1‐3

 翌朝の目覚めは気だるさに襲われていた。ベッドから這い出た伶はパジャマ姿のまま部屋を出た。


「お兄ちゃんやっと起きたぁ!」


すでに起床していた舞が伶に抱きつく。ツインテールの三つ編みをした髪にはヒョウ柄のリボンがついていた。舞が履いているスカートもピンク色のヒョウ柄だ。

京香の趣味らしいヒョウ柄は舞には似合わないのに、あの継母は舞を自分の着せ替え人形にして遊んでいる。


「お兄ちゃんも一緒にお出掛けしようよぉ。舞とトウキョウ行こうよ!」

『行かないよ』

「えー」


 膨れっ面になる舞の頭を撫でて伶は洗面所に入る。洗面所では京香がドライヤーを使って長い髪をブローしていた。

ドライヤーのスイッチを切った京香が振り向いて微笑する。


「あら、伶。おはよう」

『……おはよう……ございます』

「昨日寝るのが遅かったからお寝坊さんねぇ。私もさっき起きたとこ。ちょっと盛り上がり過ぎちゃったね?」


彼女の含みのある口調に昨夜、風呂場で京香としたことを思い出す。思い出したくないのに身体がそれを忘れさせてくれない。


「伶も一緒に東京行こうよ。欲しいものがあるなら買ってあげる。どうせ暇してるでしょ?」

『……友達と遊ぶ約束があるので』

「ふーん。日曜日に遊べる友達がいたのね。伶はいつもひとりだからちゃんとお友達がいるのかってこれでも母親として心配してたの」


そう言って京香は洗面所の扉を閉め、伶のパジャマのズボンの中に片手を入れた。歯ブラシに手を伸ばしかけた伶が慌てて京香の手を掴む。


『あの、舞が……』

「あの子なら大丈夫。今は出掛けることしか考えてないもの。きっと雑誌でも見て行きたいお店のチェックでもしているんじゃない? ねぇ、ここ、おっきくなってきてるけどなんで? 朝勃ちしてた?」


 京香にまさぐられた伶の下半身はズボンの上から見ても膨らみが顕著だった。この膨らみを増幅させているのは、京香の存在そのものだ。


『こういうことは……父さんとすればいいじゃないですか』

「あの人とは夫婦の義務的なものよ。したくてしてるのはあの人だけ。でも伶にはなんでもしてあげる」


 京香は床に膝をつき、伶のパジャマのズボンと下着を一気に下ろした。伶に止める隙も与えず、京香は伶の膨らんだ性器をしゃぶる。


「伶の、美味しいね。若い味がする。あんたの父さんのものよりもずっと舐めていられるわ」


 伶は壁に背をつけて閉ざされた洗面所の扉を睨み付けた。舞がここに来ないことを願って。舞にだけは見られたくない。知られたくない。

品のない音が洗面所に響いている。伶の息も荒くなってきた。


早く終われ。終わってくれ。

逸る伶の気持ちに呼応するように伶の膨らみはやがて京香の口の中で弾け、濃度の薄い精液が彼女の喉を流れた。


 それから2時間後、京香と舞は東京に買い物に出掛けていった。二人は今夜は東京に一泊していくらしい。

伶の身体はぐったりしていた。昨夜も今朝も京香のオモチャにされた疲労感が伶の身体を重たくさせる。


友達と遊ぶと京香に言ったのは嘘だ。もちろん京香にも嘘は見破られている。

学校でそれなりに会話をする同級生は数人いても、休日に約束をして遊びに出掛けるような友達と呼べる存在はいない。

友達なんかいらない。舞さえ側にいてくれればそれでよかった。


 リビングのソファーでうたた寝をしていた伶は玄関の扉が開く音で目を開けた。

父親の明智信彦が大股でリビングに入ってくる。明智は伶を見て顔をしかめた。


『……なんだ伶。京香達と東京に出掛けたんじゃなかったのか』

『俺がここにいてなんか問題ある? また女でも来るの?』


 明智はフンッと鼻息を漏らして手を振り上げた。その手が伶の頬に直撃し、伶は頬を打たれてソファーに倒れた。


『最近は特に生意気になったな。顔だけじゃなく性格もお前の母親そっくりだ』


ソファーに倒れている伶に見向きもせずに明智は二階に上がっていく。


 ヒリヒリと痛む頬よりも、痛いのは心だ。伶はソファーにうずくまって涙を流した。

父親に殴られたから泣いているんじゃない。

どんなにここが嫌でも、どんなに父親が憎くても、継母にオモチャにされても、ここから逃げ出せない己の無力さが悔しかった。


 伶と舞の母が死んだのは4年前。伶が6歳、舞は1歳になったばかりだった。

母は優しい人だった。優しい歌声の子守唄、おやつにはクッキーを焼いてくれて、伶の着る服も作ってくれた。

伶は母親が大好きだった。

母がどうして死んだのか伶は知らない。誰も伶には母の死の理由を教えてくれなかった。


ただ小学生になって少しだけ大人の事情がわかるようになった伶が悟ったのは、母はもしかしたら自分で命を絶ったのかもしれないと言うこと。そしてその原因が父だと言うこと。

父はよく母を殴っていた。伶も昔から何度も殴られた。あの男に母は殺されたようなものだ。

6歳だった伶には母を守る力もなかった。今ならばもっと、母の悩みを聞いてあげれるのに。父から母を庇えるのに。


 母が死ぬ前に言っていた言葉を伶は今も覚えている。


──“伶……舞を守ってやってね。舞を守れるのは伶しかいないの……”──

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