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 2008年3月29日土曜日、埼玉県内で二つの殺人事件が発生した。


 29日午後4時半頃、川口市とわらび市をまたがる川口蕨陸橋の側で蕨市に住む高校生、佐倉佳苗の死体が発見された。第一発見者であり通報者は佳苗の友人の松本美夜。


佳苗は腹部を刃物で刺されていた。現場に凶器はなく、友人の松本美夜の証言では佳苗は29日に誰かと会う約束をしていた。


 佳苗の携帯電話の履歴によると4時17分に近くのファミリーレストランにいた松本美夜に助けを呼ぶ電話をかけていた。

警察は犯行時刻を4時15分前後と断定し、その時刻の不審者の目撃情報を集めている。


 佐倉佳苗が複数人の男性と金銭の絡む交際をしていたことが佳苗の携帯電話や手帳の内容から明らかになった。佳苗のメール記録や自宅に保管されていた手帳には援助交際を匂わす書き込みが多数発見された。佳苗の援助交際の相手の中には松本美夜の父親の名前もあった。


 29日午後11時40分頃、蕨市に隣接する川口市の川口警察署に“親が死んでいる”と通報が入った。

駆けつけた警官が目にしたのは川口市の不動産会社社長、明智信彦、妻の京香が自宅で銃殺されている光景だった。

明智信彦と京香は頭を撃ち抜かれて絶命していた。


通報者は明智信彦の長男の伶。

二階の自室で寝ていた伶はトイレに起き、リビングで両親が血を流して倒れているところを発見した。伶は妹の舞と一緒に午後9時から自室で眠っていて、一階の異変には気づかなかった、何も見ていない聞いてもいないと証言した。


 明智家の玄関前と勝手口付近には28センチの革靴と思われる足跡が残っていた。鍵穴にピッキングの形跡はなく、室内が荒らされた様子もなく強盗の線は薄い。


 明智夫妻を殺す目的で明智家を訪れた何者かの行方を追っていた明智夫妻殺人事件の捜査本部と、同日に起きた佐倉佳苗殺人事件の捜査本部をざわつかせる事実が判明した。


 殺害された明智信彦の車から血のついた包丁と雨ガッパが見つかった。包丁と雨ガッパに付着した血液のDNAと佐倉佳苗のDNAが一致。

川口蕨陸橋付近に不審な車が停まっていたとの目撃情報もあり、車の特徴が明智の車と酷似していた。


 包丁と雨ガッパと一緒に佐倉佳苗の指紋がついたmicroSDカードも発見された。SDカードの中には明智信彦と佐倉佳苗の親しげな写真のデータが入っていた。

佳苗の手帳には明智信彦の名前もあり、信彦の携帯電話のメールには29日に佳苗と会う約束をしている内容のメールが残っていた。


 松本美夜が証言した佐倉佳苗が29日に会う約束をしていた相手が明智信彦。


 信彦の携帯に残るメールから推察すると、佳苗は信彦との援助交際の写真をネタにして彼から多額の金銭を得ようとしていた。

佳苗の携帯電話のアドレス帳には信彦の連絡先はなく、メールや電話の履歴にも信彦の名前はなかった。


 明智は佳苗を殺害した後、彼女の携帯電話から自分の痕跡を消し去り、microSDカードを奪った。佳苗にまだ息があると気づいていなかった信彦は現場から逃走。

自宅に帰った明智と妻の京香は同日夜、自宅を訪れた何者かに銃殺された。


佳苗を殺害した犯人は明智信彦と断定されたが、明智と京香を殺害した犯人の手がかりは掴めないまま、また新しい春が巡る。


 父と継母を亡くした明智伶と明智舞の兄妹きょうだいは児童養護施設に保護されたが、複数のホテルや企業を運営する夏木グループ会長、夏木なつき十蔵じゅうぞうに引き取られた。

兄妹は夏木十蔵と養子縁組をし、姓を明智から夏木とあらためた。


 松本美夜は川口市の高校を卒業後、東京の国立大学に進学した。

美夜の両親は佳苗の事件以降、佳苗と夫の援助交際を知った美夜の母が家を出たため、美夜が大学生になってからも別居が続いている。


 二つの殺人事件から10年が経つ2018年の今もなお、明智信彦と京香を殺害した犯人の正体は謎に包まれている。



Midnight Eden episode0.片翼 ―END―

→あとがきに続く

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