第二部

2‐1

──神様って不公平よねー。あたしもあんたみたいな顔に産まれたかった──



 埼玉県 わらび市。埼玉県東部の人口七万人弱の小さな街で松本まつもと美夜みやは生まれ育った。


 小さな顔に白い肌、整った目鼻立ち。スラリとした細い体躯。恵まれた美夜の容姿はこの小さな街では特に目立った。

幼い頃は祖父母の世代にはべっぴんさんだと誉め称えられ、中学に上がる頃には隣街の男子高校生や中学生が美夜を一目見るために中学の校門前に群がっていた。


だけど美夜は自分の顔が嫌いだった。望んでこの顔に生まれてきたわけじゃない。そもそも、生まれたくて生まれてきたんじゃない。


 美夜の家庭は裕福ではあったが家族仲の良い家庭ではなかった。

父親は蕨市の市役所の職員、母親は隣街の川口市の高校で教師をしている。兄弟姉妹はいない。両親はどちらも厳格な性格で、美夜は文武両道、礼儀作法を厳しくしつけられてきた。


 成績は常にトップでなれければならない、髪は染めるな、ピアスも化粧も言語道断、異性とは軽はずみに交流するな……松本家にはそんな禁止事項が数多く存在した。


友達と遊ぶ時間もなく塾に通い、異性との交流を禁じられている美夜には交際経験もない。高校生になってもなお、美夜は親の言いつけに縛られながらの窮屈な毎日を過ごしていた。


 美夜には近所に住む幼なじみがいる。小学校、中学校と同じ学校に通っていた幼なじみの名前は佐倉佳苗さくら かなえ


 佳苗はなんでも欲しがる女だった。

小学生時代に美夜がお小遣いを溜めて買ったキラキラのラメペンのセットも、祖父に買ってもらって大事にしていたテディベアも、いつの間にか佳苗の部屋にあった。いつの間にか佳苗に盗まれていた。


 佳苗の両親は一人娘の佳苗に過剰に甘かった。溺愛と言ってもいい。我慢を知らずに甘やかされてきた佳苗は欲しいものはなんでも与えられた。手に入らないものならどんな手を使っても手に入れようとした。


 そして佳苗は美夜の持っているものを強く欲しがっていた。ラメのペンセットもテディベアも洋服も、佳苗は美夜の持ち物を盗むことに一種の快感を覚えていた。


 友達も、唯一できた好きな人も、美夜は佳苗に奪われてきた。

小学生の時に美夜が仲良くしていた友達はある日を境に美夜を無視するようになった。それは後から知ったことだが、その子の悪口を美夜が言っていたとデタラメな嘘を佳苗がその子に吹き込んだから。


 中学生の時に初めて出来た好きな人は同じクラスの男子生徒だった。その男子も美夜に好意を寄せている節があった。

異性との交流は禁止と親に言われていても、その人とだけは美夜はメールアドレスを交換し、メールや電話をしていた。付き合ってると言っても間違いではなかった。


だけどその淡い恋も佳苗は奪っていく。

佳苗がその男子に美夜が浮気をしていると嘘を吹き込んだのだ。中学生の恋は儚く脆い。たったひとつの嘘で美夜の初恋はあっけなく終わってしまった。


 周りからは美夜と佳苗は“仲の良い幼なじみ”と思われていただろう。

佳苗は外面がいい。大人の前ではイイコに振る舞う。

美夜の両親も佳苗のことはイイコイイコと可愛がり、佳苗に物を買い与えてやったりもしていた。

みんな佳苗のことは甘やかす。どんなにワガママに振る舞っても許される。佳苗はいつも女王様だった。


ことごとく美夜の持っているものを欲しがる佳苗がひとつだけ、美夜から奪えないものがある。それが美夜の顔だった。


──本当はあんたの顔が欲しいのよねー。いいよね美夜は。美人だ美人だってちやほやされて。どうせ、私は綺麗よって思ってるんでしょ?──


“あんたの顔が欲しい” 幼い頃からの佳苗の口癖。


 佳苗の容姿はお世辞にも整ってるとは言えなかった。大きめの丸顔に一重の目、低いだんご鼻と頬についた肉。愛嬌があるとも言い換えられるが、美人とは言えない容姿だ。

体型もスラリとしている美夜とは違い、“ずんぐり”している。

いつもミニスカートを履いている太ももは肉付きがよく、日に焼けていた。


 高校生になり化粧を覚えた佳苗は二重ノリで無理やり二重を作り、つけまつげやマスカラを駆使して作り上げたひじきのような睫毛、厚塗りのファンデーションで肌荒れを隠し、グロスを塗った唇はテカテカと光っていた。


 美夜は佳苗が大嫌いだった。佳苗が欲しがる自分のこの顔が、大嫌いだった。

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