襲来、黒騎士!・3
「正気ですか?」
ニャゴのかたわらに立つぼくへ、貴堂クロヤは不思議そうに問う。
「それは、ただの
パートナーの削除が不服でしたら、それなりの
「データとか、補填とか、そういう問題じゃないよ」
ぼくがクロヤに答えると、ニャゴは「はんっ」と笑って跳び出した。
「ああ、テメェはそういうヤツだよな、最初からっ!」
ザンッ! 鋭いツメの斬撃はけれど、ナイトクルスの剣で受け流されてしまう。
このままじゃ、ダメだ。
ニャゴがネコクルスにもどればいよいよ勝ち目もなくなる。
だからその前に、あの守りを崩さないといけない。
「……ああ、なるほど。もう既に情が湧いてしまっているのですね」
クロヤはぼくとニャゴの答えを聞いて、ため息混じりに呟いた。
「無意味な事ですよ、綱木ユウト君。
もしかしたら貴方には、そこのサイバクルスが感情でも持っているかのように見えているかもしれませんが……そんなもの、ただの見せかけです」
「どういうこと?」
「確かに、それはバグにより言語を獲得してはいます。その精度も非常に高い。……ですがそれでも、プログラムはプログラムに過ぎません」
かつかつと、クロヤは革靴の音を立てながらぼくに歩み寄って来る。
ニャゴにも、戦っている自分のサイバクルスにも目を向けず、じっとぼくを見て。
「攻撃されれば怒る。
想定外の事が起これば驚く。
都合の良い事が起これば喜ぶ。そして、笑う。
そういう風に造られているから、そう反応する」
それだけの事なのです、とクロヤは言う。
今ニャゴが見せている顔は、ただそれらしく見えるようにプログラムされた、偽りの感情である……と。
「そんなもののために、貴方が損をする必要はない。
約束しましょう。アレを諦めると言ってくだされば、KIDOは貴方に巨額の報酬をお渡しします。
それに……消えたお友達、ですか。そちらの調査にももっと人員を割きましょう。途中経過のご報告が必要なら
クロヤは、次々とぼくに都合の良い条件を並べ立てる。
ぼくのためにと、言い聞かせるように。
だけど聞けば聞くほど、ぼくはクロヤの考え方に違和感を強くする。
「ああ、そうだ。代わりのサイバクルスもご用意いたしますよ?
そのライオクルスに近い性能のものや、より速いモノ、よりパワーのあるモノなど、何体か……」
「だから、そういう問題じゃないって言ってるよね」
一歩、二歩とぼくもクロヤに近付く。
クロヤの瞳を見返すと、彼の目の暗さに気が付いた。
丁寧な言葉。優しい口調。だけど他人に興味のなさそうな、目。
だから笑顔がウソ臭いんだな、と思いながら、ぼくは続ける。
「ぼくは、ニャゴが良いんだよ。
キミが言うようにニャゴがただのプログラムなんだとしても、関係無い」
一緒に戦った。一緒にご飯も食べた。
一緒に街を歩いた。偶然でも、パートナーになった。
それは全部、ニャゴが相手だったから出来たことだ。
「それがバグで、サイバディアに悪影響を及ぼすとしても?」
「……。じゃあ逆に。ニャゴが解決の糸口だったら、どう?」
「……」
クロヤは、笑顔のまま動きを止める。
初めて、クロヤが言葉に詰まった。
「ぼく、ニャゴに聞いたんだ。しゃべるサイバクルスは他にもいる。
そいつがニャゴのデータを奪って、バグったクロコクルスに追わせた」
「……バグクルスですか。ああ、ログを見ましたよ。キミのアバターも欠損被害を受けた。なら分かるでしょう、バグの危険性が」
「うん。だから、探して、止める」
「……と、言いますと?」
クロヤが、固まった笑顔のまま首をかしげる。
ぼくはそこで言葉を止めて、頭の中を少し整理する。
分かっていることは多くない。
一つ。しゃべるサイバクルスがいて、彼らはKIDOにバグ扱いされている。
二つ。人間のアバターを破壊出来るバグクルスもいる。ほかのしゃべるサイバクルスが、そのバグクルスを操っているかもしれない。
三つ。ショウはそんなバグの存在するサイバディアで、姿を消した。
(それから……おかしいと言えば、クロヤたちだ)
貴堂クロヤは、デバッガーを名乗ってニャゴを消そうとしている。
だけど、その手段になぜかバトルを選択している。
直接削除しないのは、なんでだ?
