1‐2

 その日の夜、伶は家政婦が作りおきしていた料理をレンジで温めて舞と二人で食べた。夕方に帰って来た時には二階にいた“あの男”はまたどこかに出掛けて行った。


子ども二人だけの夕食は寂しいだろうと、何も知らない大人は言うかもしれないが、伶にとっては舞と二人だけの時間が気楽だった。舞だけが伶の救いだった。

舞だけは、汚い世界にまみれることなく綺麗なままで、ずっと無垢なままでいてほしい。


 風呂を沸かして舞を先に風呂に淹れ、風呂上がりの舞の髪をドライヤーで乾かしてやる。舞はもう眠そうで、ドライヤーの最中もこっくりこっくり、頭を垂らしていた。


「ただいまぁ」


ドライヤーの音に紛れて玄関から聞こえた声に舞がピクリと反応する。彼女はドライヤーをしてもらっているのもお構い無しに玄関に駆けいく。


「ママー! おかえりなさい」

「舞ちゃーん。たらいまぁ」


呂律の回らない赤い顔をした女は駆け寄ってきた舞を抱きしめて、舞の滑らかな頬に頬擦りしている。


「あー……伶、いいとこにいた。水、水ちょうだい」

『はい』


 伶は玄関前で舞に抱きつく女に侮蔑の眼差しを女にくれて、引き返した。ふらふらとした足取りでリビングに入ってきた女に水を入れたコップを渡してやる。

この酔いつぶれている女の名前は明智京香。戸籍上は現在の伶と舞の母親だ。


「ママー。一緒に寝よぉよぉ」

「うーん……舞ちゃんはお利口さんだからひとりでねんねできるよね? ママはまだお化粧も落としてないからねんねできないんだよ」


 28歳の京香は3年前に伶と舞の父親の明智信彦の後妻となった。伶と舞の母親は舞を産んでしばらくして他界。母親の記憶がないに等しい舞は京香をママと呼ぶことに一抹の躊躇いもない。


京香も血の繋がらない舞をそれなりに可愛がっている。だがそれはペットを可愛がるようなもの。

今はまだ舞が幼いからこそ成り立つ上部だけの母娘おやこ関係。いずれ舞が中学生や高校生になり京香の可愛いお人形さんではなくなった時には京香は舞を邪険に扱うかもしれない。


実の母の記憶がある伶にとってはこの若い継母を“お母さん”とは呼べない。最初から母親だとは思っていないし今もこれからもお母さんと呼ぶ気はなかった。


 京香と一緒に寝たがる舞を伶は無理やり二階に連れていく。すでにもう眠気が襲っていた舞はベッドに入ると数分で寝息を立て始めた。

舞を寝かしつけて一階に戻った伶はリビングのソファーでだらしなく寝そべる京香の姿に溜息をつく。ソファーの下には京香が履いていたストッキングやスカートが脱ぎ捨てられ、派手な色のブラウスも胸元がはだけていた。


『大人なんだから服は脱いだら片付けてくださいよ』

「わかってないなぁ。大人だから片付けられないのよぉ」


まったく意味のわからない言い訳だ。


『風呂、入りますか?』

「伶まだなんでしょ。先に入っていいよ」


ソファーからひらひらと京香の片手が挙がる。伶はまた溜息をついて、散らばる京香の服を集めて脱衣場の洗濯カゴに投げ入れた。


 伶も服を脱いで浴室に入った。舞が遊んだ後の亀のおもちゃが湯船に浮いている。ピンクの亀は側面のネジをまくと自動で走る仕組みになっていて、舞はいつもこれを湯船に入れて遊んでいた。

ピンクの亀を湯船に浮かせたままにして、伶は頭からシャワーを浴びる。髪と身体を洗って湯船に浸かっていた伶の目の前に、裸になった京香が現れた。


「れーいーくーん。一緒に入ろ」

『……母親と風呂に入る年でもないですけど』

「母親だと思ってないくせに」


 ふふっと含み笑いをした京香が伶のいる浴槽に入ってくる。彼女は恥じらいもなく胸元も局部もまったく隠そうともしない。伶は思わず京香から顔をそらした。

京香は伶に寄り添い、彼の肌荒れひとつない肌を撫でる。京香の茶髪の長い髪の毛が水面に広がって浮いていて、束になって浮いた髪の毛が得体の知れない生物のようで気味が悪かった。


「ねぇ……今日、あの人家に居た?」

『いましたよ』

「女と一緒だったでしょ? 私よりもわかーい女」


伶は答えない。彼が答えずとも京香は全部を知っている口振りだった。


「興信所に調べさせたんだけど相手は高校生なのよねぇ。あんなブッサイクな女で勃つのかしら。男は抱ければ女なんて誰でもいいのね。おまけに私達の寝室使ってさぁ。最悪よ。メスガキが使ったシーツ、明日クリーニングに出さないと」


