自分大好き人間の恋愛妄想症候群

つばきとよたろう

第1話

 えーと。自分と他人、もし一方しか助からないとしたら、どちらを優先する?

「自分に決まってるじゃない」

 世の中で一番大切なのは、自分である?

「当然、はい」

 自分が好きだ?

「これも、はい」

 自分以上に、他人を愛することはできない?

「はい。自分が一番なんだからね」

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「な、何なのこれは……」

「どうしたの? ハルミ、そんな浮かない顔して」

「貴重な私の時間を、この広告が奪った!」

「えー、何を奪われたって?」

 それは、仲良し三人組が秘かに集まった、昼休みの風景だった。高校一年の春美たちは、校庭の木の下に思い思いの過ごし方で、その自由時間を満喫していた。


「とにかく、私は自分が好きなの。自分の姿を、ずっと眺めていたいの!」

「はー、また始まった」

「自分に勝る伴侶は居ないって、よく言うじゃない」

「おい、こら! 誰がそんな事言った」

 加奈子は、弁当のご飯を頬張っているのも構わず、もぐもぐ言った。

「ちょっとキョーコ、鏡貸して」

「ごめん、持ってない。携帯のカメラでも見れるでしょ」

「私の壊れたみたいで、上手くできない」

「ちょっと見せてみ。ほら、ちゃんと映るじゃん!」

 京子は、携帯の画面に自分の顔を映しながら、春美に見えるように近づけた。眼鏡を掛けた彼女が、ニヤニヤしながら、春美を見ている。そこへまるで知らない、髪の短い、目鼻立ちの整った女の子が、横から現れ、春美は思わず、ガラス瓶が割れたみたいな悲鳴を上げた。

「ちょっと何! びっくりした」

「やっぱり壊れている。今、知らない子が、映り込んだでしょ」

「まさか-。これが、私でしょ。そして、これが春美」

「誰?」

 京子は、春美の言葉に不審そうに、彼女の横顔を凝視した。

「えっ、えー? これ、春美でしょ」

「えー! 違うよ。こんなの私じゃない」

「遂に来たか。春美は、自分が好きすぎて、鏡ばかり見ているから、自分と他人の区別が付かなくなっちゃったんだよ。少しは、男に興味持ちなさい」

 加奈子が、横から口を挟んだ。

「えっ。私、男でしょ」

 京子と加奈子は、怯えるように首を振った。

「えっ。私、女なの? あれ、女だ」

「何さっきから、訳の分からないこと言っているの。男って、誰のこと?」

 春美は、急に辺りを探すみたいに見回した。

「あっ、居た! 私が居た」

 京子と加奈子は、まるで幽霊でも出会ったみたいな表情で、顔を見合わせていた。


「トリックミラーだって」

「ねえ。私、見なかった?」

「面白そうだから行ってみる?」

「ねえ。私……」

「案外、近くだね」

 三人は放課後、寄り道して鏡の催し物を訪れることに、花を咲かしていた。ところが、会場の公園に着いてみれば、既にそこでは後片付けが始まっていた。

「午後までだったんだ」

「残念」

 春美は、がっかりする二人をよそに、ある期待に胸を膨らませていた。ここなら、自分の本当の姿を映す鏡が見つかるはず。そうして、歩き回るうちに、とうとうそれを見つけた。彼女は、そう勘違いしていたのだ。


「何やっているの!」

 春美が見たこともない、男の子と向かい合っている。顔を寄せ合っている。まるで恋人同士だった。京子も加奈子も、あっと叫んだきり、身動きができなかった。春美もまさか自分とは、口づけしようとは思わなかった。

「やっぱり自分の顔を見詰めていると、安心する。ここしか、自分の顔を見られない」

 それは、全くテレビ番組の鏡のコントのような状況だった。そこには、鏡など無かったのだ。誰かが、向こうに側に立っていた。それに、春美は気付いていないのだ。

「春美、気を付けて!」

「えっ、からかっているの?」

 それは、偶然の一致だったのか。春美の前に居た、男の子も彼女と全く同じ事を考えていた。ただ一つだけ違ったのは、男の子は数センチ彼女へ唇を近づけてしまったのだ。


「最悪、最悪、最低じゃないか!」

「ちくしょう、ちくしょう。どうして自分としないといけないわけ」

 春美は、携帯を手に、部屋のベッドに寝そべって、画面を覗いた。女の子の顔が映っていた。

「これが、私? 私なんだ。泣き虫みたいに泣いている」

 春美は、ときどきその女の子を確かめた。でも、画面を見るたびに、いつも泣いた後みたいに、女の子は不機嫌そうだった。悲しい夢に涙し、目覚めたみたいな、ぬれた表情を浮かべていた。春美は、どうしてなんだろうと、他人をうかがうふうに、時折携帯を眺めた。

