1‐4
3月29日土曜日。今夜は春の嵐だった。
大粒の雨粒が窓に打ち付け、時折雷が轟いている。
時計の針が午後11時に近くなった頃。二階の自室にいた伶は父と継母の言い争う声を聞いた。
雷を怖がる舞はひとりで寝ることができず、伶の部屋の彼のベッドで寝息を立てている。伶はまだ眠る気にはなれずゲームをして時間を消耗していた。
舞が完全に寝入ってることを確認した伶は部屋を出た。継母の京香の金切り声は階段の上まで響いていて、下に降りなくても争いの声は聞き取れた。
「どうするのよ! バレたら私の人生丸潰れじゃない!」
『仕方ないだろ! ああするしか……』
「だからお金渡して黙らせればよかったのよ。なんのためにがっつり溜め込んでるのよ? もう離婚よ!」
京香が一方的に父を罵倒している。父も怒鳴ってはいるが、どこか意気消沈した様子の声だった。二人が言い争うのは珍しいことではない。父と継母の夜中の喧嘩を何度も伶は目撃している。
『大丈夫だ。
その後は二人で小声で何か話をしていて階段の上にいる伶には話の内容は聞こえなかった。
ややあって玄関の扉が開く音がして、誰かが家に入って来る。
あと一時間で日付が変わる。こんな時間に人の家を訪ねるとは非常識な行為だ。
耳を澄ませると雷の轟きと今度は父親の声が聞こえた。
『ま、待ってくれ……夏木さんは……』
そこで父の声は途切れた。不思議と京香の声もしない。また外で雷が鳴っていた。
伶は音を立てないようにそっと階段を降りる。螺旋階段を降りて廊下に立つと、明かりのついたリビングに揺らめく影が見えた。
『……あの……』
リビングには男がいた。黒い服を着た背の高い男は振り向き様に黒い革手袋を嵌めた手に持つものを伶へ向ける。
伶は男が持つそれが何か知っていた。ドラマやアニメでは見たことがあるそれの実物を見たのは初めてだった。
『ここのガキか』
低い声色で男が呟く。伶は頷いて、男の身体の向こうに広がる光景を凝視した。
リビングの白いカーペットが今は赤色に染まっている。赤色に染まるカーペットに二人の人間が倒れていた。
倒れているのは恰幅のいい男と細長い脚の女。
部屋には異臭が充満している。血と火薬が混ざった臭いみたいだ。
『……殺したんですか?』
伶は冷静だった。冷静に今の状況を観察した結果、あれは父と京香の死体だと認識した。
『お前……変なガキだな。驚かねぇの?』
『……驚いていますけど……』
驚いてはいる。しかし泣き叫んだり悲鳴をあげることはしない。
相変わらず男は伶に拳銃を向けている。彼は物珍しげに伶に近付いた。拳銃の銃口の距離がさらに伶に近くなる。
『俺も殺すんですか?』
『さぁな。それはお前次第だ』
『お兄さんのことは誰にも言いません。警察に聞かれても絶対に言いません』
お兄さんと言われて男の片目が細くなった。どう見ても男はまだ若い。父と歳が離れている継母の京香よりも若そうだ。
だから無意識にそう呼んでしまったことは失敗だったのかもしれないと後になって思っても遅かった。
伶と男の距離が30センチ程度になる。長身の男は腰を屈めて、伶と目線を合わせた。
『お前、
『どうして俺の名前……』
『対象者の身辺はそれなりに調べてある』
男は拳銃を下ろした。伶はそこに転がる肉の塊に成り果てた二つの死体を指差した。
『どうしてあの人達を殺したんですか?』
『それが俺の仕事だから』
男は玄関に引き返して革靴を持って再びリビングに現れた。これまでも何度か入っているような勝手知ったる態度でキッチンに入り、勝手口の鍵を開ける。伶は彼の後ろを間を空けてついていく。
勝手口の前で靴を履いた男はもう一度懐から取り出した拳銃の銃口を伶の額につけた。
『俺がいなくなって30分したら警察に電話しろ。番号は110番、わかるか?』
『はい』
『警察に色々聞かれるだろうが、トイレに起きたら親が死んでいた……とでも言っておけ。後は寝ていて知らないとか、お前頭良さそうだし上手く言えよ。もしも俺のことを警察に話した時はお前じゃなく、妹の命をもらう。いいな?』
伶は唇を噛んで頷いた。妹の舞のことも男は知っている。舞を守るためにも絶対にこの男のことは警察には話さない。
『あの人達を殺してくれてありがとうございました』
男の背中に向けて伶はお辞儀をした。勝手口から外に出た男は雨に打たれた顔を歪ませて笑った。
『やっぱり変なガキだな』
『だって、もしかしたら俺があの二人を殺してたかもしれないから。俺の代わりに殺してくれてありがとうございます』
『……そうか。……じゃあな。伶』
第一部 ―END―
→第二部に続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます