襲来、黒騎士!・2
ぶぉん!
分厚い剣が空を斬る。
ナイトクルスの一撃は重く、多分一発まともに受ければニャゴは動けなくなってしまうだろう。
「ニャグァっ!」
きんっ!
逆にニャゴのツメは、ナイトクルスの鎧には通らない。
クロコクルスの時と似た状況だけど、今回はより悪い。
ナイトクルスの性能は、明らかにクロコクルスより上だからだ。
「素早いですね。これは少し時間がかかりそうだ……」
「ね、ねぇ! こんなことやめてよ!」
デバッガーを名乗る貴堂クロヤに、ぼくは訴える。
「ニャゴが何か悪い事したの!?
しゃべれるってだけで攻撃するなんて、ひどくない!?」
「言ったでしょう、バグなんですアレは。放置すればサイバディアにどんな影響が出るか分からない。……ユーザーに危害が及ぶ可能性も、あるのです」
「っ……!」
頭に浮かぶのは、ショウのこと。
もしかしたら、ショウはサイバディアのトラブルに巻き込まれてしまったのかもしれない。
理由はまだ何にも分かっていないけど、もしその原因が、サイバクルスのバグなんだとしたら……
「でも、だからって削除なんて……」
「ハッ。ま、ニンゲンはそーゆーもんって聞いてたニャゴ。
テメェが気にすることじゃねぇニャゴよ」
だんっ、だんっ、だんっ!
地面をえぐるように振り下ろされる剣を、ニャゴは軽いステップでよける。
「ニャゴはこいつらにとっちゃ都合が悪ぃニャゴ。テメェだって、友だち探すんならこいつらの言う事聞いた方が良いニャゴよ?」
そしてニャゴは、ナイトクルスから視線を外さずぼくに言う。
笑うように、突き放すように。
「なんでだよ! ニャゴはぼくの……」
「パートナーになったのは、状況が状況だったから仕方なく、ニャゴ」
「っ……」
言い切られて、ぼくはぐっと息が詰まる。
そうだ。あの時はぼくもニャゴも必死で、だから一緒に戦えたけど……
……これからも一緒に戦ってくれるなんて、ニャゴはまだ一言も……
「だから! ニャゴがこれからどうなろうが、テメェには関係ねぇニャゴ!」
「ようやく削除される決心をつけてくれたのですか?」
「は~っ? バカ言ってんじゃねぇニャゴ。そいつブッ倒して逃げるに決まってんニャゴ!」
たんっ、たんっ、たんっ!
攻撃の合間をぬって、ニャゴはナイトクルスに接近する。
もう一撃、爪の攻撃を食らわせるつもりだ。でも……
「ナイト」
一言、貴堂クロヤがつぶやくと、ナイトクルスは剣の腹でその爪を防ぐ。
「ニャっ……」
前脚が弾かれ、一瞬
その腹に、ナイトクルスが蹴りを入れる。
「ニャグァっ……!?」
ふっとばされるニャゴ。
フィールドの白い壁にぶつかって、ずるっと地面に倒れ込む。
「ニャゴっ……!」
「近づくニャゴ!」
とっさに駆け寄ろうとするぼくを、ニャゴが声で制する。
「良いニャゴか、もう一度言うニャゴ。ニャゴの戦いに、テメェは関係ない。ニャゴはニャゴの意志でそこの黒いのをブッ倒して、逃げるニャゴ」
「たっ、戦うんならぼくだって……!」
「要らんニャゴ! テメェにはテメェのやることがあるニャゴよな!?」
ぼくの、やること。
この世界で、消えたショウを探す事。
もしショウが何かのトラブルに巻き込まれてるなら、助けたい。
「でも、……っっ、だから、って……!」
「事情は存じ上げませんが、サイバディアでのトラブルなら、ボクや運営が全力を挙げて協力致しますよ?」
悩むぼくに、貴堂クロヤは提案する。
――もちろん、貴方が善良で協力的なユーザーなら、ですが……
付け加えられた一言は、ようするにニャゴを諦めろって意味だ。
ショウか、ニャゴか。突き付けられた二択に、ぼくは返事が出来ない。
「ニャグ。アイツの言ってた通りニャゴな。
……ニンゲンはニャゴたちの敵になる」
ため息混じりにニャゴは呟く。
ざわりと、胸に嫌な感覚がした。
「はぁ。腹減るニャゴし、出来れば使わず済ませたかったニャゴけどな……」
ニャゴの身体が、紅の火球に包まれる。
本気だ。ナイトクルスが警戒して、一歩距離を置く。
火の球が爆ぜると、ニャゴの姿はすでに、大きな獅子のそれへと変化していた。
「進化? ……いや、少し違いますね……」
クロヤが目を丸くして、ウィンドウとニャゴを交互に見比べる。
「ナイト。警戒を怠らないでください」
こくり、黒騎士は静かにうなづいた。だが彼が顎を上げる前に、ニャゴはもう、跳び出している。