京香の毒のある言葉の意味の半分も伶にはわからない。興信所と言われてもピンと来なかった。

京香も伶に同意の答えは求めていない。

今の京香が欲しいものは、この美しい少年との時間。


「あんた、ほんと綺麗な顔してるよね。そこは父親には似ずに美人な母親の良い遺伝子を貰ったわねぇ。10年後が楽しみ」


同じようなことを昼間のあの女にも言われた。実の母親似だとはよく言われるが、10年後のハタチの自分なんて伶は想像もしたことがない。


 京香が伶の唇に自分の唇を重ねた。初めてではない京香とのキスを伶は必死で拒む。京香の吐く息から酒の臭いがしてクラクラした。


『だからこういうことはもう……』

「ホントに嫌?」


湯船の中で感じた下半身の違和感に伶は眉をひそめる。キスをされながらその部分に触れられて、伶の頭と身体はパニックに陥った。


「またアレしてあげる。この前も気持ちよかったでしょ?」


京香が湯船の中で掴んでいるのは伶の生殖器。伶の性器は湯船の中で少しずつ膨らみが増していた。


『止めてください。“お母さん”』

「こんな時にわざとお母さんって言わないの。私はあんたのママじゃない」


 彼女に導かれるまま伶は浴槽を出た。伶の傍らに京香は膝まづいて彼の性器を口に咥えた。卑猥な音を立てて一方的にされる一連の行為に伶の喉仏がごくりと動く。


「あんた私の裸見て精通したんでしょ? 私とあの人がヤってるとこ覗き見してたの知ってるのよ」


 父親と継母の一夜を覗き見した半年前のあの夜以降、伶の身体は子どもから大人に変化した。それから間もなく、見よう見まねに自慰の真似事をしている場面を京香に見られ、伶はその時に女の身体を知った。

ようやく陰毛が生えてきた伶のソコを初めて見た異性が京香だ。


 京香が自分の胸に伶の手を誘導する。同い年の小学生の少女にはまだない、大人の女の胸の膨らみを覚えてしまった伶の手は自然と京香をよろこばせる術を知っていた。

京香の柔らかな胸に顔を埋めていると、嫌でも昔を懐古してしまう。幼き日に実の母に抱きしめられた遠い記憶が伶の脳裏をよぎった。


伶が本能的に欲しがっているものは女の身体なのか、母親なのか、彼自身にもわからなかった。京香の胸に無我夢中で吸い付いている伶は10歳の少年であり、性欲を発散させる雄でもあった。


 伶の手は胸から京香の下半身へ誘導され、京香が左右に開いた脚の間に伶は顔を近付ける。

明るい風呂場で生々しく晒された京香のソコの茂みの奥に指を挿し入れ、京香に言われた場所を言われた通りに舐めて、吸って、舐めた。


京香は何度も何度も発情期の猫のように甲高い声で鳴いた。それは夕方に聞いたあの若い女の声と同じ、欲に溺れた女の声。聞きたくないのに、聞き入ってしまう甘い誘惑の声が風呂場に反響する。


 浴室のタイル張りの床に大の字に寝そべる京香の上に伶は跨がり、10歳の少年の未成熟な性器が京香の膣内に挿し込まれた。

未成熟とは言っても年齢と心の概念だけ。挿入されたモノの感覚は大人の男のそれと変わらない。京香にとってソレはどんな男のモノよりも若々しく、彼女が執着し続ける若さの象徴だった。


 避妊なんてものを10歳の伶は知らない。京香もあえて教えなかった。京香が伶に教えたのは性行為のプロセスとやり方のみ。

伶が精通して半年。まだまだ精液に含まれる精子の数は少なく、避妊をしなくとも京香には何ら問題はない。


これから、もっともっと。伶は男に育っていく。

金しか取り柄のない脂ぎった四十路の夫よりも、若くて美しい伶の身体を独占して存分に味わうことが京香のこれからの愉しみだ。


「ねぇ伶。10年後も私を抱いてね? ハタチのあんたはすごくいい身体になってるだろうから……ああ、楽しみ。これからも私以外の女を抱いちゃダメよ……」


 この女も、あの女も、あの男も、腐ってる。狂ってる。京香の中で感じている自分も腐ってる。狂ってる。


「中に出して……」


答える代わりに伶は京香の膣内に未熟な欲望の体液を注ぎ込んだ。伶の口からは無意識に快楽に酔った吐息が溢れていた。

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