プロローグ・3

 バギャギャギャガンッ!

 クロコクルスの尻尾が、木々をなぎ倒し吹き飛ばす。

 異常なパワーだった。何かのバグなんじゃないかってくらい。

 折れた木の枝を杖代わりにしてクロコから距離を取ったぼくは、二体の戦いをじっと眺めていた。


「ニャグ、ニャグ、ニャグ、ニャッ!」


 ネコクルスは倒れた木々の中を器用に跳び回り、クロコクルスの側面へと回って、鋭いツメでひっかいていく。

 チリ、とクロコの表面にキズが入り、そこから光の粒子が漏れる。

 サイバクルスに血は流れていない。

 ダメージを受ければ、その分肉体を作るデータが壊れ、消える。

 だけどネコクルスの一撃はあまりにも軽く、クロコにはほとんど効いていないみたいだった。


 反対に……ネコクルスの方は、危うい。

 身体には何カ所も大きなキズが出来ていて、データ修復も間に合ってない。

 ダメージは確実に溜まっていて、あと何度かクロコの攻撃を受ければ倒れてしまうだろう。


「ねぇ、もう逃げなよ! 勝てっこないって!」

「うるっせぇニャゴ! テメェはコイツの腹ん中で一生過ごしてぇニャゴ!?」

「そ、れは……」

「だったら黙ってろニャゴ! ニャゴがやられたら次はテメェニャゴ!」


 クロコクルスは、今は周りを跳び回るネコクルスに夢中だ。

 でも確かに、ネコクルスがやられたり、逃げたりしたら……まともに動けないぼくを、真っ先に襲うだろう。


「ああもう! ほんと、なんでこんなことになっちゃったの!?」

「さっき言ったニャゴ!」

「あんなんで分かるわけないでしょ! 聞きたい事多すぎるんだよ!」


 なんでキミはそんなに自然に話すことが出来るの、とか。

 なんでぼくのアバターにエラーが出てるの、とか。

 ……クロコクルスに食べられたら、ぼくはどうなってしまうの、とか。

 でも、ネコクルスはクロコと戦っていて、ゆっくり話す余裕はない。


 考えろ、考えろ、考えろ……

 息が乱れるのを、必死に深呼吸して抑え込む。


(助けは呼べないのかな……?)


 正直言って、ネコクルスがクロコクルスに勝てる気がしない。

 そもそも攻撃が全く効いてないんだ。いくら素早くたって勝ち目がない。

 ぼくはウィンドウを操作して外部との連絡手段を探した。

「……だめだ、こっちも壊れてる……」

 メッセージ機能や運営への報告画面など、助けを呼べそうな機能は全部バグって動かなくなっている

「くそ、右足に集中しすぎでしょ……!」

 いや、別にアバターの壊れた部分とは関係ないのかな?

 じゃなくて! ああもう、いまいち集中出来ない……

 焦ってるんだぼく……落ち着け……


(使えるのは……地図とアルバム……図鑑に……アイテム?)


 初期状態のぼくが持ってるのは、回復薬が一つと、肉が三つ。

「薬はともかく、肉って……」

 たしか、他のサイバクルスをおびき寄せたり、仲良くなるためのアイテム。

 でも、この辺りのサイバクルスはもうとっくに逃げてしまってるから、使えるのは薬だけ。


「しかも、薬は自分のクルスにしか使えないし……」


 要するに、今は使えないアイテムが二つだけ。

 さぁ、考えよう。これらでクロコにどう立ち向かう!?


「うん、無理でしょこれ」


 絶望的だ。何も出来る気がしない。

 逃げようにも足がこれじゃ無理だろうし。

 このままじゃぼくもネコクルスも両方やられてしまう。


「……。ねぇ、やっぱり、キミだけでも逃げなよ!」

「あ゛あ゛っ!?」

「だって! キミだけならまだ十分逃げられるでしょ!」


 ネコクルスの身のこなしは鮮やかだった。

 クロコクルスも、真っ直ぐ進むだけならそれなりに速いけど……ここは森だ。ネコクルスの足なら十分逃げられるハズ。

 っていうか、最初に見た時、あの子は逃げてたんだ。

「ぼくがうっかりしてなきゃ、もうとっくに逃げられてたんじゃないの?」

 だのに、ぼくを助けてクロコクルスと戦うことになって……

 それで食べられちゃったんだったら、もう全部ぼくのせいだ。

「ぼくのことはもう良いから。十分助けてくれたよ……だから……」

「ざっけんニャゴ! テメェカン違いもほどほどにするニャゴ!」

「えっ」

「ニャゴがテメェを助けた!? ニャゴがニンゲンなんぞ助けるわけねぇニャゴ!!」

「ちがうの!?」

「当然ニャゴ! アイツはニャゴ。だから、巻き込んだら気分悪ぃと思っただけニャゴ!」

「助けてんじゃん!」


 それを助けてくれたって言うんじゃないの!?

 ネコクルスは木を駆け登り、クロコクルスの背中に飛び乗りながら更に叫ぶ。


「うるっせぇニャゴ! それになんニャゴ!? テメェは! このニャゴが! こんな大口野郎に負けると思ってるニャゴ!?」

 ふしゃぁ、と唸りながらネコクルスはクロコの背中を引っ掻き回す。

 ちりちりとクロコの背中からデータが飛び散るけど……

「いや、実際ムリでしょ! 全然攻撃聞いてないよ!?」

 ダメージはほとんど通ってない。

「腹が減ってるだけニャゴ! 食えば……っ」

「グルォァッ!!」

 クロコクルスが、不快そうに身をよじらせる。

 ネコクルスはバランスを崩して、背中から転げ落ちた。


「ニャガッ、グ……」


 着地の瞬間、ネコクルスはバランスを崩してよろける。

 ネコクルスの後ろ足にキズが出来ていた。

 その一瞬が、クロコクルスにとってまたとないチャンスになる。


「グォァアアッ!」

「ガっ……!?」


 ぶんっ。尻尾を振り、倒れたネコクルスを吹き飛ばす。

 ネコクルスはほとんど抵抗も出来ないまま宙を舞い、また木に背中を叩きつけられた。

「大丈夫っ!?」

「誰を心配してるニャゴ! テメェこそ、今のうちに逃げたらどう、ニャゴっ……!?」

 息を切らせながら、ネコクルスは言う。

 クロコクルスはネコクルスの動きを警戒しながらゆっくりと近付いていた。

 たしかに今なら、ぼくの足でも距離はかせげるし……

 うまくすれば、木に隠れて逃げ切ることも出来る、かも……


「コイツはニャゴを追ってきた、ニャゴの敵! テメェには関係ないことニャゴ!」


 早く行けと、ネコクルスはぼくに言う。

 彼とクロコの関係は、ぼくには分からない。分からないことだらけだ。

 彼の言う事も最もで、ぼくが残った所で、役に立つわけでもない。

 第一……ぼくには、この世界でやることがある。

 友だちを探すこと。訳の分からないサイバクルスと戦う事じゃない。

 ……でも。


(ねぇ、ショウ。もしかしたらぼく、キミを探せないかも)


 思うんだ。

 もし今あの子を見捨てたら、ぼくはショウに会うたびにその事を思い出しちゃうんだろうな、って。

 そうなったら、楽しいハズの時間も楽しくなくなるし、ぼく自身、自分に胸を張って生きられなくなる気がする。

 だから。


 ――こつん。


「グル……?」

 クロコクルスがこっちを向いた。

 ネコクルスとぼくと、どっちを狙うか迷って視線を動かす。

くらいじゃ、痛くもないか」

 次はどうする? 木の枝じゃダメージ入らないかな。

「バっ……何してるニャゴ! とっとと行けニャゴ!」

「行かない! ぼくだって気分悪い!」

 助けてくれた相手を見捨てて、それを忘れて生きられはしない。

 だったら、たとえ結末が変わらなくても……

「ぼくも戦う! キミと一緒に戦いたい!」

 ワガママだし、無意味かもしれない。でもそうじゃないと、ぼくはぼくに納得できない。

「お、まえ……」

 目を見開いて、ネコクルスがつぶやく。

 驚いたかな。怒ったかな。どっちでもいいけど、ぼくは決めた。

「逃げないし、逃げろとも言わないよ。だから最後までやらせて」

 立ち向かう。諦めるつもりは、ない。

「……ホント、バカなやつニャゴね……」

 しかたないニャゴ、とネコクルスはあきれたように言う。

 すると、その時……


『――ネコクルスと リンク しますか?』


 目の前に、青いウィンドウが現れた。

「これって……」

「やるニャゴ!」

「……わかった!


 《リンク・ネコクルス》!!」



 ――それは、サイバクルスがプレイヤーのパートナーになった証。

 ――それがどうして今出来るようになったのか、ぼくには分かってなかったけど……


『リンク承認 ネコクルスに指示が可能となりました』

「……、じゃあいくよ、ニャゴ!」

「ニャグっ!」


 クロコクルスが咆哮ほうこうする。

 ぼくはまず、回復薬を選択してニャゴのキズをいやした。

 足の不調が消えたニャゴは、高く飛び上がってクロコクルスの頭上を取る。

「目を狙ってみて!」

「ニャッ!」

 そのまま、ニャゴの爪がクロコクルスの右目を切り裂いた。

「グォアアアアアアアッッ!!」

 苦痛にもだえ、暴れるクロコクルス。

 ニャゴはすばやく距離を取って、ぼくの目の前へ。

「なんか食うモンないニャゴ!?」

「肉ならあるけど……」

「それ寄越よこせニャゴ!」

 言われた通り肉を選択すると、生の塊肉がゴトン、と目の前に出現した。

 ニャゴはそれをフニャフニャ言いながら瞬く間に平らげる。


「にゃふ……よし、これで万全ニャゴ」

「グルオアァアアアア!!」


 怒り狂ったクロコクルスが突撃してくる。

 木々も障害物もお構いなしに。だけとニャゴは平然としていた。

「タイミングはテメェに任せるニャゴ」

「タイミング、って……あ、これ!?」

 気付くと、ぼくの前にはもう一つ別のウィンドウが出ていて、技名らしきものがいくつか表示されてる。

 でもいま選択できるのは、一つだけ。

 確認する間もなく、ニャゴは高く高く、跳び上がる。

 その跳躍が最大になった時、ぼくは叫んだ。


「――《限界解除アップグレード》!」


 刹那、ニャゴの身体を炎が包み込む。

 炎は大きな球となって、次の瞬間には爆ぜた。


「あれ、って……」


 炎から現れたのは、ネコクルスじゃない。

 紅の毛皮に覆われた、大きく猛々しい……獅子。


「お返しだ、大口野郎!」


 獅子の両の前脚に、紅蓮の火炎が吹き上がる。

 獅子は急降下しながら、その前脚を、クロコクルスの頭部に叩きつけた。


 ぼぅん、と低い音がして、木の葉が吹き飛ぶ。


 ……一撃だった。

 ただの一撃で、その獅子は、暴れ狂うクロコクルスを……倒してしまったのだ。


「……ホントに……キミ、なんなの……?」


 パチパチと火の粉が鳴る地面に、獅子は降り立つ。


 ぼくがサイバディアにログインしてから、二時間あまり。

 わけの分からないことが、あまりに積み上がり過ぎていた。


【続く】

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