「だっ、らぁっ!」
がぎんっ! 振りかぶったニャゴの前脚は、分厚い剣の腹に防がれる。
「はっ。お返しだ黒いの!」
だけど、関係ない。ニャゴはそのまま腕を振り抜いて、黒騎士の身体を思いっきり吹っ飛ばす。
「っ、……」
がぃんっ! 騎士は剣を地面に付き立てるが、勢いは消しきれず、壁際まで追い込まれる。
そこへニャゴは追撃する。もう一発の、爪撃。地面に刺した剣はガードに使えず、黒騎士はとっさに自分の腕で受ける。
ぎぃんっ。金属の引き裂かれるイヤな音。
ニャゴが距離を取ると、黒騎士の右腕には、赤く熱せられたような傷跡が三本、深く刻まれていた。
「最後になるんだ。土産代わりに教えておいてやる」
ちらと、ニャゴの目がぼくを見る。
最後だなんて。言い返す言葉を見つける前に、ニャゴは続けた。
「オレはな、ネコクルスじゃない。
ライオクルス。それがオレの本当の名前で、本当の姿だ」
「……本当の姿、って……?」
「ああ、なるほど! そのサイバクルス、一部のデータに欠損がありますね!」
貴堂クロヤが解析を終え、ニャゴの言葉の意味を補足する。
「それは本来、ライオクルスという種のクルスだった。けれど何らかの理由でデータを失い、ボディパーツを補うために小型クルスへと身体を置き換えた……はは、変異体にはそういう処理も出来るのか。これは凄い……!」
「なんだこいつ、急に早口になって気持ち悪いな」
突然テンションを上げた貴堂クロヤに、ニャゴはさらっと言い放つ。
「そして今は、その欠損したデータを別のデータで補うことで無理矢理身体を保っている……これは、食事データですね? データを文字通り栄養としているようなものか……」
貴堂クロヤは、ニャゴの言葉を全く気にしてないみたいだった。
聴こえているかも怪しい。
「ですが、あくまで例外処理ですからね。その姿は長く保てない。違いますか?」
「……」
クロヤの質問に、ニャゴは答えない。
きっとその通りなんだ。だってそうじゃなかったら、いつまでもネコクルスの姿でいる理由が無い。
でも、どうしてニャゴの身体はそんな風になってしまっているんだろう。
考えて、ぼくは思い出す。ニャゴはたしか、他のサイバクルスに追われていたって言ってたから……
「……食べられた、の?」
「ああ。だがほとんど不意打ちだったんだ! 別にオレが負けたわけじゃない!」
たずねると、ニャゴはうがうがと吠えたてる。
正々堂々と戦っていればこんなことにはなってない! 主張するニャゴは、やられた自分が許せないのだとぼくにも分かった。
(……ぼく、ニャゴのこと、あんまり考えられてなかった)
分からないことが多すぎて、友だちの事が心配で。
ニャゴがどういう状態なのかも知らずに、自分の事を手伝ってもらいたいって思ってた。
……それじゃあ、ただ利用しようとしてるのと一緒だ。
そう思うと、ぼくはなんだか胸が締め付けられる思いがした。
ニャゴを都合よく扱おうとした、って意味じゃ、ぼくもクロヤと大して変わらないじゃないか。ニャゴを追い立てたっていうヤツと、変わらないじゃないか。
「ニャッガァァアア!!」
ニャゴは四方へ跳び回り、色んな方向からナイトクルスへ攻撃していく。
だけどナイトクルスはその場から動かず、ただ剣でニャゴの攻撃を受け、流す。
明らかに、時間をかせぐ作戦だった。
ニャゴの限界まで堪えて、ネコクルスに戻った所でトドメ。クロヤはそう考えているに違いない。
防御に徹する騎士に、ニャゴは決定打を出せない。
このままじゃニャゴは……負ける。
(もし運よく勝てても、これから先も同じだ)
お腹いっぱいじゃないと、ニャゴはライオになれない。
たまたまお腹が空いてる時に襲われたら? 敵の数が多かったら?
ニャゴだけで、どこまで戦える?
「――ねぇ、ニャゴ!」
ぼくは叫んだ。
ニャゴは騎士に顔を向けたまま、目線だけをぼくに向ける。
「言ったよね、ぼくにはぼくのやる事があるって」
「……ああ。だからテメェは……」
「ぼくがやることは、友だちを助けること!
だから……ぼくは、ニャゴのことだって助けたい!」
どっちかだけとか、そういう選択肢は、元から無いんだ。
「ショウも探すけど、ニャゴだって助ける!
だから……一緒にあいつをブッ倒そう、ニャゴ!」
【続く】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます