイバクルスを道具にしますカラァ、逆に道具にし返すノデスッ!


 ふっと、クラックの言葉が頭をよぎった。

 道具。その言葉が妙に耳に残っていたんだ。


「……ユウト? どしたニャゴ?」

「うぅん、何でも。……サイバクルスを捕まえるのはナシだね」

 もやもやした気持ちが、胸に広がっていた。

 自分のしていることが、大きな間違いなんじゃないか、という感覚。

 ただ友だちを探しにきただけなのに、抱えきれない何かに足を突っ込んでいるんじゃないかという、不安。


 それでも、足を止めたくはなかった。

 ショウが今どうなっているのか分からないし、ぼんやりしていたら。貴堂クロヤがニャゴを消しに来てしまうかもしれない。

 何をしていいのか分からないのに、見えない期限だけは迫っている。


「ユウト。なんかキツそうな顔になっとるニャゴよ」

「そ、んなこと……ないよ。大丈夫!」

「そうニャゴかぁ? ……ま、言いたくねぇならいいニャゴが……」


 はぁ、とニャゴがため息をつく。

 それを見て、ぼくは少し迷ってから、口を開く。

 だまっていても何にもならないと思ったのだ。


「……クラックの言ってたことなんだけどさ……」

「はぁ? あんなのの言った事なんか全部忘れていいニャゴ!」

「気になるんだよ。人間がサイバクルスを道具にしてる、って話」


 心当たりは、ある。っていうかプレイヤーはみんなそうだ。

 パートナー契約したサイバクルスを連れまわして、他のサイバクルスと戦わせたり、好きなように着飾らせたりしている。

 それを道具扱いだと言われたら、否定は出来ないだろう。


 でも、これはそういうゲームなんだ。

 ほとんどの人はそう思って、そう信じてサイバクルスと接している。

 だけど、クラックの言葉には、ゲームのキャラクターとしてじゃない強い意志があるように思えて……分からなくなる。


「……サイバクルスって、なんなのかな?」


 サイバクルスはただのデータだと、貴堂クロヤは言った。

 ニャゴと一緒にいるぼくは、とてもそうは思えない。

 第一、運営会社がコントロール出来ないゲームキャラなんて、絶対おかしい。

 でもじゃあ、だったらサイバクルスってなんなの?


「んなもん、ニャゴが知るわけねぇニャゴ」

「……だよ、ね」


 ニャゴの言葉に、ぼくは肩を落とす。

 当たり前だ。ニャゴだって全てを知ってるわけじゃない。

 だけど、とニャゴは言葉を続ける。


「ニャゴは、今までずっとニャゴの思う通りに生きてるニャゴ」


 テメェと一緒にいるのもそうだ、とニャゴは言った。

 だから、あんまりあいつの言う事は気にするな、とも。


「……うん。ありがとう、ニャゴ」


 もやもやは晴れなかったけど、ニャゴの言葉にぼくは少しだけ安心した。

 サイバクルス全体のことは分からないけど、ニャゴだけは、道具としてじゃなくニャゴ自身としてぼくと一緒にいてくれていると、分かったから。


「んで? 結局これからどうするニャゴよ」

「うぅん……まずは肉を買うお金を稼ぐところからで……」


 時間かかるよなぁ、と思いながらクエストの一覧をながめていると……

 ぴろりん、と音がして、メッセージ受信のウィンドウが開いた。

 誰だろう、と思って開いてみると……


「……アリアさんだ」

「あ? この前の、トリと一緒にいたヤツニャゴな」

「うん。動画撮影を手伝ってくれないか、だって」

「ニャゴォ……?」


 メールによると、アリアさんは次の動画撮影のため、ネイチャーエリアのある場所に行きたいのだという。

 でも、またバグクルスに出くわしたりしたら困るから、護衛をしてくれないか……ということだった。


「ンなもんやる必要ねぇニャゴよ。忙しいニャゴ」

「でも報酬くれるって。お肉たくさん買えるよ?」

「やるべきニャゴな。最優先ニャゴ」


 なめらかに手のひらを返すニャゴに、ぼくは思わず笑ってしまう。

 そういえば、結局アリアさんのチャンネルチェックしてないなぁ……

 ぼくはそんな事を思いながら、引き受けますと返事する。


「ついでに、アリアさんにも色々聞いてみよっか。何か手掛かりがつかめるかもしれないし」

「ニャゴな。まぁそれより肉をたらふく食いたいニャゴ。とっとと行くニャゴよ!」


 集合場所を教えると、ニャゴは先に走り出してしまう。

 ライオになって戦うためなのか、ただお肉が食べたいだけなのか……

 苦笑いしながらも、ぼくはその背中を追いかけた。


【続く】

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