黒のサイバクルス
襲来、黒騎士!・1
「それで、なんでニャゴはしゃべれるの?」
「知らん。気付いたらこうニャゴ。ってかニャゴってなんニャゴよ」
「ニャゴニャゴ言ってるから……」
「気安いニャゴな」
「えー。でもパートナーになったよね? ネコクルス、じゃなんかさ……」
「……パートナー、ニャゴね……」
クロコクルスを倒したあと、ぼくらは街へと戻った。
片足での移動は大変だったけど、正門をくぐるとアバターは自然と元の姿に戻ったから、一安心だ。
ちなみに、クロコクルスのデータはぼくが持っている。
パートナークルスが倒したサイバクルスは、プレイヤーが所有するんだ。
ぼくの足を食いちぎった相手だし、めったな事では実体化させられないけど。
「じゃあさ、なんでニャゴはクロコクルスに追われてたの?
それになんでクロコクルスはぼくのアバターをバグらせられたの?」
「質問は一個ずつにしろニャゴ。……カンタンに言えば、ニャゴの力にビビってニャゴを潰そうとしたヤツがいるニャゴね」
二つ目の質問は知らん、とニャゴは答える。
「まぁ、イヤな臭いがするから見分けはつくニャゴけど。理由は知らんニャゴ。アイツらがなんかしたニャゴな」
「アイツら、って? 他のプレイヤー……?」
「んニャ。ニャゴと同じ、言葉が使えるサイバクルスニャゴ」
「ニャゴ以外にもいるの!?」
「声がデケぇニャゴ」
「あっ、ごめん……」
ぼくはきょろきょろと周りを見渡す。
大丈夫、気付かれてない。
……ぼくとニャゴは今、サイバディアのカフェで話をしていた。
カフェには、多くのプレイヤーとそのパートナーのサイバクルスがいる。ニャゴと落ち着いて話すならここかな、って思ったんだけど……
「ニンゲンの建物は落ち着かんニャゴ。メシはうめぇニャゴが」
もがもがと、プレートに盛られた肉を食べるニャゴ。
その姿は完全にただのネコだ。
まさか、このネコが言葉をしゃべるなんて、誰も思わないだろう。
「サイバクルスって、普通はしゃべらないハズだよね?」
「そうニャゴな、多分」
「だよねぇ……?」
昔にくらべて、人工知能とかAIとか言われてるものは随分進歩したと、お父さんに聞いたことがある。
それでも、最新鋭のガイドプログラムだって、人間みたいな滑らかな会話は出来ない。聞いた言葉を検索して、ただ適切な応答をするだけ、だ。
だから、ニャゴの存在は色んな意味でおかしい。もしかしたら裏で人間が操作してるんじゃないか、って思っちゃうくらいだ。
(やっぱり、サイバディアってなんか変だ)
この世界でショウは消えた。
もしかしたら……
クロコクルスみたいなやつに、食べられてしまったのかもしれない。
「……運営に連絡しよう。調べてもらわなきゃ!」
「は? いや待てニャゴ」
「なんでさ! もしかしたら、ぼくの友たちが巻き込まれてるかもしれないんだよ!? そのままにしておけないよ……!」
「ニャグ!? そう、ニャゴか……ニャググ……」
ニャゴはぼくを止めてから、なにかを考え込む。
ボウルに注がれたミルクをちびちびと飲んで、ニャゴは観念したように続ける。
「ま、そんなら仕方ねぇニャゴな。でもその前に……」
*
街を案内しろ、とニャゴは言った。
ニンゲンの街で、サイバクルスがどう過ごしているのか知りたい、と。
だからぼくは、ガイド情報を片手にサイバディアの街を練り歩いた。
「アレはなんニャゴ?」
「撮影スタジオ。サイバクルスと一緒に動画が撮れるんだ」
「見るニャゴ! 毛を刈られてるニャゴ!」
「トリミングだね。毛並みを整えてキレイにしたりカッコよくしたり……」
「カフェ? みたいなとこもたくさんあるニャゴな」
「うん。人間の方は食べるフリだけどね」
「おっ、サイバクルスが戦ってるニャゴな。ケンカニャゴか?」
「ちがうよ、バトルモード。プレイヤー同士がパートナーの強さを競うんだ」
「ニャグ。まぁニャゴなら五秒でブッ倒せるニャゴね」
「あはは、すごい自信」
……でも、確かにニャゴは強かった。
「ねぇ、ニャゴ。せっかくパートナーになったんだしさ、」
「あー、次行くニャゴ」
ぼくの言葉をさえぎって、ニャゴは先へ進んでいく。
ショウを探すのを手伝って、って言おうと思ったんだけど……今は、街を歩くことに夢中みたいだった。
「……。聞いてた話とは、やっぱ違ぇニャゴな」
ニャゴは呟いて、振り返りもせず突き進む。
「待ってよニャゴ!」
「別についてこなくてもいいニャゴけど」
ニャゴがずんずん歩いていく。どこに向かってるのか分からない。
その内に、道がどんどん細く狭くなってきて……人通りも、減って来る。
「ねぇニャゴ、こんなとこに用なんてないでしょ? 戻ろうよ」
「いや。ニャゴたちにはなくとも、向こうには都合はいいニャゴ」
突然、ニャゴは脚を止めて、ぼくらの後ろを振り返る。
釣られて見てみると、そこには、一人の少年が経っていた。
「おや。鼻と耳、どちらの性能が良いんです?」
「両方ニャゴ。ってか、気付かれないと思ってたニャゴ? 甘ぇニャゴ」
「……成程、これは重症だ。わざわざ様子を見に来た甲斐がありましたよ」
黒い髪に、白い襟シャツ。
少年はうす笑いを浮かべて、注意深くニャゴを見つめている。
「えっと……ぼくたちを尾行してたの? キミ、だれ?」
「これは失礼しました。ボクは貴堂クロヤ。サイバディアの管理権限を与えられたデバッガーの一人ですよ。……ええと……」
クロヤと名乗ったその子は、矢継ぎ早に話しながら、その場でウィンドウを操作し、ちらとぼくの顔を見る。
「綱木ユウト、さん……ですね?」
「……っ!?」
なんでぼくの本名をっ!?
ユーザー名はユウトだけど、綱木なんて一回も名乗ってないよね!?
マズい予感がして、ぼくは思わず半歩後ずさった。
「ああ、警戒してしまいました? すみません、自己紹介よりも早く本題に入りたかったので、登録情報を閲覧させてもらいました」
悪用はしていませんよ、と貴堂クロヤはさっきから全く変わらない微笑みで答える。貼り付いたような、ウソくささのある、笑み。
ぼくは彼から目を離さず、その場でさっと検索をかける。
……デバッガーって、なに!?
(えっと、プログラムのバグを直す人……?)
検索結果を見て、考える。
ぼくのアバターがバグった件で来たのかな?
だとしたら、悪い人じゃなさそうだけど……
管理権限がどうとか言ってたし……
「質問があればお答えしますよ。けれどその前に、ボクの仕事を済ませてしまいたいのですが構いませんね?」
「仕事って?」
「そこのバグを、消去することです」
「……ニャグ」
目線で、貴堂クロヤはニャゴを示す。
ニャゴは不愉快そうに唸ると、フンと鼻を鳴らして答える。
「ざっけんニャゴ。誰かテメェなんぞに消されるニャゴか」
「反抗的ですね。ただのデータに拒否権があると勘違いしている」
「えっ、ちょっ、待ってよ!」
「綱木さんには後でお詫びの品をお送りいたしますので、それでこの件は無かったことにしていただきます。よろしいですね?」
「よろしくない! ニャゴを消す気なの!?」
「はい。これはバグなので」
さらりと、当然のように。
貴堂クロヤは言い放つ。
ぞわりと胸がざわめいた。本気だ。この子、本気でニャゴを……!
「ニャゴが抵抗したらどうなるニャゴ?」
「あぁ、それは勿論……」
貴堂クロヤの白く長い指が、彼の手元のウィンドウに触れる。
すると……
『――バトルモード強制介入。フィールド設定・クローズド。
ルールタイプ・アンリミテッド。戦闘を開始します』
「バトル!? ぼく承認してないよ!?」
「……つまり、無理にでもニャゴをブッ倒そうってことニャゴね」
「話が早くて助かります。構造上、決着がつくまでフィールドからは出られませんので悪しからず」
ぼくらの周囲を、いつの間にか白い壁が覆い隠していた。
逃げ場はない。どうやら相手は本気でニャゴを倒すつもりみたいだ。
「はー。じゃあニャゴが勝てば出れるニャゴね。気楽でいいニャゴ」
「ちょっ、ニャゴ!? なんでそんな強気なの!? もっと穏便に……」
「申し訳ありませんが、穏便には行かないのですよ。バグを放置するわけにはいきませんので」
「らしいニャゴよ。ユウトも諦めるニャゴ。
……んで? ニャゴにブッ倒される可哀想なサイバクルスはどこニャゴ?」
「消去に使うクルスなら、ここに」
貴堂クロヤがパチンと指を鳴らすと、彼の足元の影が、ずず、と膨れ上がり……静かに、形を変えていく。
「これの事も、ご内密に願いたいのですが……聞かれる前に、お答えしましょう」
それは、漆黒の騎士だった。
黒い鋼の鎧と、鉄の塊のような大剣を手にした、2m超の二足歩行型サイバクルス。……勿論、そんなものぼくは見たことも無い。
「抹殺用に調整した特別品で、種別はナイトクルス。
……これが、ぼくのパートナーです」
【続く】
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