バグクルスがいくら出てきても、直接消してしまえばそれで良いハズだ。
ニャゴも、ほかのしゃべるクルスも。
「……KIDOは、サイバクルスのこと、コントロール出来てない……んじゃない?」
「………………、何が言いたいんです」
問い掛けてみると、またクロヤは固まって。
瞳の雰囲気が、変わる。
ぼくにはまるで興味が無さそうに見えた目に、はっきりとぼくの姿が映る。
「ニャゴの目的は、ニャゴのデータを奪ったやつらを探すこと、だよね」
「ニャガ! その通りだ。アイツらブッ倒してデータを取り返す!」
だんっ、だんっ! バックステップで後退し、ニャゴがぼくのとなりにもどってくる。ナイトクルスは後を追おうとしたけど、クロヤは「待て」と言って彼を制した。
「ぼくも、消えた友だちを探してる。二つの事件が繋がってるなら、ニャゴもぼくも、きっと他のしゃべるクルスと対決する」
「そこで、バグの蔓延を止めさせると? どうやって?」
「それ……は、ごめん。わかんないけど……」
そもそも、言えばバグクルスが暴れるのを止めてくれるのかどうか。
戦うことになるかもしれない。その時、ぼくも危ない目に遭うかもしれない。
「でも、ぼくとニャゴは絶対にそいつらを見つける。まだ確認してない情報もあるし……他のしゃべるクルスだって、ニャゴを追ってるから」
「……。成程、言いたいことは分かりました。
つまり、貴方達を泳がせておけばKIDOの利益になる……ということですね?」
「多分。KIDOがサイバクルスを探せないなら、だけど」
ぼくが頷くと、クロヤは顎に手をやって考え込んだ。
KIDOにも、なにか事情があるのかもしれない。
そしてクロヤは、ややあってから口を開く。
「分かりました。ですがそれを貴方がやる理由が、無い。
そこのクルスを預かって、ボクたちがやる。それでいいのでは?」
「それ、は……っ」
「それは無理だな」
思いもしない答えに戸惑うぼくだったが、ニャゴがすぐさま否定した。
「オレはコイツとしか組む気は無い。テメェみてぇな、サイバクルスを道具としか思ってねぇヤツは嫌いだ」
「……ほぅ。ですがそれでは、パートナーを危険にさらすことになりますよ?」
「それは! 覚悟、してるから……!」
「だってよ。……っつーか、なんかごちゃごちゃ話し込んでたが、全部オレたちには関係ねぇよ。そもそも、オレはテメェらより強い」
にぃ、と笑ってニャゴが言い切る。
さっきから攻撃全部防がれてるくせに。でもその自信が、ぼくを安心させた。
「ぼくたちの方が強いって分かったら、認めてくれませんか」
そして提案する。
ぼくたちがナイトクルスを倒したら、バグクルスを追わせて欲しいと。
「……。面白いですね」
いいでしょう、とクロヤはそれを呑む。
「けれど、勝てますか? あと何分その姿が持ちます? 話している間に、リミットは近づいていますよ?」
「え、あ……!? しまった!」
もしかして、クロヤはそれを狙って話してたのか!?
「チッ。どうする、マジで時間がねぇぞ」
よくみると、ニャゴの息が上がっている。
時間はない。ナイトクルスは右腕に少しダメージを与えられた程度で、ガードは硬い。
(最初みたいに吹っ飛ばす? でも受け流されてるから……)
同じ手は多分二度通じない。なら、一回で決めるしかない。
「……賭け、だけど。大技でどうにかするしかないよ。ぼくにタイミングとか任せてもらえる?」
「ああ。最初からそのつもりだ」
「作戦は決まりましたか? ではいつでもどうぞ」
クロヤが挑発する。ニャゴはぐっと姿勢を低くして、いつでも跳び出せるように準備してる。
ぼくはスキルウィンドウを開いて、ライオクルスの技を確認する。
炎爪撃。多分これがクロコクルスに使った技の名前だ。
「……行って、ニャゴ!」
「ニャガっ!」
だんっ! ニャゴが強く地面を蹴って跳び出す。
一直線。ナイトクルスは剣を盾にして、攻撃を待ち受ける。
だんっ、だんっ、だんっ! またたく間に詰められる距離。まだだ。今じゃない。もう少し。息を止めて、ぼくはタイミングを狙う。
「――今だ! 炎爪撃!」
「ニャッガァァアア!!」
火炎がニャゴの両前脚を包む。クロコクルスを一撃で倒した攻撃。
「甘いですね。威力が高ければ受けきれない、とでも?」
「ニャゴ! 地面だ!」
「っ……!?」
狙うのは、ナイトクルスじゃない!
ニャゴの攻撃が、ナイトクルスの足元の地面を砕く。
ばぎゃん、と音がして、罅割れた地面が崩れ……ナイトクルスの姿勢が、乱れた。
「ニャゴ、チャンスだ!」
「ああ! 今度こそぶっ飛べ、真っ黒鎧……!」
ガギン! 金属を引き裂く音と、ぶわっと広がる炎熱。
それから、どぉんという衝撃と音。
ナイトクルスが吹き飛ばされ、煙が辺りを包む。
「……っ」
ぼくは呼吸も忘れて、じっと煙が晴れるのを待った。
「ナイト」
クロヤが声をかける。ずん、ずんと煙の中から黒い鎧が姿を現し始める。
(届かなかった、の……?)
「……ッ」
ギリ、とニャゴが悔し気に顔を歪める。だが……
「ほぅ……」
煙が晴れる。
現れたナイトクルスは……右腕を、失っていた。
断面からデータの光をもらしながら、落とした元へ歩くナイトクルス。
「止めなさい。結果は決まりました」
そんな彼に、クロヤは言い放つ。
「ナイトはまだ戦えます。ですが……キミたちの実力は、分かりました」
良いでしょう、とクロヤは溜め息交じりに言う。
「ライオクルスを消すのは、もうしばらく後にします」
「つまり、それって……」
「勝っ…………たニャゴ~~!!」
しゅぅぅと音を立てて、ネコクルスにもどるニャゴ。
勝利の雄叫びを聞きながら、ぼくは安心して力が抜けてしまう。
でも、ここからだ。
ぼくとニャゴで、バグクルスを探し出さなきゃ……!
【続く】
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