「あなたは、誰? それとも、私?」


 春美は、どうしてもあの自分の顔をした男の子が気になった。何かきちんと決着を付けるべきだと考えた。今ではその顔も、前ほど自分の顔のようには思えなかった。

 春美は思い付きで、その男の子に出会った場所へ行ってみた。鏡の催し物は、すっかり片付いて、ただの人気のない公園に戻っていた。その中に、一際鮮やか光を見つけた。

「居た」

 男の子は、誰かに待ちぼうけを食らったをみたいにベンチへ座って、携帯の画面に目を落としていた。

「やっぱり来たね」

「あなた、誰?」

「僕は、日向ゆうき。君は?」

「私は、小川春美」

 春美はそう答えながら、男の子へ詰め寄った。

「どうして、あんな事したの? あなたのせいで、画面の女の子は、泣いてばかりじゃない」

「まあ、座れば」

 ゆうきは、酷い剣幕で話し掛ける、春美に穏やかな口調で言った。

「まさか、僕と同じ体験をしている人が居るとは思わなかったよ。それも、僕の顔そっくりの人がね」

「じゃあ、あなたも?」

「そう。僕は、やっと自分の姿にたどり着いたと喜んだ。どの鏡に映る顔も、まるで知らない男の顔だったんだからね」

「それは、自分じゃなかった」

「そうなんだ。僕はね。こんな事、他人に自慢することでもないけど。自分が誰よりも好きだったんだ。いつも鏡を見詰めていたんだ」

「私も同じ。自分を見るのが好きだった。だから、こんな奇妙な出来事が起こったんだって、友達は言っていた」

 春美はそう言って、ゆうきの横顔をじっと見た。あまりに短い間に、色々ことに巻き込まれたためか、春美は彼の顔が彼女がずっと切望してきた姿なのか、自信が持てなかった。

「でも、あんな事されて、その顔を疑った。本当に他人なんだってね」

「僕は、そんな君の顔を見て、本当は自分のことがあまり好きじゃなかったんじゃないかと思えてきたんだ。だって、それほど悲しい顔で、君は去って行ったんだ」

「酷いことして、当たり前でしょ」

「ご、ごめん」

 ゆうきは、急に俯いて呟いた。

「今更、謝られても」

 二人は、しばらく黙っていた。ゆうきは、手持ち無沙汰になったように、携帯をいじり始めた。そこ画面に、冴えない男の子の顔が映った。彼もまた、画面の中の元気のない顔が気になっていたのだ。

 ゆうきは、画面のボタンを少し操った。画面が切り替わると、そこに先ほど撮影したばかりの、街の夜景が映し出された。あんな壮大な景色が、こんな小さな画面の中で、展開されているのが不思議だった。

「さっきね。この景色を見つけたとき、画面の中の男の子が喜んだんだ」

 そう言って、ゆうきは携帯を春美に傾けて見せた。

「わー、奇麗!」

「携帯のカメラでも、なかなか奇麗に映るんだ。君はここに来て、初めて笑ったね」

 ゆうきは、また画面を指で動かすと、設定がカメラに変わった。そこには前の春美(彼女がそう思い込んでいた男の子)、と今の彼女が、並んで映っている。

「そうだ。折角だから記念写真を撮ろう」

 ゆうきが言って、携帯を少し持ち上げた。画面に収まるようにするうちに、いつの間にか二人の距離が近くなっていた。

「さあ、笑って」

 そう言われて、春美は画面の女の子が恥ずかしそうに、頬を赤く染めているのに気付いた。

「急にそんな、出来ないよう」

 すると、画面の男の子の顔が、多少わざとらしいくらいに、満面の笑みを作っている。

「ほら。これ、君だろ」

 ゆうきの指が、画面の男の子の顔を指した。春美は、その顔をじっと眺めていると、口元が自然とほころんできた。顔中の緊張が、一息に消し飛んだ気がした。

「じゃあ、撮るよ!」

 ゆうきが、頃合いを見てボタンを押した。

「よく撮れてる」

 彼は、春美に映像を見せるふうに携帯を差し出した。春美は、食い入るように画面を見た。そこには、笑顔の男女が映っていた。それは、彼女が鏡の前で見せる笑い顔とは、どこか違っていた。にんまりとした笑顔だった。

「本当の恋人みたい」

 春美は、まるで恋愛ドラマを鑑賞するときみたいに、その後の二人が展開が気になっていた。春美は、小さな声で、こんな事を呟いた。それは、実に子供っぽい思い付きだった。

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